
坂口孝則
Takanori SAKAGUCHI
坂口孝則の記事一覧
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
全国各地の製造や建設の現場では、人手不足のために遠方から人員を呼び寄せるケースも増えている(写真はイメージ)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「ホワイトカラーからブルーカラーへの転換」について。
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「10万円だったら安いほうですよ」。
私は企業の調達・サプライチェーン業務のコンサルティングに従業している。いわゆる仕入れ部門だ。
製造や建設の分野では、取引先からいかに現場の人手を集めるかが重要になる。集まらないと生産や工事がストップしてしまうのだ。
ところが、コロナ禍前なら一日当たり2万円で求人できたところ、現在ではまったく集まらない。その必要対価はどんどん高くなり、ある企業では10万円、15万円にまで上昇している。作業者本人がその金額を受け取っているかは別として、元締業者が支払う金額は上がり続けている。
もっとも元請業者が暴利をむさぼっているわけでもない。人手不足で他都道府県から呼び寄せるのはいまや日常茶飯事。手当を増やし、宿泊場所等を用意しなくては誰も働いてくれない。高額になるのも当然だ。
いっぽうでホワイトカラーはどうだろうか。最近では「黒字リストラ」という言葉があるとおり、業績が絶好調の企業で続々とリストラクチャリングが進んでいる。米国のアマゾンは、AIに付加価値のない業務を代替させることによって1万4000人を削減するという。
ホワイトカラーの業務が効率化すると、人員総量としては少人数で済む。これは難しい話ではない。
たとえば、ある会社員の一日の仕事を徹底的に分析してみよう。相当な割合がルーチン作業のはずだ。生成AIにお願いすれば、それらの作業をアプリに置き換えてくれる。またはVBA(Visual basic for application)やGAS(Google Apps Script)の構文をお願いすれば、ただちに自動化のプログラムを書いてくれる。
端的にいえば、ホワイトカラーの仕事の大半は不要になるのだね。実際、ネジ回しをしてくれる作業者は重要で、パソコン作業をしてくれるひとは無用になりつつある。
これまではブルーカラーからホワイトカラーへの転換が図られてきた。しかし技術の進歩はホワイトカラーをAIに代替させ、いっぽうで現時点では、ロボットに代替できない細かな作業を行なうブルーカラーの価値をむしろ上げているのだ。なんという逆説と皮肉だろうか。
プライドが高いホワイトカラーは、事務職から現場職に移るのをよしとしない傾向があるだろう。どこか「堕ちた感覚」すらあるひともいるかもしれない。
しかし若い世代は軽々と、その感覚を超えていく。大卒でも飄々(ひょうひょう)と現場の仕事に就く。冒頭の例のように、現実問題として地方ではパソコンのキーボードを叩くよりも、現場でクギを叩くほうが求められるし、高給だ。
米国では「ブルーカラービリオネア」なる言葉が出てきた。ビリオン=10億ドル≒1500億円を稼げるかはわからないが、年に2000万円は稼げるそうだ。その稼ぎを投資信託につぎ込み続ければ、生涯資産は15億円にはなるはずだ。
大きな思想的転換が生まれている。ホワイトカラーはAIに仕事を奪われるかもしれない。ただ、AIに仕事を奪われたホワイトカラーが、今度はそのAIを開発したスーパーエリートたちの家を警備することで、これまでと同じかそれ以上の稼ぎを手にすることになるかもしれない。
需要と供給とは、かくも残酷にマッチングするものなのだから。