ケンブリッジのパブにて。サムとラヴィとのスリーショット。髪型も人種もバラバラな友人たちと、さながら同窓会。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第207話
リバプールの路上で、ビートルズを弾き語りしてみたい。そんな夢を抱いてイギリスを旅した20歳の青年は、いま研究者としてこの国を訪れている。ケンブリッジで旧知の友人たちと杯を交わし、改めて考える。自分はこれから、どこへ向かうのか。
* * *
【イギリスの記憶】
大学3年生になる年の春休み、20歳の時に、バックパックを背負って、イギリスにひとり旅に出たことがある。ロンドンを皮切りに、トーマスクックの時刻表を片手に、ヨーク、ダラム、エジンバラ、湖水地方、リバプールと、グレートブリテン島を反時計回りに鉄道で周遊し、およそ2週間かけてロンドンに戻ってきた。
2000年代前半。当時はスマホやSNSはおろか、インターネットを使ってのリアルタイムなやり取りもままならなかった時代である。WiFiのようなネット環境はホテルにもなかったし、Googleマップももちろんない。世間や世俗、日本社会から完全に隔絶されたひとり旅だった。
――なぜ、「バックパックを背負ってイギリス」だったのか?
まず、この連載でも何度か触れたことがあるように、高校生の私は『深夜特急』(沢木耕太郎・著)にハマり、「バックパッカー」という存在に憧れていた(14話)。しかし、大学生の私の旅の行き先が、バックパッカーの聖地たるアジアではなく、イギリスだったことにはふたつの理由があった。
まず、『深夜特急』の終着地がロンドンだったから。
そしてもうひとつが、ビートルズが生まれた国、生まれた街を自分の目で確かめたかったから。
ビートルズは、私の半生を語る上で欠かせないピースである(100話)。そのビートルズが生まれた街、リバプールというのは、イギリス中部の港町であるらしい。高校生当時、インターネットはまだ生まれたばかりで、そこに情報はほとんどなかった。そのため、日本の片田舎で育った少年にとって、リバプールについての情報はきわめてかぎられていた。
「イギリス中部の港町」であればきっと、日本人などほとんどいない、小さな町なのだろう。そこにマッシュルームカットの日本人がふらっとやってきて、ビートルズの曲を路上で弾き語ったりしたら、それはさぞかしウケるのではないか?
――などという浅はかな妄想をこじらせ、安いギター(弾き語りを夢見ていたはずなのに、買ったのはアコギではなく何故かテレキャスター)を買い、ひとり暮らしの5畳の部屋で、ビートルズの「Blackbird」をアルペジオで弾くべくこっそりと練習していたことがある。
仙台で大学生をしていた根暗な青年の頭の中では、「リバプール」という架空の小さな田舎町の路上で、ビートルズを弾き語り(頭の中のその町では、馬車が闊歩していた)、イギリス紳士たちに喝采を浴びる光景が広がっていた。
しかし言うまでもないが、現実のリバプールは決して小さな街ではない。そもそもリバプールは、ビートルズだけではなく、イングランドプレミアリーグ、Liverpool FCの本拠地としても有名である。世界中から観光客が訪れる、知名度の高い都市なのだ。
そんなことすら知らない、英語もままならない、日本で弾き語りをしたこともないような東洋の青年がふらっと訪れて、ヘタクソなギターを路上で奏でて人気者になれるはずがないのである。
実際にリバプールを訪れて、その規模と活気に圧倒され、頭の中に描いていた浅はかな妄想がたちまちに霧散したことは言うまでもない。現実に直面した後は、ありふれたいち観光客として、ビートルズの故郷たるその街を満喫した。
(左)ビートルズがデビューしたライブハウスとして有名な「The Cavern Club(キャバーンクラブ)」。2015年に訪れた時の写真。(右)中はこんな感じの、ライブスペースがあるパブ。
【ケンブリッジのパブにて】
――話は現在に戻って2025年。グラスゴーからロンドンに戻り、そこからケンブリッジまでは電車でおよそ1時間。1年ぶりのケンブリッジ。ケンブリッジ大学のふたりの教授、サムとラヴィ(143話)と3人でパブに集まり、ビールやサイダーを飲んだ。
彼らとは、「仲良し」とか「親友」とかいうような間柄ではないし、同じ釜の飯を食ったことももちろんない。私のルーツであるエイズウイルス研究の頃からの縁、アメリカ・コールドスプリングハーバー(52話)の縁、そして、新型コロナウイルス研究の縁。それらが巡り巡って、現在のような関係につながっている。それでも、さながら同窓会のような空気感が漂う。
「東京に加えて、シンガポールって、お前。ケイ、お前はいったいどこまで行くんだ? おれはもうここらで落ち着こうと思っている」とサム。
かたや、ケンブリッジ大学の教授だけではなく、南アフリカで客員教授も務めるラヴィ。最近ではさらにシンガポール(173話)に香港と、活躍の幅をグローバルに広げる彼の口数は珍しく少なく、その顔には疲労の色が窺(うかが)えた。
ケンブリッジ大学のふたりの教授を見送って、私はひとりパブに残る。もう1杯のビールを頼み、それを飲みながら、少し思いを巡らせた。ケンブリッジのこの時期の夕暮れ前は、これ以上ない至高の時間帯と言える。世間や世俗とは一線を画した、静謐(せいひつ)とも呼べる不思議な空気が流れている。
【私がこれから向かう先】
マジックアワーの夕陽射す車窓を尻目に、電車でロンドンに戻る。
サムもラヴィも、エイズウイルスの研究から新型コロナウイルスの研究を経て、それぞれの「次のフェーズ」に足を踏み出している。
翻(ひるがえ)って、私にとっての「次のフェーズ」とはなにか? 私はこれからどこへ向かうべきか? 今回のイギリス出張は、改めてそれに向かい合う機会になった。
――これからしばらくの間、私が向かう先、対峙する相手はやはり、アジアだ。
それは奇しくも、『深夜特急』にハマった高校生の頃の私が、バックパッカーとして訪れることができなかった場所が、これからの私の主戦場となることを意味していた。
つまり、あのオレンジ色の背表紙の文庫本を手に取ってから四半世紀の月日を経て、『深夜特急』の舞台に、「新型コロナウイルス学者」として深く足を踏み入れていくことになる。
★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★