日米で活躍した剛球投手・木田優夫氏が語る「"どぐされ"に学んだ覚悟」【伝説の野球漫画『どぐされ球団』の圧倒的魅力を掘り起こす!(第2回)】

取材・文/髙橋安幸

木田優夫氏(写真:共同)木田優夫氏(写真:共同)
第1回はこちらより

『どぐされ球団』の単行本巻末には、当時の現役プロ野球選手からのメッセージが載っている。第1巻の若松勉さん(元・ヤクルト)に始まり、18巻の西本聖さん(元・巨人ほか)まで全18名(最終19巻は作者の竜崎遼児先生が登場)。作品のリアル度を高める内容で、野球ファンとしてもありがたかった。

コミックスの巻末に掲載される現役プロ野球選手たちのインタビューもこの漫画の醍醐味だった。田淵幸一、原辰徳など、錚々たるメンバーが登場している(©集英社)コミックスの巻末に掲載される現役プロ野球選手たちのインタビューもこの漫画の醍醐味だった。田淵幸一、原辰徳など、錚々たるメンバーが登場している(©集英社)
特に、各チームのエース投手。作中で主人公の鳴海真介と対決するだけに、メッセージ自体も真に迫る。例えば、西本さんが"代打屋"鳴海の強みを称えつつ、「ぼくは投手ですから、いくら漫画の中のことといっても、かれのすばらしい打撃に関心してばかりいるわけにはいかないようです」と言っていたり。

大洋(現・DeNA)の遠藤一彦さんが漫画を一読しつつ、鳴海に向けて「こんなてごわい打者と実際に対戦しないで、ほっとすると同時に、やはりかれと勝負してみたいという思いがわいてきました」と言っていたり。個々に多少の温度差はあるものの、他の選手たちも実感に満ちた言葉で語っている。

大洋ホエールズのエース、遠藤一彦氏も漫画内に登場。前述のコミックス巻末インタビューに登場し、虚実入り乱れた発言をしている(©竜崎遼児/集英社)大洋ホエールズのエース、遠藤一彦氏も漫画内に登場。前述のコミックス巻末インタビューに登場し、虚実入り乱れた発言をしている(©竜崎遼児/集英社)
では、あの"画伯"はどうなのか--。現役時代は巨人に始まりNPB4球団、MLBでも3球団で活躍した剛球投手でありつつ、イラストレーションもプロ級だった木田優夫さん。

聞けば、『どぐされ球団』の読者だったとのこと。年齢的に、木田さんが読んでいたのは小中学生時代になるが、描ける野球人から見た作品のリアル度について聞く。

――はじめに、漫画との出会いについて教えてください。

木田 何を最初に読んだのか、わからないぐらい、家の中に普通に漫画がありました。というのも、母方の親戚に芳谷圭児さんという漫画家がいまして。昔、週刊少年チャンピオンでも連載していたんですけど、その方の影響もあって、子どもが漫画ばっかり読んでいても怒られる家庭環境ではなかったですね。

――漫画家の方がご親戚にいらしたのは、のちに木田さんが"画伯"と呼ばれることと関係していたんでしょうか。

木田 漫画を読み出して、身近に漫画家がいて描き始めたので、関係していますね。小学生のときの夢は、野球選手と漫画家でしたから。学校のクラブ活動は漫画クラブに入って、その頃から友だちと適当な絵を描いて遊んでたんです。先生とか周りにいる大人の人の似顔絵ですけども。

あとは、当時創刊された漫画雑誌の『マンガくん』(小学館)に石ノ森章太郎先生の『まんが研究会』という連載があって、四コマ漫画を募集していたんです。描いて送ったら佳作に選ばれて、〈国分寺市・木田優夫〉って載ったことがありました(笑)。全然、くだらない漫画なんですけど。

――すごいですね、やはり。そういうなかで野球漫画は何が最初だったのでしょうか。

木田 野球漫画も何が最初か、わからないです。『ドカベン』(水島新司)はもちろん、『キャプテン』(ちばあきお)も読んでいましたし。水島先生だと『野球狂の詩』の単行本が家にあって、ずっと読んでいましたね。

