世界水泳を振り返って―「再浮上の手応え」と「リレー再建」への視点―【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第19回】

文/松田丈志 写真提供/cloud9

2025年世界水泳シンガポール大会が閉幕した。競泳日本代表は、銀メダル3個、銅メダル1個の計4個を獲得。入賞数は16と、当初掲げていた「複数メダル、入賞14以上」という目標を達成した。昨年のパリ五輪でのメダル1個からの"再浮上"の手応えが掴めた大会となった。

今大会でもっとも印象に残り、嬉しかったのは、共に18歳の村佐達也(むらさ・たつや)選手と成田実生(なりた・みお)選手、二人の若きメダリストの誕生である。男子200m自由形で村佐選手が叩き出した1分44秒54の日本新記録による銅メダル、そして女子400m個人メドレーで成田選手が自己ベストを2秒以上更新しての銀メダル。この2つのレースは、日本代表の明るい未来を感じさせる素晴らしい出来事だった。

村佐選手は、海外での初の高地トレーニング、東洋大学チームとの合同練習、代表合宿での競り合いを通じて着実に力を伸ばし、見事に大舞台で実力を発揮した。成田選手もまた、高地合宿を含む代表チームでの強化の中で成長を重ね、堂々としたレースで世界の表彰台に立った。

決勝レース直後の村佐選手。日本新記録でのメダル獲得はあっぱれの一言。競泳ニッポンの新エースとして、今後のさらなる活躍に期待が高まる決勝レース直後の村佐選手。日本新記録でのメダル獲得はあっぱれの一言。競泳ニッポンの新エースとして、今後のさらなる活躍に期待が高まる
この2人のメダルが特別に感じられるのは、彼らが今後の日本代表の中心的存在になりうると同時に、同世代や次世代のスイマーたちに与える影響が計り知れないからだ。若い選手が世界の舞台で結果を残すことは、それを目の当たりにした同世代の選手たちの意識や可能性を一気に広げる。まさに「チームジャパンの未来が見えた瞬間」だった。

そして同時に、今回の結果は、日本代表チームとしての強化機会をつくることが、若手の成長に直結することの再確認にもなった。これは、これまで長年にわたり日本代表チームが積み重ねてきた伝統でもある。世代や所属の枠を越えてともに練習し、互いに刺激を与え合う場が、選手を進化させる力を持つことを村佐選手と成田選手の姿が改めて教えてくれた。

男子200m平泳ぎでは、渡辺一平(わたなべ・いっぺい)選手が銀メダル。世界大会での複数回のメダル獲得経験を持つ渡辺選手が、予選、準決勝、決勝と安定したレース運びで結果を残した。決勝レースはラップの面で若干のエネルギーロスがあったと思われるが、再び世界の表彰台に立った姿はチームにとって大きな励みになった。

2019年大会以来6年ぶり、自身3度目の表彰台に上がった渡辺選手。銀メダル獲得にも「勝ちきれなかったのは悔しい」と述べ、早くも来年以降の代表争いに向けての意気込みを語っていたのが印象的2019年大会以来6年ぶり、自身3度目の表彰台に上がった渡辺選手。銀メダル獲得にも「勝ちきれなかったのは悔しい」と述べ、早くも来年以降の代表争いに向けての意気込みを語っていたのが印象的
男子400m個人メドレーでは、松下知之(まつした・ともゆき)選手がパリ五輪に続く銀メダルを獲得。彼の4種目とも安定した泳ぎは世界でも評価されているが、今後さらに上を目指すには「この種目では誰にも負けない」という絶対的な強みを磨く必要がある。100、200m単位の強化で各種目の完成度を高めていけば、絶対的王者レオン・マルシャン選手(フランス)との距離を縮めることもできるだろう。

また、男子50m平泳ぎでは谷口卓(たにぐち・たく)選手が26秒65の日本新記録を樹立。昨年のパリ五輪ではゼロに終わった日本新記録が、今大会では2種目で生まれ、代表33人中8人が自己ベストを更新した。

一方で、課題もはっきりと浮かび上がった。約7割の選手がベストパフォーマンスを発揮できず、0.01秒差で決勝進出を逃したり、あるいは0.1秒差でメダルに届かなかったりというレースも少なくなかった。わずかな差が大きな結果の違いを生むのが世界大会である。倉澤利彰競泳委員長も「悔しさの方が強い」と総括したように、どのような環境や条件下でも自分の力を出し切れる"本番での強さ"こそが、今後の強化の最大のテーマになるだろう。

そうした中でも、チームに一体感が芽生えてきたことは、今大会の大きな収穫の一つだった。

主将・池江璃花子(いけえ・りかこ)選手は、競技外でもリーダーシップを発揮した。大会期間中はグループチャットで情報共有や鼓舞をし、連日応援席でチームに声援を送り、応援席や控え場所のゴミ拾い、若手選手への声かけなど自ら率先して行動し、チーム全体に良い雰囲気をもたらした。

またミーティングでは、選手の代表としてスタッフに意見を伝える役割も担い、キャプテンとして「自分にできること」を考え、行動で示してくれた。

前回のコラムでも触れたが、彼女には人を動かす力がある。その影響力を、引き続き日本代表チームを強くする方向に使ってほしいし、それができれば彼女自身もさらに強くなれると私は信じている。

今大会、個人としては悔しい結果だったかもしれない。しかし、チームの中心としての存在感は確かだった。今後も日本代表のキャプテンとして、チームを引っ張っていってもらいたい。

この一体感を次につなげる鍵が、リレー種目の再建であると私は考える。

4人で泳ぐ種目だからこそ、関わる選手やスタッフの数も多く、強化に取り組むことでチーム全体の意識と連携を一気に引き上げられる。私自身、かつて自由形リレーの代表候補として合宿に参加し、誰が代表に入るか分からない状況の中で競い合い、結果としてチーム力が高まり、ロンドンとリオでのリレー種目のメダル獲得につながった経験がある。リレーの強化を進め、結果を出すことは、選手個々の成長を促すだけでなく、競泳ニッポンの社会的認知度を高めることにもつながる。

今年度下期には、ジュニア世代を含むリレー強化合宿が予定されており、競泳ニッポンは確実に次のステージに向かって歩みを進めている。

個人の挑戦と、チームの団結。この両輪がかみ合ったとき、競泳ニッポンは再び世界の頂点に近づいていくだろう。今回のシンガポール大会で新たな一歩を踏み出せたと私は感じている。再び上昇気流に乗っていけるか、これからが勝負だ。
大会前に掲げていた目標をクリアし、新たな一歩を踏み出した競泳ニッポン。今後予定されている強化合宿の様子なども折に触れて発信していきたい大会前に掲げていた目標をクリアし、新たな一歩を踏み出した競泳ニッポン。今後予定されている強化合宿の様子なども折に触れて発信していきたい

★不定期連載『松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~』記事一覧★

  • 松田丈志

    松田丈志

    Takeshi MATSUDA

    宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、元JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

Photo Gallery

編集部のオススメ

関連ニュース

TOP