オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
防御率0点台やノーヒットノーラン達成投手が複数おり、ハイレベルなタイトル争いが繰り広げられる今季のプロ野球。ここ3年、オリックス時代の山本由伸(現ドジャース)が独占してきた"先発投手最高の栄誉"を受け継ぐのは誰なのか?
史上まれに見る"超投高打低"シーズンの今季、ハイレベルな沢村賞争いが繰り広げられている。
沢村賞は「15勝以上、防御率2.50以下、150奪三振以上、完投10試合以上、投球回数200イニング以上、登板25試合以上、勝率6割以上」の7つの基準で評価され、12球団から原則ひとりが選出される"先発投手最高の栄誉"だ。
歴代受賞者の成績に詳しい本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏は「今の時代、完投10試合以上と投球回数200イニング以上を達成するのは難しいものの、結局は勝利数、防御率などが重視される印象」と語る。
「投手評価では、チームの守備力や運に左右されない客観的かつ統計的なセイバーメトリクスの指標を重視する声もありますが、いい投球を積み重ねれば防御率や勝利数、イニング数などは自然と積み上がるもの。結果として、さまざまな数値も軒並み高まります」
加えて、選考委員の心証も影響するとして、ダルビッシュ有(パドレス)のこんなつぶやきを紹介してくれた。
「ダルビッシュは以前、選考委員の球界OBに『君はこれから先も何度でも受賞できるから今回はほかの投手に投票しておいたよ』と言われ、それ以降は目指す気が起きなくなったとつぶやいていました。このように、受賞歴があると『前に獲ったからいいでしょ』『もっといい成績じゃないと』と厳しい目で見られがちです」
こうした受賞傾向も考慮し、現時点での最有力候補としてお股ニキ氏が挙げたのは、現時点で規定投球回には届かないものの、キャリアハイの10勝を挙げている髙橋宏斗(中日)だ。7月は4戦4勝、32イニング無失点で月間MVPを受賞。防御率0.68と無双状態だ。
「2年連続で山本由伸(ドジャース)に弟子入りし、憧れすぎてフォームまで完コピしようとしすぎた。自分本来のフォームへ修正するのに時間がかかり、開幕は2軍スタートでしたが、5月に本格復帰してからは見事な投球を継続。山本と同じように投手4冠(最優秀防御率、最高勝率、最多勝利、最多奪三振)を獲得しそうな勢いです」
また、フォームの試行錯誤によって、"ある進化"も起きているという。
「昨季までのストレートは、球速は出ていても質はさほどでもなかった。しかし、今季はリリースポイントが少し上がったこともあり、回転が良くなりました。さらに、スプリットの質が暴力的に高い。145キロ前後で鋭い変化で落下し、カウント球でも決め球でも使えて万能。カッターとカーブの質も向上しています」
現状の勢いなら、開幕から1ヵ月出遅れたマイナス面を補って余りある。
「8月、9月も月間MVPを連続受賞しそうな状態で、最終的には15勝、防御率0点台もありえます。今季はボールが飛ばないことを加味しても、今の髙橋は傑出した存在であるといえます」
1943年に藤本英雄(巨人)が記録した0.73を超える大偉業も狙えそうだ。
では、髙橋が現段階で沢村賞の最有力候補だとして、追いかける1番手は誰か?
