モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、米大統領選挙においてトランプ-ヴァンスの共和党候補コンビが生み出した熱狂から、現代社会の「情報空間」の問題について考察する。
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バイデン大統領の選挙戦撤退、ハリス副大統領への候補交代で様相は一変しましたが、それまでの米大統領選の展開は、誤解を恐れずにいえば笑えないB級映画のようでした。
狙撃事件から生還したトランプ前大統領は「熟慮と熟考を重ね、多くの素晴らしい人材を考慮した結果」として、J.D.ヴァンス上院議員を副大統領候補に選出しました。
ラストベルトの貧しい白人家庭で育ったヴァンスは、自叙伝『ヒルビリー・エレジー』で作家としてブレイクし、大衆的な言葉でジョークも交えながらはっきりモノを言う論客としても人気を得ました。要はエクストリームな右派に人気のベストセラー作家が、大統領に万が一何か起きた場合にその任を継ぐ重大な役回りの候補に選出されたという構図です。
ヴァンスは当初、トランプを痛烈に批判していましたが、その後トランピアンに転向。ラストベルトの激戦州であるオハイオ州選出の上院議員となり、1期目で"MAGA"の継承者と目され、副大統領候補に――。
まさに白人労働者層が好むベタなアメリカンドリームですが、彼の最近の言動は"誇張しすぎたトランプ"と言っていいレベルにまで過激化しています。国内外で顰蹙(ひんしゅく)を買い続けるであろう人物が副大統領候補として喝采を浴びるのは、やはり笑えないB級な展開というしかありません。
第2次世界大戦後、世界の民主主義陣営の牽引役であり続けたアメリカが、ものの10年でポピュリズムにのみ込まれてしまったことにはさまざまな要因があるでしょう。中でも大きいのは、保守もリベラルも多くの人々が、メインストリームメディア経由で情報を摂取するのではなく、エディトリアル(編集と検証)なき情報源に直接接触する習慣が染み込んだことだと思います。
マスメディアは本来、社会のセーフティネットです。それぞれ偏りや忖度(そんたく)もあるけれど、報道内容には"一定の理性"をもって諸事情をのみ込んだ大人たちの判断が反映され、それが結果としてリテラシーを育てる土壌にもなってきたはずです。
どんなに影響力のある人が暴論や陰謀論を語っても、受け手の側が「はいはい」と聞き流せる能力を持っていれば問題はさほど拡大しません。ところが、マスメディアをはなから信用せず見向きもしない生活習慣が根づいたことで、人々(特に物心ついた頃からマスメディアに触れていない若い世代)は情報の信憑性を見抜く"選球眼"を磨く機会を失った。その影響は、今後さらに拡大していくでしょう。
日本もまったくもって例外ではありません。むしろより深刻に受け止めなければいけないのは、国全体が衰退フェーズに入っている中でこうした状況に直面していること。
「バカが痛い目に遭うのは自己責任だ」と言えるうちはまだマシで、真剣に考えなければいけないのは、社会全体の情報選別の感度が粗くなったときに何が起きるかです。
想像に難くないのは、「わかりやすい解決策」を「わかりやすい物言い」で提示してくれる「強いリーダー」に期待を寄せる人が増えていくことでしょう。たとえその中身がスカスカで、よく考えてみたら実現不可能であったとしても。
すでに選挙でもその予兆は見えつつあります。現実が厳しいからといって、"穴だらけの夢"を売る詐欺師に引っかかってしまうようでは、未来はますます暗くなる。そのことは特に強調しておきたいところです。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)