トヨタが、日本人の小松礼雄(こまつ・あやお)代表が率いるハースF1チームと車両開発や若手ドライバーの育成などで業務提携することを発表した。早速、第20戦のアメリカGP(決勝10月20日)からハースのマシンにはTOYOTA GAZOO Racing(TGR)のロゴが貼られていたが、小松代表とコミュニケーションを取り、今回の提携の交渉を進めてきたのがTGRの加地雅哉(かじ・まさや)モータースポーツ担当部長だ。
トヨタは2009年シーズン終了後にF1を撤退した後、長い間、世界最高峰のフォーミュラカーレースとは距離をとっていたが、昨年、トヨタの育成ドライバーの平川亮選手がマクラーレンのリザーブドライバーに就任。そして今回はハースと長期に渡るパートナーシップが決まった。15年振りに本格的にF1への関与を始めるトヨタの目的は? 第19戦アメリカGPの会場で加地氏にインタビューを行った。
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■モリゾウさんの思いが出発点
――まず加地さんがトヨタでどんなキャリアを歩んできたのか教えて下さい。
加地 僕はトヨタに入ってからの十数年は、量産車のエンジニアとしてハイブリッドシステムの開発を担当しました。その後、2013年からモータースポーツ部門に異動しFIA世界耐久選手権(WEC)の開発に携わり、そこでもパワートレイン、ハイブリッドステムの開発に従事し、2021年からモータースポーツのマネージメントをするようになりました。現在は国内、ヨーロッパ、アメリカおよびグローバルにサーキットレースを担当しています。
――今回のハースとの提携は加地さんが小松代表とコミュニケーションを取り、交渉を進めてきたそうですが、トヨタがF1に関わろうという話はいつぐらいから社内では出てきたのですが?
加地 私が入社した頃は、トヨタはF1でワークス参戦していました(2002年~09年まで)ので当然、応援していました。でも私がモータースポーツのマネージメントを担当し始めたころには、F1の話題は一切なかったです。意識したこともありませんでした。
でも昨年、平川亮選手がマクラーレンでお世話になることになり、その頃からF1の話が出てくるようになりました。今、平川選手はWEC参戦と並行しながら、マクラーレンでリザーブドライバーを務めていますが、それが実現できたのは、モリゾウ(豊田章男トヨタ会長のレース出場時の愛称)さんが、トヨタの育成ドライバーにも世界一速いクルマ、F1で走る道をつくってあげたいという思いがあったからです。
――トヨタはマクラーレンの平川選手に続き、今年から宮田莉朋(みやた・りとも)選手がF1直下のFIA F2に参戦しています。F1との距離をどんどん詰め、今回ハースと協力関係を結ぶことになりました。トヨタとしてはいつ頃から、F1に参画したいと考えたのですか?
加地 TGRは今、モータースポーツ活動を幅広く行ない、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」に取り組んでいます。それはモリゾウさんがいるから実現できていますので、モータースポーツに関わる人間として感謝の気持ちがあります。それに僕自身、WECでの開発を通してさまざまなことを勉強し、エンジニアとして鍛えられ、最終的にルマン24時間レースでも勝つことができました。
そのチャンスを与えてくれたモリゾウさんに何とか恩返ししたいという気持ちがあります。モリゾウさんが今年の初めに、日本の子どもたちにF1に乗る夢を提供する道をつくりたいと改めてお話されていましたので、それを実現させるためにいろいろと動き始めました。
そして今年の2月に小松さんとバーレーンで初めてお話をさせていただき、春に鈴鹿サーキットで開催された日本GPで具体的に交渉がスタートしていったというイメージですね。提携の範囲や内容については、モリゾウさんやトヨタ自動車の佐藤恒治社長、GRカンパニーのプレジデントを務める高橋(智也)に相談しながら進めていきました。
■小松さんとすぐに意気投合した
――ハース以外の選択肢も考えましたか?
