飲酒、パスポート失効、盗難、無賃乗車。海外出張での失敗4選【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

文・写真/佐藤 佳

アメリカ・ニューヨークのタイムズスクエア。個人的に、こここそが「世界の中心」だと思っている。2010年に始めて訪れた時の高揚感は未だに覚えている。アメリカ・ニューヨークのタイムズスクエア。個人的に、こここそが「世界の中心」だと思っている。2010年に始めて訪れた時の高揚感は未だに覚えている。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第137話

2007年に初めて海外出張に出かけてから、これまでさまざまな場所を訪れて数々の失敗を経験してきた筆者。今回はその中から4つの失敗談を紹介する。

* * *

■海外出張にまつわるエピソードを紹介する理由

熱心な読者の方々はすでにお気づきかと思うが、この連載コラム、私の海外出張にまつわるエピソードを紹介することが増えた。これは、紹介したいほかのエピソードが枯渇してきたから、というわけではない。これにはざっくりと、ふたつの理由がある。

ひとつめは、「アカデミア(大学業界)」、あるいは研究者の楽しい側面を紹介したい、ということ。ふたつめは、研究にまつわるエピソードを、読者のみなさんに届けることにある。

研究の特性上、どうしても秘匿性があるので、「ここでこういうことをしました、こういうことがわかりました」ということまでをつまびらかにすることは難しい。

しかし、そのようにして進めていたプロジェクトが論文やプレプリントで公開された暁には、それまでにこの連載コラムで紹介していたエピソードをつなぎながら、ひとつの大きなストーリーを描いたりできたらいいな、とも思っている。

――と、これまでにいくつかの海外出張にまつわるエピソードを紹介してきたが、それらを振り返る中で、「そういえばあのときには、こんな失敗があったなあ」という記憶の断片も拾うようになった。

たとえば、2007年の2月、初めての海外出張のとき、ロサンゼルスの空港からダウンタウンまで地下鉄でひとりで移動して、怪しげなモーテルに泊まった、というような(52話)。あるいは、これは私の過失ではないが、2024年6月のアメリカ出張でのロストバゲージなど(131話)。

そして前話のベトナム出張(136話)では、同行した大学院生のFが、パスポートを紛失するという大失態を演じた。さすがにパスポート紛失ほどの大チョンボの経験はないが、私にもいくつかの旅の失敗談はある。

――というわけで今回は、海外出張にまつわる失敗エピソードを4つ紹介してみたいと思う。

■その1:2010年5月、アメリカ・ニューヨーク

この連載コラムでも何度か登場したことがある、ニューヨーク州のコールドスプリングハーバー研究所。ここで開催される国際学会は、月曜の夜に始まり、土曜の昼に終わる。

当時、ニューヨークから東京に飛ぶ飛行機は午前の便しかなかったので、翌日曜の午前までの半日が空くことになる。この時間を活用して、友人らと連れ立ってマンハッタンに繰り出すのが、いつしか私のルーティンとなっていた。

そんな夜、初めてタイムズスクエアを訪れ、まさに「世界の中心!」たるその場所の熱気に興奮した。その余韻冷めやらぬ私たちは、ホテルに戻る道すがら、スーパーマーケットで買った缶ビールを、ベンチに座って飲んでいた。

しばらく余韻に浸っていると、するするとパトカーがやってきて、私たちの前に止まり、私たちに向かって怒号を浴びせてきたのである。なんのこっちゃわからん、という態度をしていた若かりし私たちの様子を見たニューヨーク警察は、私たちが事情をわかっていないこと(そして、英語を理解していないこと)を理解したのか、「とにかく手に持っているものをしまえ!」というジェスチャーを示してきた。

――そう。ニューヨーク州では、公の場でアルコールを飲んではいけないのである。今思い返せば捕まってもおかしくないエピソードだったのかもしれないが、時効ということで許してほしい。

■その2:2012年5月、アメリカ・ニューヨーク

これもコールドスプリングハーバー関連。やはりこの年も、研究集会後にマンハッタンで後泊。この年は日本に帰国せず、次の用務のために、オランダ・ユトレヒトに向かった。

ユトレヒトのホテルにチェックインした後、財布の中身をドルからユーロに変えようと思い、ユーロ紙幣を入れていた封筒をスーツケースから取り出すも、なんと中身がない。まさか、と思い、日本円を入れていた財布を見てみると、やはり紙幣だけがない!

そこでようやく、盗難に遭ったことに気づく。マンハッタンのホテルにチェックインした後、スーツケースを開けっ放しのままで外出したところを狙われたのだろう。もちろん部屋のドアには鍵がかかっていたが、清掃員か誰かが中に入って盗んだと思われる。

そこで私は、海外旅行保険に入っていたことを思い出し、保険会社に電話をかける。

オペレーター(以下オ)「どうしましたか?」 

私「盗難に遭いました」 

オ「何が盗まれましたか?」 

私「現金です」 

オ「どこで盗まれましたか?」 

私「ニューヨークです」 

オ「今どちらにいらっしゃいますか?」 

私「オ、オランダです......」

――その後、オペレーターは私に、「......い、いちおう、近くの交番に盗難を届けてくださいね」と告げるも、上記のようなやりとりをしたときのユトレヒトの警察官の顔が容易に想像がついたので、ここで諦めることにした(そもそも現金は、盗難されても保険が効かないのである)。