――『キャプテン』は月刊少年ジャンプに連載されていて、『どぐされ球団』も月刊ジャンプです。

木田 ジャンプでいうと、僕は『すすめ!! パイレーツ』(江口寿史)が大好きだったんです。『どぐされ』は兄が読んでいて、その影響です。

――『パイレーツ』とは全く違う『どぐされ』を読まれたときにどう感じましたか? 第1回でいきなり主人公・鳴海の右手人差し指が切断され、グラウンド上に飛ぶという衝撃のシーンがありますが。

強烈なシュートが右人差し指に直撃、指がプランプランになるも打席に立ち、次のストレートをフルスイングすると指がちぎれてしまった鳴海真介(©竜崎遼児/集英社)強烈なシュートが右人差し指に直撃、指がプランプランになるも打席に立ち、次のストレートをフルスイングすると指がちぎれてしまった鳴海真介(©竜崎遼児/集英社)明王のエース・十文字健は高校時代、プロ野球の公式記録員である鳥淵の息子にデッドボールを与え死なしてしまった。この出来事は十文字の野球人生を大きく左右することとなった(©竜崎遼児/集英社)明王のエース・十文字健は高校時代、プロ野球の公式記録員である鳥淵の息子にデッドボールを与え死なしてしまった。この出来事は十文字の野球人生を大きく左右することとなった(©竜崎遼児/集英社)
木田 指が飛んでしまうのもすごいし、デッドボールで選手が死んでしまうのもすごいし(第5巻 ある公式記録員の巻)。当時まだ小学生でしたけど、これから本当に野球やっていこう、と決意したときだったので、プロ野球選手になるためにはいろんな思いを持たなきゃ、と考えさせられました。

――小学生で少年野球をやっているなかで、そこまで考えさせられたという。

木田 それだけ面白く、夢中になって読んでいたんです。練習して汗をかいたときも、ふと『どぐされ』のセリフを思い出して。「よほどきたえぬかれていないと あんな小さな汗のつぶはかかない」と(第5巻 黒人大リーガー入団の巻)。俺のは細かい汗じゃない、だらだら汗かいているようじゃダメなんだなって。

――自分がやっている練習は違うんじゃないかと。

木田 まだまだ甘いんだなって思うわけです。「小さな汗のつぶ」がいいというのは、本当かどうかはわかりません。そこは確かめてないんですけど、少年野球時代は、こんなの鍛えてないから汗だらだらなんだろうな、と。

練習し尽くさなければ、つぶの小さな汗をかくことはできない...。少年期に読んだら説得力がある一言になりそうだ(©竜崎遼児/集英社)練習し尽くさなければ、つぶの小さな汗をかくことはできない...。少年期に読んだら説得力がある一言になりそうだ(©竜崎遼児/集英社)
――練習の質にまで関わってくる漫画だった......。

木田 はい(笑)。それから、お酒が入ったお猪口を肘の内側に置いて、クルッと手のひらを返してもお猪口は落ちない、いうシーン(第6巻 開幕投手はおれだの巻)。本当にできるのかな、と思って何回かやったことがあります、

――あっ、実践してみたんですね。選手寮の食堂で、内野手の中尾芳文が手のひらを返すとお猪口が落ちる。でも、新人左腕の荒巻塁がやってみせると落ちない。剛速球を投げられる投手の、腕のしなりが強調されていました。

腕のしなりをお猪口が落ちるか落ちないかで表現。こちらも小中学生が読んでしまったら、必ずマネして割ってしまう事だろう(©竜崎遼児/集英社)腕のしなりをお猪口が落ちるか落ちないかで表現。こちらも小中学生が読んでしまったら、必ずマネして割ってしまう事だろう(©竜崎遼児/集英社)
木田 今の自分はもう肘が動きませんけど、もともとはちょっと反っていたので、俺もできるのかなあ、と思ってやってみたらできました。

――体の鍛え方であり、筋肉の質であり、のちにプロ入りする木田さんが影響を受けていた、というリアルさがあると思います。特に印象に残っているキャラクターはいますか?