加地 可能性という点ではいろいろと考えました。最初から一点に絞ってということはしていません。いろいろと検討はしていましたが、小松さんと会って話をしていくうちにお互いすごく共鳴しました。
僕と小松さんだけでなく、小松さんと会長も今年の6月のカナダGPの前に東京で会ったのですが、すぐに意気投合しました。どうやって日本の若い人たちに夢を与えていくのかなど、モータースポーツに対する考え方や思いが一致したんですね。そういうところが今回の提携がうまくいった一番の要因だったと思います。
――エンジニア出身の小松さんは「加地さんとはすごく歯車が噛み合った」と話されていました。
加地 僕も同じように感じていました。小松さんはエンジニアリングにピュアというか、真っすぐな方です。技術は嘘をつきませんので、テストをすれば答えが出て、その結果をもとにして次のステップに進むことができます。そういうスタンスで、クルマとチームを良くするために何がベストかというのを常に考えて行動しています。僕もエンジニア出身で、同じような考え方やアプローチをしますから、共感することが多かった。それに同じ1976年生まれということもあって、話しやすかったこともありますね(笑)。
ただ、今回の提携はTGRがF1に参画するという表現は語弊があって、あくまでTGRがF1を目指すドライバー、エンジニア、メカニックたちをサポートするというのが正しいです。それは繰り返しになりますが、モリゾウさんの思いが出発点になっています。
――加地さんにとってモリゾウさんはどんな存在ですか?
加地 ひとことで言うと、お父さんみたいな方です(笑)。社内では別格の存在ですが、車とモータースポーツが大好きなで、あったかい人です。僕たち現場の人間のいろいろな悩みを聞いてくれたり、細やかに配慮をしてくださったりします。みんなの顔色を見て、「元気か?」とか「お前、ちょっと髪が伸びているから切れよ」とか、気さくに声をかけてきてくれます。人間味があって、僕は大好きですね。そういう人から「これをやろうぜ」と言われたら、その夢を実現できるように全力を尽くすしかありません。
■人と技術が磨かれる点ではF1もWECも変わらない
――加地さんがこれまで関わってきたWECとF1を比べて、どんな違いがあると感じていますか?
加地 F1のようなスプリントレースとWECのような耐久レースでは求められる技術は異なりますが、F1はスプリントレースの中では間違いなく最先端ですよね。特にアップデートのスパンが短いので、絶え間ない開発の中で人と技術が磨かれるんだろうなと感じます。F1のエンジニアリングをピュアに突き詰めようとしている姿勢はエキサイティングだし、こういう世界はすごくいいなあと素直に思います。
でも耐久レースがダメかといえば、決してそうではありません。WECではどれだけ長い時間マシンの性能を出し切るのか、信頼性高く走れるのか、という開発が難しいポイントです。それはそれで最先端だと思っています。24時間、最高時速300キロで走り続けるのは並大抵のことではありません。現代のルマンは24時間のスプリントレースをやっているようなものです。それをやり切って優勝するのは簡単ではありません。
短いスパンでアップデートを重ねていくF1と、数ヵ月の単位でクルマを良くしていかなくてはならない耐久レースとでは、ちょっと開発のベクトルは異なります。でもレースという極限の環境で人と技術が磨かれるという点ではそんなに大きく変わらないという感覚を持っています。
――今、トヨタとハースの関係は始まったばかりですが、今後はどういうふうに発展していくのが理想だと考えていますか?
加地 境界はあまりつくりたくないと思っています。僕らがチームのためにサポートできることはなんでもやるつもりです。小松さんを始め、ハースのチームの皆さん、それぞれのセクションのリーダーの方から「こういうことをしたい、ああいうことをしたい」というところをいただいて、それを僕らが「こうしたらできるね、ああしたらできるね」とサポートしていくのがベストだと考えています。そういう点に関しては、すでに建設的な話し合いはできていますので、自然と融和していくと思っています。
■トヨタの技術がハースのマシンに入るのはいつ?
――現在のハースはフェラーリからパワーユニットやギヤボックスなどの供給を受け、イタリアのコンストラクター、ダラーラが車体を製造しています。トヨタは今後、空力開発やシミュレーション、カーボン部品の設計・製造を行なうと発表していますが、TGR-ヨーロッパの開発拠点があるドイツ・ケルンのファクトリーで車体関係のプロジェクトがスタートするということですね?
加地 そうですね。現在のハースはフェラーリやダラーラともパートナーシップを組んでいますので、彼らをリスペクトしながら、僕らができるモノづくりでサポートしていきたいと思っています。シミュレーターなどの設備も、使っていただけるものは使っていただければと思っています。
――トヨタの技術がハースのマシンに入っていくのは、いつぐらいになりますか?
加地 まだ契約したばかりですし、今年はないです。そこに関してはあまり詳しくは言えないです。
――将来、トヨタのメカニックやエンジニアがハースのユニフォームを着て、F1の現場で活動する可能性もあると、期待してもいいですね?
加地 それはご期待ください(笑)。