アオキユウ
あおき・ゆう
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ライター・動画編集者。1991年、新潟県出身。2014年にライターとして活動を始め、現在はアイドルを中心にインタビューや動画制作を行なう。
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2015年、アメリカの人気ドラマ『HEROES Reborn/ヒーローズ・リボーン』の主要キャストに抜擢され、注目を集めた役者・祐真(すけざね)キキ。
日本国内の芸能界を通らず22歳で単身渡米し、さまざまなオーディションに参加。自力でハリウッド俳優としてのデビューをつかみ取った彼女は現在、若手俳優向けのワークショップをはじめ、国内でも精力的に活動を行なっている。
幼少期の話から、ハリウッドを目指した理由。そして、アメリカでの経験。祐真キキの歩みを改めて語ってもらいつつ、現在の彼女についても聞いた。
* * *
――アメリカで役者としてのキャリアをスタートさせた祐真さんですが、もともと小さい頃から演技に興味があったんですか?
祐真 いや、役者を目指し始めたのは20歳くらいのことでした。それこそ、小さい頃は漠然と「テレビに出てみたい」なんて夢もあったんですけど、そのために何かをやっていたわけでもなく。
ただ、アメリカや英語への興味はわりと早い段階で持っていました。中学生の頃はアヴリル・ラヴィーンやバックストリート・ボーイズなどの洋楽が流行っていたり、日本でも『フレンズ』や『フルハウス』といったアメリカの"シットコム"(シチュエーション・コメディ)系のドラマが放送されていたり。それらに触れる中で、まずはアメリカという国や英語のほうに憧れを抱いていきました。
――ご自身では、どんな子どもだったと思います?
祐真 昔は特に、正義感が強い子どもだったなと思います。『世界がもし100人の村だったら』(フジテレビ系)を見て、世界の難民問題や環境問題について知ると「いつか私が世界を救いたい」と考えるような子で。
――「世界を救いたい」。......なかなかたどり着かない夢です。
祐真 若い頃は常々、根拠のない自信を持って生きていましたね(笑)。ただ、そのために「これがしたい」という明確な目標を持っていたわけではないので、高校を卒業しても数年間はフラフラとフリーターとして過ごしていたんです。その中で、当時「自分の目で見てみたい」と思ったアフリカに、ふらっとバックパッカーで行ったこともありました。
――どちらの国へ?
祐真 タンザニアです。1ヵ月間だけですけど、充実した日々を過ごすことができました。一度強盗に遭いましたが(笑)。
現地で知り合った友人とあるビーチに行って、砂浜に携帯と小銭、カメラを置いて海に入ったところだったんですね。後ろを振り向いたら、その荷物に3人くらいの男の子が群がっていて。よく見ると全員、手にナタや斧が。......もう、荷物はあきらめるしかなくて。
祐真 怖いもの知らずだった私が「危険」を学んだ経験でした(笑)。でも、このタンザニアでアメリカ人の慈善事業家に出会って。彼といろんな話をする中で「やっぱり私も人道支援をしたい」と思い直せたことは大きかったですね。
――そんな夢を抱きながら、どうして役者の道へ?
祐真 「世界を救うためには世界規模で有名になる必要がある」と思ったからです。調べていくと、例えばアンジェリーナ・ジョリーのようなハリウッド俳優って、最終的に慈善事業にたどり着く人が多くて。「別の分野で世界的に影響力を持つ存在になれば、より多くの人に問題の重さを伝えて解決できるから」らしいんですけど。タンザニアから実家に帰って、アルバイトをしながら将来に悩んでいたころにそれを知って、「人生一度きりだし、夢を追いかけるか」と腹をくくって。東京で1年間俳優養成所に通ってから、アメリカに行きました。
――ハリウッド俳優を目指すとして、日本でキャリアを積んでから渡米するほうが安定すると思うんです。でも、真っ先に渡米を選んだんですね。
祐真 あくまで目的は「世界で知名度を持つこと」だったので、日本での活動からスタートするのは遠回りに感じたんですよね。あと、当時は海外で活躍する日本人俳優も少なかったので、戦う相手が限られているチャンスの時期だなと思っていました。
――こうしてアメリカでの活動をスタートさせたわけですが、向こうの芸能事務所に入ったわけではないんですよね。
祐真 そうですね。芸能界のシステムが日本とはかなり違って、仕事はすべて自力で探さなければならないので。ビザのために語学学校に通いながら、オーディションの資料用にデモリールを作ったり、役者用の求人情報サイトを必死に眺めて。はじめの数年間はエキストラをしながら、その合間にオーディションを受け続ける日々でした。100回以上は応募したかもですね。
――そんな中、24歳で『HEROES Reborn/ヒーローズ・リボーン』の"刀ガール"オーディションにたどり着いた、と。
祐真 実はこのオーディションにたどり着けたのは、「縁」の部分がすごく大きいんです。当時、サンタモニカで殺陣(たて)のクラスに通っていたんですけど、ルークというクラスメイトのお母さんが、『HEROES』のキャスティングディレクターと知り合いで。
ハリウッドでは、人それぞれに参加できるオーディションの「格」があって、本来であればエージェント契約すらしていない、ただの日本人の私は受けられないオーディションなんです。でもそのディレクターが、縁あって殺陣を習っているこのクラスに、"刀ガール"役ができる日本人を探しに来た。本当に今振り返ってもたまたまと思うくらいですけど、そんな「波」が来てオーディションに呼んでもらえました。

――「縁」とはいえ、数年間絶えずレッスンやオーディションを続けていたからこそ、めぐってきたタイミングですよね。
祐真 そうですね。アメリカン・ドリームを感じました(笑)。オーディションを経て配役を勝ち取ったことを電話で聞いたとき、言葉にならない叫び声を上げながら家中を飛び回った覚えがあります。
――当時、制作現場で「日本人俳優として求められていること」ってありました?
