市川紗椰、心踊る神出鬼没のビスケット「ロータス ビスコフ」の魅力を語る

神出鬼没で完成度が高い謎のお菓子、ロータス ビスコフ神出鬼没で完成度が高い謎のお菓子、ロータス ビスコフ

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「ロータス ビスコフ」について語る。

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喫茶店でコーヒーを注文すると、たまにソーサーの脇に赤と白の小袋が添えられています。ベルギー生まれのビスケット、ロータス ビスコフ。私はこれを発見すると、コーヒーより心が躍ります。ところが、どこの喫茶店でも出てくるわけではない。昨日はいたのに今日は不在、初めて入った店で突然遭遇することもある。生息域がいまひとつつかめない。神出鬼没、喫茶店の渡り鳥である。

ビスコフを単なるおまけのビスケットだと思っている人には、ぜひ考えを改めていただきたい。あれは製菓技術の小さな傑作です。

まず驚くべきは、バターも卵も入ってないこと。洋菓子界の二大スターを起用せずに、あの豊かな風味を実現している。砂糖と小麦粉と植物油脂、シナモンなどで、あそこまで個性的な味を作る。なかなかの実力者です。

特筆すべきは、焼成によって生まれるカラメルの色と香り。砂糖が熱によって変化し、香ばしさやほろ苦さを帯びた複雑な風味へと進化するのです。小麦粉の成分も焼き色や香りに貢献してくれてます。つまりビスコフは、オーブンの中で起きる化学反応を味方につけたお菓子。あの小さな長方形には、立派な熱化学のドラマがあるのです。

そしてシナモン。これが控えめでいい。シナモンロールのように「私がシナモンです!」と名乗りを上げず、カラメルの甘さの背後にそっと立ち、香りに奥行きを与えます。食べ終わった後に、「あれ、今シナモンいた?」と思うくらいがちょうどいい。忍者のようなスパイス。

食感も秀逸。ビスコフは絶妙に薄くて、嚙んだ瞬間、パキッと割れ、細かな破片がザクザクと崩れます。厚いクッキーのように口の中でモソモソ居座らない。歯が入る瞬間の抵抗、破断するときの音、唾液を吸ってほどけていく速度。この一連の流れが、驚くほど気持ちいい。私は時々、味より先にあの破壊音を楽しんでいることもあるくらい。お菓子を食べているのか、建築物の解体を鑑賞しているのか、わからなくなります。

表面の造形にも注目。縁の細かな凹凸、中央に堂々と刻まれた「Lotus」の文字。ビスケットに社名を刻むという自信。しかも、あの文字を嚙み砕くことに、なぜか背徳的な喜びがあります。なるべく文字が読める状態でひと口目を迎えたいですね。

そしてもちろん、コーヒーとの相性も抜群。ビスコフという名前自体が、ビスケットとコーヒーを組み合わせた造語だそうです。深煎いりのコーヒーなら焙煎(ばいせん)の苦みとカラメルの香ばしさが呼応するし、浅煎りなら酸味とビスケットの甘さの対比が面白い。さらにコーヒーに一瞬だけ浸すと、表面はしっとり、内部はカリッとしたまま。この食感の二重構造、素晴らしい。ただし長湯は厳禁! あっという間に構造崩壊し、数秒後にはカップの底に沈む悲劇が待っています。

ビスコフは高級なお菓子ではなく、特別な素材も豪華な包装もない。それなのに、あの小袋がコーヒーの横にあるだけで、かなりうれしい。しかも次はいつ会えるかわからない。その気まぐれさも含めて、ロータス ビスコフは実に完成度の高いお菓子なんだな、とつくづく。

●市川紗椰(Saya ICHIKAWA)
米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。大好きなのに、今回のコラムのために初めて購入した。公式Instagram【@its.sayaichikawa】

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