ユーロと日本円で合わせて、たしか10万円近く盗られてしまったと記憶している。これはもちろん泣き寝入りである。それ以来私は、部屋を出るときにはかならずスーツケースに鍵をかけるようにしている(常識ですよね......)。

■その3:2018年2月、ポーランド・ワルシャワ(未遂)

ワルシャワの研究集会に参加し、その足でイスラエルのレホボトで開かれる国際学会に参加する予定になっていた(82話でのレホボト訪問は、実はこの出張の前哨戦だった)。

羽田空港に着いて、予約していた飛行機にチェックインするところで、私のパスポートの残り期間が半年以下であることが判明。ポーランドには残り期間が3ヵ月以上であれば入国できるが、イスラエルに入国するためには、半年以上の残り期間が必要とのこと。

――選択肢はふたつ。旅程を変更し、ワルシャワだけに行って帰国する。あるいはそれとも、この出張そのものを取りやめるか。

前者を取ることもできたが、この出張のいちばんの目的は、レホボトの国際学会に参加し、そこの研究者と交流するにあった。それなしにワルシャワだけに行く、というのは、当時の私にとっては片手落ちどころではなかった。

――であれば、である。ウルトラCのプランとして、ワルシャワを諦めて、その間にパスポートの再発行を済ませ、レホボトに直行するようにスケジュールを変更する、という作戦も思いついた。

しかし当時、私は京都に住んでいた。羽田から京都に戻ってすぐにパスポートの更新手続きをしたとしても、再発行まで数日から一週間を要する。そして、新しい国際線のチケットは、新しいパスポートが発行されないと購入できない。これはさすがに現実的ではない。

――と、羽田空港でひとり悶々と悩んだ末、苦渋の決断ではあったが、この出張はここで頓挫することとなった。

実はこの出張、当時共同研究をしていた北海道大学の先生がワルシャワに先乗りしていて、現地で合流し、一緒にレホボトに行く予定だったのである。彼には本当に申し訳ないことをした......。

■その4:2023年6月、チェコ・プラハ

この連載コラムの40話41話で紹介した、2023年のG2P-Japan欧州ツアーの裏話。

2023年6月の、チェコ・プラハへのG2P-Japan欧州ツアー。プラハ市内を流れるヴルタヴァ川に架かるカレル橋を渡る、宮崎大学のSと熊本大学のI。このシーンの直前に、まさかそんなことがあったなんて......という事件については本文で。2023年6月の、チェコ・プラハへのG2P-Japan欧州ツアー。プラハ市内を流れるヴルタヴァ川に架かるカレル橋を渡る、宮崎大学のSと熊本大学のI。このシーンの直前に、まさかそんなことがあったなんて......という事件については本文で。

チェコのヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ空港に到着すると、カレル大学のイリ・ザフラドニク(Jiri Zahradnik)が私たちを出迎えてくれた。彼は自家用車で私たちをホテルまで送り届けてくれて、さらに彼は、プラハ市内の公共交通機関を3日間乗り放題のチケットをくれた。

ホテルにチェックインし、荷物を置き、イリにもらった乗り放題チケットを片手に地下鉄に乗る。目的の駅で下車し、改札に向かう途中、検札官たちが乗客をチェックしていた。私たちはイリにもらったチケットを堂々と提示するも、「違反である」と言い渡されてしまう。

どうやら最初に乗車する際に、チケットにその日時を打刻しなければ、そのチケットは有効にならないらしい。チケットそのものは持ってるわけだし、打刻しなかったのは知らなかっただけだし、そんなバカな話があるか! と、かなりの剣幕で罵詈雑言やFワードまで交えながら食い下がるも、そんな言い訳は通用せず。

結局、ひとりあたり1000コルナ(当時の為替で約8000円)の罰金を支払わされるハメになった。

ちなみにこれは余談だが、われわれは過失であるので(すでに無賃乗車した後だったので)仕方がないとしても、その検札官たちはなんと、これから電車に乗ろうと駅構内を歩いていたアジア人の女の子たちも捕まえて、罰金をせしめていた。まだ電車に乗ってもいないのに、である。

彼らの様子を見るに、明らかに東洋人を狙い撃ちして捕まえているようだった。その後はもちろん、ホテルを出たときの高揚感などは完全に霧散し、どんよりとしたやるかたない気持ちで、プラハの旧市街でのしばしの時間を過ごすこととなったのは言うまでもない。

支払った罰金のレシート(上)と、罰金を支払った後に打刻をした72時間乗り放題のチケット(下)。チケットの右側に、乗り放題を始める日時が打刻されて初めて有効になる。支払った罰金のレシート(上)と、罰金を支払った後に打刻をした72時間乗り放題のチケット(下)。チケットの右側に、乗り放題を始める日時が打刻されて初めて有効になる。

――というわけで今回は、私の旅の4つの失敗談を紹介してみた。最後のエピソードはちょっと後味の悪いものとなってしまったかもしれない。しかしそれでもやはり、旅の恥はかき捨てというか、旅は失敗してナンボではないかな、とも思っている。

そのおかげでこうやってそのエピソードを面白おかしく紹介できているわけだし、やはり何事もポジティブに解釈することが大事なのかな、と思うようにしている。

★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★

  • 佐藤 佳

    佐藤 佳

    さとう・けい

    東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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