祐真 英語の台本の和訳を、私ともうひとりの日本人俳優のふたりでやったことがありました(笑)。海外の人が考える日本って、やっぱり実際の日本とは少しズレるので、例えば私が演じた刀ガールに「私は忍者だ」みたいなセリフがあって、侍と忍者の区別がついてなかったりとか。
――海外あるあるですね(笑)。
祐真 撮影のない日にそういうズレをふたりで整えたのは面白かったですし、そんなステレオタイプな日本人役も楽しんで演じることができました。
――でも、こうして祐真さんは一躍、アメリカで役者としてのキャリアをつかんだわけですよね。その後はどんな生活を?
祐真 それから数年後に『ロスト・イン・スペース』というシリーズにも出演しました。意外というか、想像以上だったのが、『HEROES』に出ても、自分が受けられるオーディションのクラスはあまり上げられなかったこと。向こうの俳優業って、実は主演級以外のキャストは"出ては消え、出ては消え"の繰り返しなんですよね。私も、わりと大きい作品のレギュラーを2本務めても、継続して大きな役を勝ち取り続けることはできなかった。ドライな世界の難しさを痛感しましたね。
――なるほど......。近年、アメリカではなく、日本国内の作品にも出演されてきましたが、こちらはどんな思いで?
祐真 シンプルにオファーをいただいたことがすべて、ですかね。でも、いち役者として、海外との予算規模の違いは感じますけど、アクションや撮影環境に関しては日本のほうがいいなと思いました。当日撮るべきものをスタッフ全員が共有して、安全に、システマティックに撮る。「日本のほうがすごい」と思う部分はけっこう多いです。
――そして、現在。拠点を日本に戻しながら、若手に向けた演技のワークショップを定期的に開催しています。
祐真 拠点を日本にしたのは、現実的な話、今アメリカの物価が高すぎて(苦笑)。アメリカのオーディション自体は日本にいてもリモートで受けられているので、役が決まったらまた向こうで暮らすかもしれません。
ワークショップは東京を中心に、大阪や福岡でも開催してきたんですが、参加する方々には、私のクラスにかぎらず「継続して演技を学んでほしい」と思っています。私自身、演技には「その瞬間を生きること」が必要だと思っているんですけど、それは継続して学んだことや、読み込み続けた台本の上にあるものだと思うので。繰り返しになりますけど、役者を目指す方は私のワークショップに限らず、いろんなものに触れてみてほしいと思います。
――祐真さん自身、今後やっていきたいことや、今、目指しているものはなんですか?
祐真 将来的にはもちろん、また海外作品に出ることを目指して活動していきます。プライベートとの兼ね合いもありつつ、その年代の配役に活路があるような気がしているので、自分が50代になったときに本格的に再挑戦していきたいですね。
最初に目指した慈善事業についても、昔よりぐちゃぐちゃになりすぎた今の世界を見ては、諦めそうになりますけど、変わらず活動できる自分でありたいと思っています。これから自分が触れるとしたら、難民問題や環境問題だけではなく、LGBTQのコミュニティの強化かなと思っていますが、「何かで世界に貢献する」という思いは変わらないです。
――スピード感や方法は多少変わってしまっても、やりたいこと自体は子どもの頃と変わっていないんですね。
祐真 そうですね。一度決めたことなので、そこは貫いて生きていきたいです。
――まさに刀ガールらしい表明です。......余談ですが、ちょっと前に日本で焼きイモ屋を営んでましたよね?
祐真 やってました!(笑)。日本に帰ってきて、演技以外で何をするかと考えたときに、「昔から焼きイモのトラックに憧れていたな」と思い出して。軽トラと窯さえ手に入れればやれるビジネスなのでスタートは早かったんですけど、完売させても利益はトントン(笑)。ワンシーズンで終えちゃいました。
やっぱり、思い切りのよさは初めて渡米した頃と変わらないかもしれないです。これからもブレずに、やりたいと思ったことをその場でやっていきます。
●祐真キキ(すけざね・きき)
1989年4月5日生まれ 京都府出身 身長153cm
◯22歳で単身渡米し、2015年、アメリカの人気ドラマ『HEROES Reborn/ヒーローズ・リボーン』で"刀ガール"役としてハリウッドデビューを果たす。役者として国内外で活動するかたわら、現在は国内各地で演技ワークショップを開催中。
公式Instagram【@kikisukezane】




