自動通訳AIや「ほんやくコンニャク」ができても解決しない? 外国人との接し方 【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

文・写真/佐藤 佳

日本人の「英語がニガテ」という問題は、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」のような同時通訳アプリが登場すれば解決するのか?(イラストは筆者がAIで作成)日本人の「英語がニガテ」という問題は、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」のような同時通訳アプリが登場すれば解決するのか?(イラストは筆者がAIで作成)

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第205話

英語を流暢(りゅうちょう)に話せなくても、外国人とのコミュニケーションはできる。大切なのは、発音や語彙(ごい)力よりも「度胸」と「場数」、そして外国語で交流するための「キャラ」なのかもしれない。海外出張を重ねてきた筆者が、自身の経験から考える"英会話以前"の問題とは。

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【筆者が考える、スムーズな英会話を成立させるふたつのポイント】

この連載で海外出張のことばかりを書くようになってから、「佐藤先生はいいですね、英語がしゃべれるから、いろいろな国に出かけられて」などと言われる機会が増えた。

このような言葉をかけられたとき、半ば謙遜するような姿勢を見せながら真実を話すのだが、私はそもそも英会話がそんなに得意ではない。少なくとも帰国子女のようにべらべらと流暢に言葉が出てくるわけではないし、発音は日本人英語だし、専門用語以外の語彙は、中学英語くらいのレベルなんじゃないかと思っている。

長い間海外に留学した経験のある日本人でも、発音までネイティブのように流暢に話せている人はかぎられている。その一方で、発音やアクセントがさほど上達していなくても、留学先の外国人たちと、なんの差し支えもなく交流している人もいる。それはいったいなぜか? 

理由は、大きくふたつある。

ひとつ目は、「『聞いている側』の耳が慣れる」ことだ。話し手(=日本人)の発音やアクセント、語彙が不十分でも、聞き手のスキルが上がれば、それで事足りるのである。

そしてふたつ目は、話す側、つまり私たちの「度胸」なのではないだろうか、と私は思っている。「相手に伝わればいいや」「むしろ、私の話している英語がわからないお前が悪い」という強気の心持ちは、外国語で交流する上で大切なことだと私は思っている。

思い返せば、「英語は度胸」と思っているフシが昔から私にはあった。もともと東北人気質で内弁慶だった私にとって、「度胸」というのは、いちばんハードルが高いスキルのひとつだった(159話)。海外留学経験のない私にとって、英会話は、「酔っ払った勢いで、体当たりで身につけるしかないスキル」だったのである。

【「耳」の問題】

それでは、どうすれば英会話ができるようになるのだろうか? それを探る時間がずっと続いた。いろいろな仮説を立てたり、それを体当たりで検証したり、いろいろなことを試してみた。

たとえば、外国に着いた直後、入国審査の時には、空港の入国審査官が何を言っているのかうまく聞き取れず、私もそれに対する答えがうまく見つけられないことが多い。あるいは、発した英語が審査官に伝わらないこともままある。

しかし、滞在の日数が増え、友人たちとバーでビールなどを飲み交わす機会が増えるうちに、なんとなくどんな会話なのかがわかるようになり、英語でのコミュニケーションも心なしかスムーズになっているような気もしてくる。

おそらくは日本人は、日本語「だけ」での生活に慣れすぎてしまっているのだと思う。それ自体はもちろんまったく悪いことではない。母国語だけで何の支障もなく生活ができるというのは素晴らしいことである。

しかし現実として、「母国語以外の言語をしゃべる、耳にする」「自分が理解できない言語が日常的に聞こえてくる」というのは、ほかの国ではザラにある。日本語「だけ」での生活に慣れすぎてしまっているため、英語や外国語が聞こえてくるだけでソワソワしてしまうのは私だけではないはずだ。

【「口」の問題】

問題は、上で書いたような「耳」だけではもちろんない。「口」にもある。そう、日本語訛(なま)りの、日本人アクセントの英語、である。

私が思ういちばんのポイントは実はここにあって、要は、「日本語訛りの英語」であっても、自信を持ってそれを話せる「度胸」があるか? ということこそが、日本人が英語で外国人と交流するためのいちばんのハードルになっているのではないか。

私は、「何も悪いことをしていない/言ってないのに、ちょっと困るとすぐに『ソーリー』を繰り返す日本人」の姿がキライだった。ただ言葉が出てこない、話せないというだけで、なぜへりくだらなければならないのか。

自分も英語を流暢に話せないから、なおさらそういう気持ちは募る。「たしかに、流暢に話せはしないけど、そんなことだけでへりくだりたくはない」、そういうひねくれた気持ちだけは昔からあった。

