
佐藤喬
さとう・たかし
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フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。
 続々と新種が見つかっているイソギンチャク
続々と新種が見つかっているイソギンチャク
今日本では、新種のイソギンチャクが見つかりまくっている! その多くを発見しているのが、福山大学で講師を務める泉貴人氏だ。イソギンチャクの基礎知識やその魅力を泉先生が紹介!
さらに泉先生が発見したイソギンチャクたちも登場! 奇妙な形、珍妙な名前、自然界ではほぼ見られないようなド派手カラー......実は海の下に広がっている珍奇な世界をご堪能あれ!
* * *
実は、イソギンチャクっていう種はいないのよ。これは「イソギンチャク目」に属する動物の総称で、今のところ1300近くもの種が見つかっている、でかいグループだ。
基本的に海底にくっついてる小さな花みたいな生き物で、触手と、そこにある毒針が特徴。触手でエサを捕らえて全身の大半を占める胃で消化するんだけど、なんとケツの穴がないから、ウンチを口から吐き出すファンキーな連中でもある。
もっと大きなくくりだと、イソギンチャクは「刺胞動物門」っていうグループに属してて、そこにはクラゲやサンゴがいる。
ちなみに「刺胞」ってのは、毒針がある細胞のことね。夏の海でクラゲに刺されると超痛いのは、あいつらが刺胞を持ってるからだ。
イソギンチャクは浅い海から深海まで広く分布してて、日本では100種くらい見つかってるんだけど、何を隠そう、そのうち26種は俺が新種として記載した連中なのよ。スゴいでしょ。

「俺、ホントに研究したいのはクラゲなんだよね(笑)」
俺は分類学者で、専門はイソギンチャクだ。
分類学ってのは生物を採集して観察し、新種を見つけたら名前をつける地味な学問のこと。悲しいことに今はマイナーで古くさい学問だと思われてるし、俺は専門がイソギンチャクっていう、あまり研究が進んでない生物なので、マイナー中のマイナー研究者だ。
だが生物学オリンピックに出た高校生の頃から「生物学の風雲児になる」と豪語していた俺は、東大進学後、迷わずイソギンチャクを専門にし、あっという間に新種発見数でぶっちぎりの日本一になった。
イソギンチャク界で俺のことを知らないやつはモグリといっていい。ちょっと狭い世界だけど......。
ただ、実は昔から大好きだったのはクラゲだった。
卒業研究もクラゲにしようと思ってたんだけど、クラゲって体がもろくて、分析が難しくてさ。それで先生に勧められたイソギンチャクを研究し始めたら面白くなっちゃったわけ。
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ここからは、摩訶不思議な珍しいイソギンチャクを紹介!!

 カイメンにたくさんのテンプライソギンチャクが群がっている。コロニーの直径はわずか5㎝ほどと小さい
カイメンにたくさんのテンプライソギンチャクが群がっている。コロニーの直径はわずか5㎝ほどと小さい
■テンプライソギンチャク 
【学名】Tempuractis rinkai 
【体長】5~6㎜ 
【科】ムシモドキギンチャク科
こいつはイソギンチャクなんだけど、カイメンっていう植物みたいな動物と共生して暮らしてる珍しいヤツだ。で、カイメンから出てきたときの姿がエビの天ぷらの尻尾そっくりだったんで、こう名づけたってわけ

 触手(写真上方)を伸ばすウミノフジサン。その様子はさながら富士山の噴火のよう!
触手(写真上方)を伸ばすウミノフジサン。その様子はさながら富士山の噴火のよう! 
■ウミノフジサン
【学名】Discoactis tritentaculata 
【体長】1~2㎝ 
【科】エンバンイソギンチャク科
その形と、富士山が見える駿河湾で採れたからこの名前をつけた。初めて捕まえたのは大学院生の頃だけど、調べたら新種どころか既存のどの科にも属さないニューカマーだった! 今年の6月、ようやく成果を発表できた。