木田 広島の陣内吾郎ですね(第9巻 郷里の若武者の巻)。彼が一軍に戻ってきたときに、力感のないフォームからすごい球を投げるじゃないですか(第10巻 燃える男の巻)。権藤博さん(元・中日)に同じことを言われたんです。僕が巨人で一軍に上がり立ての頃、縁あって、食事させてもらったときがありまして。

「木田、おまえが思いっきり速い球投げよう、速い球いくぞ!って思って一生懸命投げたら、バッターは速い球くる、と思って打つんだ。そうじゃなくて、力感なくて、バン!って速い球くるのが一番打てないんだから、そういうところを目指さなきゃダメだ」って言われたときに、『どぐされ』のその場面を思い出して。

「どぐされ」で描かれた速球を投げるコツと、大投手の先輩からのアドバイスがシンクロするとは...。おそるべき野球漫画である(©竜崎遼児/集英社)「どぐされ」で描かれた速球を投げるコツと、大投手の先輩からのアドバイスがシンクロするとは...。おそるべき野球漫画である(©竜崎遼児/集英社)
――球界の大先輩にアドバイスされて、漫画の一場面を思い出す。それほど木田さんが熟読されていたのだと思わされます。

木田 いろんな影響は受けていますね、『どぐされ球団』に。大先輩といえば、巨人の長嶋(茂雄)さん、王(貞治)さんをはじめ、テレビで見ている人たちが漫画の中にも出てくるということで、余計に楽しめましたし。

――その点、水島先生のプロ野球漫画との違いは感じられましたか?

木田 僕は『野球狂の詩』の前半が好きだったんです。水原勇気が出てくる前の、一話完結の。『どぐされ』はそれと同じようなところがあって好きでした。ですから違いというよりも、共通点があって余計に好きだったかもしれません。

――共通点としては、どちらの漫画もプロの世界の厳しさが描かれています。今で言う戦力外通告だったり、長年の二軍暮らしだったり。そのあたりはどうでしたか?

木田 プロに入るとき、僕の中で、いつ辞めるかわからない、いつトレードになるかわからない、というのがずっと頭にありました。ひょっとしたら、それは『どぐされ』を読んでいたからかもしれないです。

漫画だと簡単に辞めちゃうじゃないですか。シーズン中、北海道遠征に行ってそのまま辞めちゃうとか(第12巻 あすへのスイングの巻)。そんなことは現実にはないんですけど、でも、そういうものなんだとずっと思っていました。実際、シーズン途中のトレードはあるわけで。

――木田さんの場合、ドラフト1位という最高の評価で巨人に入団されました。それでも、そのように考えていらっしゃったんですね。

木田 そうです。これは本当の話ですけど、プロに入るとき、何年できるかわからないな、そういう世界だろうな、と思って。僕はバッティングも自信があったので、何年かピッチャーやってダメだったら、何年かバッターって言ってくれるんじゃないかなと思っていたんです。それなら5~6年はできるかなと。

トレードはもう、いつ言われるかわからない。実際、プロ11年目のオフにトレードになりましたけど、そういうことがあるから、簡単に家を買っている場合じゃないな、と思って。賃貸だったり、ホテル住まいだったりしたんです。

――とすると、『野球狂の詩』も合わせてかもしれませんが、プロ野球とは何か、その世界はどういうものか、教えてくれた漫画でもあったと言えますか?

木田 教えてくれましたね。プロの世界で野球をやっていく厳しさ、その覚悟を持たないとダメなんだ、というのは本当に学んでいると思います。

『どぐされ球団』はこちらより。 
Kindle Unlimitedでも閲覧可能!

●木田優夫 きだ・まさお 
1968年生まれ。東京都出身。山梨・日大明誠高時代から86年のドラフト1位で巨人に入団。剛球右腕として頭角を現した90年に12勝7セーブを挙げ、リーグ最多の182奪三振を記録。98年にオリックスに移籍したが、99年からMLBのタイガースでプレー。2000年途中にオリックス復帰も、03年に再渡米してドジャース、マリナーズで登板。その後はヤクルト、日本ハムを経て、BCリーグで46歳まで投げ続けた。引退後は日本ハムのGM補佐、投手コーチ、二軍監督を歴任し、現在はGM代行を務める

  • 髙橋安幸

    髙橋安幸

    たかはし・やすゆき

    1965年生まれ。新潟県出身。ベースボールライター。日本大学芸術学部卒業。出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌『野球小僧』(現『野球太郎』)の創刊に参加。主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして取材・執筆する。著書『暗躍の球史 根本陸夫が動いた時代』(集英社)で2024年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に『伝説のプロ野球選手に会いに行く』(廣済堂文庫)、『「名コーチ」は教えない 新時代のプロ野球指導論』(集英社新書)など

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