お股ニキ氏が挙げるのは先発転向1年目のリバン・モイネロ(ソフトバンク)。現在9勝を挙げ、防御率1.50は堂々のリーグ1位だ。
「先発で通用するかどうかの決め手は球種の豊富さとコントロール。モイネロはストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップのどれでもストライクが取れる上に、中継ぎのときより力感を多少落としても球の強度は維持。さらに、ピンチではリリーフ的投球もできるので、毎試合7回2失点以内で安定してまとめています」
続いて、2年ぶりの2桁勝利に到達した菅野智之(巨人)を挙げる。お股ニキ氏が春季キャンプで取材し、今季の復活を確信していたとおりの活躍ぶりだ。
「菅野は球の強度を取り戻して復活。取材時には『右打者にフォークをもっと有効に使いたい』と語っていましたが、そのフォークの質がますます良くなっている上に、カーブも効いています。過去2度も沢村賞受賞経験があるので、沢村賞争いでは不利になるかもしれませんが、それでも傑出した投手であることは間違いありません」
その菅野と最多勝争いを演じるのが床田寛樹(広島)だ。
「床田はマッスラ気味のストレートに加え、程よく斜めに曲がって落ちるカッター、ツーシームの使い分けがうまい。飛ばないボールと味方の好守備も巧みに利用し、テンポ良く打たせて取る投球ができていて、安定感は抜群です」
前半戦で沢村賞最右翼の投球を見せていたのは、すでに3完封、キャリアハイの9勝を挙げ、防御率1点台をキープする才木浩人(阪神)だ。
「長いイニングを投げられる先発完投型の投手。189㎝の長身から投げ下ろす伸びのあるストレートとフォークが投球の中心で、今季はスライダーやカッターの感覚をつかみ、落ち球とストレートの間の中間球が組み込まれたことで、より完成度が増しました」
しかし、7月以降は勝ち星がなかなか積み上がらない。
「今季は中6日登板を続けていますが、これは2020年のトミー・ジョン手術以降で初めて。さらに、春先から毎試合のように110球以上を投げてきた疲れもあり、3度目の完封を飾った6月上旬をピークに球の強度や勢いは落ちてきました。ここから踏ん張れるか、真価が問われます」
12球団で最も早く10勝に到達し、最多勝争いをリードする有原航平(ソフトバンク)はどんな状態か?
「馬力があり、全球種を器用に投げ分けられます。今季は昨季以上に各球種が最適化され、毎試合110球前後、7回近くを安定して抑えています。ソフトバンクの守備と打撃の後押しもあり、最多勝候補なのは間違いないです」
防御率1点台投手がずらりと並ぶセ・リーグには注目投手がまだまだいる。
「東克樹(DeNA)はダルビッシュ有を超える『29試合連続クオリティスタート(6回以上3自責点以下)』を継続中。すべての球種が自在で牽制などもうまく、最多勝と最高勝率に輝いた昨季同様の安定感です」
安定感という点では森下暢仁(まさと)と大瀬良大地(共に広島)も負けてはいない。
「大瀬良は菅野同様、ストレートの強度が戻って復活。多彩な変化球を意識させ、強度が戻ったストレートをズドンと突き刺す投球ができています。
森下はオーバースローから伸びのある回転のストレート、チェンジアップ、カーブに加え、最近はカッターの調子が良く、王道型の投球スタイルです。床田も含め、広島の投手はカッターの強度が高まってきており、結果に反映されているといえます」
このほか、お股ニキ氏が「新人離れした投球」と認める武内夏暉(西武)や「今、日本で一番いいフォークを投げる」というカーター・スチュワート・ジュニア(ソフトバンク)ら、来季以降の飛躍が楽しみな投手はまだまだいる。
ただ、今季の沢村賞は前述した9投手に絞られる。彼らの共通項は、今季の"飛ばないボール"に適した球種を得意としていることだという。
「今季のボールは重くて沈むといわれるため、髙橋や才木のスプリット、モイネロのスライダーとチェンジアップ、菅野のフォークとカットとスライダーとカーブ、有原のフォークとチェンジアップにカッター、床田のカッターとツーシーム、大瀬良のカッターなどがとにかく効果的。球の強度と制球がいい投手ほど圧倒的な成績を残せます」
ここから残り2ヵ月弱、沢村賞争いで注目すべき点は?
「今回挙げた評価はあくまで現時点のもの。打球が飛びやすく、投手不利とされる夏の暑い時期にどれだけ成績を残せるか。調子を崩さなければ、どの投手もあと6~8試合ほど登板しますが、例えば菅野が18勝すれば可能性は十分ありますし、まだまだわかりません。ハイレベルな沢村賞争いに期待したいです」
*成績は8月14日時点
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。