【モーリー・ロバートソンの解説】"良い遺伝子"を巡る、アメリカ発の2つの「優生学」的流行

モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカでカジュアルファッションブランドの広告が大炎上した一件をきっかけに、昨今流行する「優生学」的色彩を帯びた言説について解説する

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「遺伝子(genes/ジーンズ)は髪や性格、目の色を決める」「私のジーンズ(jeans)は青い」。

ブロンドの女優シドニー・スウィーニーがそう語り、まさに青い瞳をカメラに向ける――。カジュアルファッションブランド「アメリカン・イーグル」の広告動画が大騒動に発展しました。

アメリカでは"good genes"という言葉が、白人優生主義を想起させる表現として批判されてきました。そのため今回の広告に関して、リベラル側を中心に「差別的だ」との批判が広がる一方、MAGA支持層は「言葉狩りだ」と擁護。

この対立自体が広告の"燃料"になる中、騒動に目ざとく便乗してきたのがドナルド・トランプ大統領です。

しばしば"genes"や"blood(血)"という表現を使い、白人優生主義を内包する支持者たちを喜ばせてきたトランプは、本件について「今、最もホットな広告だ」とコメント。この援護射撃にMAGA支持層は喝采を上げ、アメリカン・イーグルの株価は一時、24%高となりました。

さらに火に油を注いだのが、保守系司会者ローラ・イングラムのX投稿です。炎上騒動のさなか、MAGA支持層に向けて"Make America Hot Again"という恋愛マッチングイベントを紹介したのです。

ドレスコードは"good genes & pro-America vibes"。つまり「良い遺伝子」と「アメリカへの愛国心」を持っていればOKだ、と。

遊び半分でやっているのかもしれませんが、こうした"犬笛"が米社会における差別心の発露を後押ししていることは間違いありません。

こうした盛り上がりを「優生学1.0」とすれば、実はまったく別の回路で、「優生学2.0」というべき動きも静かに加速しています。

米スタートアップ企業「ブートストラップ・バイオ」は、ヒト胚の遺伝子編集を見据え、シリコンバレーの富裕層から資金を集めています。

これは生まれる前の段階で遺伝子を "優秀な設計"にしようという、いわゆるデザイナーベビーの試み。人種や民族を序列化する「優生学1.0」の純血主義とはまったく異なり、とにかく"成績の良い遺伝子"をかけ合わせようという発想です。

その初期投資家で、遺伝子の選別を伴う「pronatalism(出生奨励主義、アメリカではプロネイタリズムと発音)」を掲げるシモーネ&マルコム・コリンズ夫妻は、優生学との批判を否定し、「将来のリスク最小化」、つまり子供に健康でいてほしいという親の願いを物語化して支持を集めています。

しかし、その薄皮一枚を隔てた先には、「IQの高い子が欲しい」「容姿は美しく、高身長で、運動神経も良く......」といった人々の欲望が渦巻いています。

「優生学2.0」のイデオローグは、出生奨励主義を強く支持するイーロン・マスク、"人間のアップグレード"への関心を隠そうともしないピーター・ティールといったテックビリオネアです。

なお、このふたりは若年期に南アフリカや旧南西アフリカ(現ナミビア)での在住歴があり、厳格に階層化された社会秩序に触れています。"序列と効率"を前提にした人間観が、「優生学2.0」と強く噛み合っているのかもしれません。

一方、ここにきてにわかに噴出したのが、"最強の遺伝子"を自任するトランプ自身の健康不安説です。政権側は否定していますが、手の甲のあざや足首の腫れなど"病気が疑われる写真"がSNSで拡散され、臆測は広がるばかり。

仮にトランプが倒れるようなことがあれば、MAGA運動の求心力は空洞化し、保守派勢力は混乱を極めるでしょう。

そして、その間も粛々と前進するテックと超富裕層の"超倫理"的な遺伝子操作。さらに、もしかすると、その背後にはシリコンバレー出身のJ・D・ヴァンス「次期」大統領も――。

まるでB級SFのような世界が見えてくるかもしれません。

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  • モーリー・ロバートソン

    モーリー・ロバートソン

    Morley Robertson

    国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)

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