 殻の下部に、ヒメキンカライソギンチャクが分泌物で作った殻が「増設」されている(黒色の部分)
殻の下部に、ヒメキンカライソギンチャクが分泌物で作った殻が「増設」されている(黒色の部分)
■ヒメキンカライソギンチャク
【学名】Stylobates calcifer 
【体長】3~4㎝ 
【科】キンカライソギンチャク科
見てのとおり、ヤドカリと共生してるイソギンチャク。発見したチームには俺も参加し、研究に協力していた。ヤドカリと共生するイソギンチャクはほかにもいるんだけど、こいつは自分の分泌物で殻を増築できちゃう変なヤツなのよ。

 「竜宮の御殿」の名にたがわぬ、強烈な存在感と強い毒が特徴。新種発見の裏には沖縄美ら海水族館の協力があった
「竜宮の御殿」の名にたがわぬ、強烈な存在感と強い毒が特徴。新種発見の裏には沖縄美ら海水族館の協力があった
■リュウグウノゴテン
【学名】Telmatactis profundigigantica 
【体長】15~20㎝ 
【科】マミレイソギンチャク科
水深200mを超えるような深い海にすんでいる。特徴は毒々しい見た目のとおり、強烈な毒を持つこと。おそらくエサを捕えるための毒なんだけど、触ってしまった飼育員さんが入院したほどの威力がある。触れるな危険!

■ヨウサイイソギンチャク
【学名】Capnea japonica 
【体長】3~5㎝ 
【科】ヨウサイイソギンチャク科
100年以上前に見つかったけど、その後はほぼ捕まえられず、幻の種になってたのよ。名前をつけたのは俺じゃないんだけど、ヨウサイが「要塞」なのか、カリフラワーとかの「洋菜」なのかわからなくて超気になる。

■サファイアムシモドキギンチャク
【学名】Edwardsianthus sapphirus 
【体長】約30㎝ 
【科】ムシモドキギンチャク科
南の海には色鮮やかなムシモドキギンチャク科の仲間が数種いる。いかにも見つけやすそうだけど、日中はほぼ砂の中にいるし、すぐに引っ込むから捕まえるのは大変なのよ。

■ヘラクレスノコンボウ
【学名】Haloclava hercules 
【体長】3~4㎝ 
【科】コンボウイソギンチャク科
毒針を持ってるのが特徴のコンボウイソギンチャク科の中でも、一番デカい毒針を装備してるのがコイツ。命名したのは俺なんだけど、この毒針にふさわしい名前といったら怪力の大男、ヘラクレスしかないでしょ!

■ルビームシモドキギンチャク
【学名】Edwardsianthus carbunculus
【体長】推定20㎝ほど
【科】ムシモドキギンチャク科
一見、サファイアムシモドキギンチャクの色違いみたいんなんだけど、DNAや体の構造はけっこう違う。浅い海にいるけど、砂に潜ってる時間が長いから派手な割に知られていないんだ。

■オオカワリギンチャク
【学名】Isohalcurias citreum
【体長】15~20㎝
【科】カワリギンチャク科
すげー色だよね。生物界でこの色はほとんどオンリーワンじゃない? 実はこいつ、学名はつけられてたんだけど、そのやり方がルールにのっとってなかったので、俺が新種として記載し直したのよ。

■リンゴカワリギンチャク
【学名】Isohalcurias malum
【体長】10㎝
【科】カワリギンチャク科
俺、カワリギンチャク科の名前はフルーツで統一しようと思ってるんだよね。こいつは、膨らむとリンゴそっくりなのでこうなった。カワリギンチャク科は割とデカいし色もきれいだから、水族館映えするんだわ。
●泉 貴人 Takato IZUMI 
1991年生まれ。福山大学生命工学部海洋生物科学科講師。イソギンチャクの新種発見数は日本人歴代トップで、テンプライソギンチャクなどインパクトのある命名にも定評がある。著書に『なぜテンプライソギンチャクなのか?』(晶文社)、『カラー版 水族館のひみつ』(中公新書ラクレ)がある。Xでは「Dr.クラゲさん」【@DrKuragesan】として発信を行なう