佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――9月19日、ウクライナのゼレンスキー大統領が、NYで行なわれた国連総会で演説しました。そして、24日にはトランプ前米大統領がゼレンスキー大統領を「彼が米国に来るたびに、1000億ドルを手にして帰国する。地球上で最高のセールスマンだ」と揶揄しました。
しかし、その3日後の27日、ゼレンスキーとトランプは、NYのトランプタワーで会っています。そこでトランプは、「大統領に就任するよりも前に、双方にとって良い結果をもたらすことができると思う」と発言。やはり、トランプは大統領になったら、即刻、無駄遣いをやめて......。ウクライナ停戦は、もう決定事項ですね。
佐藤 トランプはもう決めていますよ。共和党の副大統領候補のJ.D・バンス候補が提案しました。2022年3月の時点まででロシア軍がウクライナから引いて、ウクライナは中立化、そしてNATOには加盟しないという案です。十分現実性がある案だと思います。
――9月14日に公開されたバンス候補のインタビュー動画で、和平案が提案されていました。「ウクライナはNATOに加盟せず、中立国とする。現在の前線を非武装地帯として、ウクライナが再びロシアの侵略を受けないように防備を固める」と。
佐藤 これは、ウクライナが2022年3月に一旦合意したイスタンブール合意の内容がベースになっています。
この案はボリス・ジョンソン英首相が、ウクライナまで来て暴れたため、破談になった合意です。この案には十分現実性があり、まとまる可能性があります。
――このバンス副大統領候補の提案ならば、プーチン露大統領も支持すると思いますが、どうでありますか?
佐藤 支持するでしょうね。
――するとこれが、ウクライナ戦争の落とし所になりますか?
佐藤 ひとつの落とし所となります。ただし、ウクライナ領はロシアに相当獲られますね。
――そこをウクライナが我慢できるか......。
佐藤 クルスクはどうなりましたか? 10%ぐらいロシア軍が獲り返しましたよね?
――あそこは「獲り返す、獲り返さない」というより、ウクライナ軍にはあそこを占領地帯として維持する兵力、さらに長期間占領するための交代兵力がいないんですよ。
佐藤 すごい作戦ですよね。
――だから、ウクライナ軍はどうするつもりなのか?
佐藤 この作戦を継続することが可能と考えているとは思えません。
――いいえ。緩衝地帯を作るのが目的ですが、そのためには占領し続けないとならないが、それは難しい。悩ましいですね。
佐藤 今回の捕虜交換見ましたか? 非対称ではありませんか。
――見ました。ウクライナ・ロシア間でUAEアラブ首長国連邦の仲介により9月14日に行われ、103人が自国に帰国したと発表しました。
佐藤 そうです。なぜ「非対称」という言葉を使ったかというと、帰還したロシア兵の103人は、8月からウクライナ軍が越境攻撃したロシア南西部クルスク州で捕虜になった兵士です。
それに対して、ウクライナ兵は69人。彼らは2022年春に激戦となったアゾフ連隊や、マリウポリで捕虜になった"昔の人"です。
――"昔の人"。確かにそうであります。
佐藤 皆、それが変だとなぜ思わないんでしょう?
――多くの人は報道を見て、どこで捕虜になったかまでは考えていない。「ああ良かった、みんな助かった」と。ところが、そのウクライナ兵は"昔の人"だったと、ここが不可思議です。
佐藤 ロシアはクルスクでウクライナ兵を捕虜にしていません。なぜなら、ロシアにとってクルスク奇襲は「対テロ作戦」ですから(参照:【#佐藤優のシン世界地図探索74】生活水準が向上したモスクワから見る「クルスク対テロ作戦」)。しかし、ウクライナ軍はクルスクで捕虜として確保したロシア兵を捕虜交換に出しています。
――あ、そうでした。露軍がクルスクで展開しているのは「対テロ作戦」で、自国領土に侵入したテロリストたちを駆逐殲滅している。だから、ここには戦時国際法であるジュネーブ条約における「捕虜」は存在しない。
一方、ウクライナ軍は戦争行為としてクルスク奇襲を仕掛けた。だから、そこで行なわれている戦闘行為は「戦争」。ジュネーブ条約を正確に履行して、降伏した露軍兵士たちを「捕虜」として確保しています。
佐藤 そうです。だから、ロシア軍は捕虜を取っていません。ウクライナ軍の軍服を着たテロリストという認識ですから、その場で処理、つまり射殺ということになります。
――ロシア軍なら、そうなります。
佐藤 でも、この捕虜交換の報道を見てもはっきりしていると思いませんか?
――確かに。両軍の捕虜を取っている時間と場所が違う。
佐藤 なんだか、恐ろしいことが起きていると思いませんか? それで捕虜交換をやっているのは、なんか非対称じゃないですか?
――非対称戦というのは、反体制武装勢力がその国の正規軍と戦う時にやります。国家にとっては、ゲリラ戦で戦う武装勢力の駆逐が難しい。だから、その非対称戦に国家の正規軍は特殊部隊を作って投入しました。
いま、ウクライナ軍とロシア軍の戦いは、捕虜交換が非対称なりました。これで戦争のルールが新しくなってしまいました。
佐藤 本当ですよ。
――これ、どうなっちゃうんだろう?ということですね。
佐藤 そう、本当にひどい状態です。
次回へ続く。次回の配信は2024年11月1日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。