【AIが解決してくれるものと、解決できないもの】

昨今のAIの進歩はすさまじく、このままのペースで進化が続けば、おそらくあと5年もかからないうちに、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」のような、ほぼ完璧な同時通訳アプリが開発されるのではないか、と私は思っている。

それでは、「英語がニガテな日本人」という問題は、そのようなアプリの開発によって解決するだろうか? おそらくしないだろう、と私は思う。それはなぜか? それはおそらく、この問題の根源は、おそらく英語という言語そのものにはないからだ。

問題の根源はおそらく、「日本人には、母国語以外の言葉で外国人と交流する文化や文脈がない」というところにある、と私は思っている。その理由は、「外国語で交流するためのキャラが定まっていないから」であり、それにコンプレックスを抱えているからだ。

この根深い問題を解決するためにはどうすればいいか? 私が編み出したアイデアは、「外国語で交流する自分」という「キャラクター」を身につける、ということである。

私も含め、多くの日本人は得てして、日本語と同じような文脈、トーン、空気感をそのままに、話す言葉だけを日本語から英語に変えて話そうとする人が多い。しかし大抵の場合、それをスムーズにこなすことはできない。日本語と同じような文脈、トーン、空気感で、外国人と英語で話すことはできないのである。

そのためにキャラが破綻してしまい、やるかたない気持ちになって、上で書いたようなへりくだるキャラクターが表出してしまうのではないか? そして、このような「へりくだるキャラクター」こそが、コンプレックスを内包する「典型的な日本人の英会話像」を形作ってしまっているのではないか?

そう思うに至ったヒントのひとつが、この連載コラムにも登場したことのある、カナダからの留学生のJ(160話)だった。日本語、中国語、英語を流暢に使いこなす彼は、「それぞれの言語で自分のキャラが違うから、話す言語を変えるときには、言語だけじゃなく、キャラも切り替えないといけない」というようなことを言っていた。

言語によってキャラを使い分けるなんて、何を役者じみたことを、と当時は小バカにしていたのだが、詰まるところ結局はそういうことなのだと今は思っている(あるいは、思うようにしている)。

思い返せば、15年ほど前から始めた私の海外突撃訪問は、スラスラと英語で外国人と交流できている自分の姿を夢見て始めたものだ。改めて振り返ってみると、私のこの試みは、「英語で交流する自分のキャラ」を見つけるための旅だった、と言い換えることができるかもしれない。

しかし、そのキャラを確立して自分のものにするためには、短期間の海外出張だけではなかなか達成できない、ということにどこかで気づいた。いくらそのときは慣れていたつもりでも、次の出張のときにはそれをすっかり忘れてしまっていて、いつも似たようなやり取りの入国審査で詰まってしまうのだ。

自分の「キャラ」を探すために、そしてそれをきちんと身につけるために、2015年に私は、イギリス・グラスゴーに「長期出張」することを試みたのである(が、これはうまくいかなかった。詳細は87話からのエピソードを参照)。

そうなれば荒療治である。そのために私は、2023年にドイツ・ウルムで開催されたドイツウイルス学会(19話)以降、「海外での英語での講演」を自分のノルマと課し、そのような環境に自分を頻繁に晒(さら)すことで、外国の環境に「慣らす」ことに努めた。

そして、2025年始めの、3週間強のシンガポール出張(168話)でついに、「英語で交流する自分のキャラ」の芽のようなものを見つけることに成功したような気もしている。

今回はだいぶまどろっこしくなってしまったけれど、要は、英語で外国人と接するためには、流暢な英会話力よりもまずは、

①英会話に臆することのない度胸

②英会話の環境に慣れるための場数

③それをこなすためのキャラ作り

という3つのスキルこそが重要なのではないか、と私は思っている。

四十路を過ぎた身には、発音を改善したり、語彙を増やしたりすることはもうなかなかに難しい。であるのであれば、これらのスキルを磨くことで、泥臭く環境に適応していくしかないのである。

むしろこのような、「慣れない環境に適応しよう」という「度胸」がなければ、いくら「ほんやくコンニャク」が開発されても、日本人の外国語へのコンプレックスはおそらく解消されないだろう。そんな「度胸」こそが、日本人が外国人とコミュニケーションをとって、国際社会で活動していく上でいちばん大切なことなのではないか、と私は思っている。

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  • 佐藤 佳

    佐藤 佳

    さとう・けい

    東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
    公式X【@SystemsVirology】

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