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親日本プロレス譲渡について語ったブシロード・木谷高明社長
5月27日、ブシロード体制の下で完全復活を遂げた新日本プロレスの全株式が、テレビ朝日などへ譲渡されることが発表された。
プロレス界のみならず世間に大きな衝撃を与えたこの決断の背景を、当事者である木谷高明社長が語る。本誌だけに明かした"大政奉還"の真相とは?
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時代が変わるゴングが鳴った――。5月27日、カードゲームなどを手がける「ブシロード」が保有する新日本プロレス(以後、新日本)の全株式を、約36億円で「テレビ朝日(以後、テレ朝)」ならびに「サイバーエージェント(以後、サイバー)」へ譲渡することが発表されたのだ。
地上波放送で長年プロレス業界を支えてきたテレ朝などへの譲渡を、ブシロード代表取締役社長・木谷高明(きだに・たかあき)氏は"大政奉還"と表現。世界と渡り合うための新たなステージへとバトンをつないだ。
2012年にユークスから約5億円で株式を取得して以来、14年間に及んだブシロード体制に終止符を打った形だ。
テレビ朝日HDは中期計画でコンテンツ・IP領域を成長投資枠と定め、4年間で1000億円を投資予定だという
この間、新日本はコロナ禍などの逆境を乗り越え、今年1月4日の東京ドーム興行では28年ぶりの超満員札止めを記録している。
名実共にプロレス界を完全復活させた立役者が、なぜこのタイミングでリングを降りるのか。この歴史的転換点の本質に迫る。
プロレスファンは今回のテレ朝などへの譲渡をどんな思いで見つめているのか。50年近く新日本を追い続ける芸人・ユリオカ超特Q氏は語る。
「1972年にアントニオ猪木さんによって設立された新日本は、来年で55周年。
その歴史の大部分においてテレ朝は、『ワールドプロレスリング』で新日本の闘いを放送し続けてきました。一時期は新日本の事務所がテレ朝の社屋内に置かれていたほど。伝説の猪木対アリ戦を支えたのもテレ朝でした。
そう考えれば、今回の譲渡はブシロードからテレ朝に"戻った"と表現するのがしっくりきますね」
一方で、新日本が加わるサイバーエージェントグループにはすでに業界第2位の「プロレスリング・ノア」や、独自のエンタメ路線の「DDTプロレス」という男子プロレス団体が傘下に存在する。
サイバーエージェントは約24億円を投じて共同出資に参画し、動画配信のラインナップ強化へとつなげる方針だ
各団体の立ち位置や今後の関係性について、ユリオカ氏は冷静な見解を述べる。
「ファンが求めているのは、各団体が持つ独自のカラーが保たれること。安易に関係性が近くなれば、それぞれの特色を希薄化させかねない。
昭和や平成の頃は団体の威信をかけた『対抗戦』が熱狂を生みましたが、現代のファン気質は変化しています。
良くも悪くも『推し文化』が定着した現在、ファンは自分の愛する団体やレスラーの世界観を純粋に楽しむことを望んでおり、他団体との衝突でそれが脅かされることを求めていない。
かつての新日本対Uインターのように、どちらかが崩壊しかねない過激な抗争は、今の潮流には合いません。新経営陣が今後、各団体のキャラクターをどう尊重し、どのような距離感でかじ取りをしていくのか注視しています」
この株式譲渡を経営学的な視点から見ると、どのような景色が浮かび上がるのか。
プロレス愛好家でもある中小企業診断士・穂波崇氏(ほなみ・たかし/ホナミ経営サポートラボ代表)は、36億円という譲渡額を「極めて破格」だと評価する。
「買収に必要な金額に現預金などの要素を加味した額(EV[イーブイ])が、その会社の営業利益など(EBITDA[イービットディーエー])の『何年分』に当たるか。これを専門用語で『EV/EBITDA倍率』と呼びます。
業界の標準的な財務バランスや公開されている周辺データから算出すると、今回の取引は実質『6倍(約6年分)前後』の評価に過ぎないと考えられます。同業であるWWEの倍率が30~40倍規模で取引されている実態と比較すれば、その差は一目瞭然です。
通常、勢いのあるエンタメ企業を丸ごと買う場合、投資額の回収には20年前後を想定するのが業界の常識。それらと比較すれば、この6倍程度という数値がいかに買い手側にとって破格の買い物であるかがわかります」
女子プロレス団体・スターダムは「まだわが社のリソースとノウハウで成長させる余白がある」としてブシロードグループに残る
さらに穂波氏は、新日本には決算書などのデータには表れない「目に見えない価値」が豊富にあると指摘する。
「36億円という数字は財務諸表の数字だけをはじいたものですが、新日本にはレスラーたちの卓越した技術やキャラクター性、そして長年築き上げてきた歴史という、数字化できない強固なブランド資産(無形資産)があります。
ブシロードが高値の交渉にこだわらず、この金額で速やかに決着させたのは、自社の利益より『プロレス業界全体の持続的な発展』を最優先にした、大局的な経営判断があったからでしょう。
ブシロードは12年に5億円で引き取った新日本を見事にⅤ字回復させ、企業価値が最高に高まったタイミングでバトンを渡した。不動産でいえば、ボロボロの空き家をフルリフォームして見事に再生させ、次の住人に引き渡したようなものです。
今回の取引は決して後ろ向きな投げ売りなどではなく、価値を最大化して次なる成長ステージへとつないだ、事業再生の教科書どおりの大成功事例と言えます」
格安とはいえ、この取引は全員が得をする「三者一両得」だという。
「まずブシロードは、5億円で取得した資産から、単純計算で31億円の差額となるプラスを得ました。
サイバー側は、自社の配信サービスを強化し、世界大手の攻勢に対抗するための圧倒的な知名度を持つ『核』を手に入れた。
そしてテレ朝は、近年注力するIP(知的財産)ビジネスの戦力として、新日本の強力なブランドを完全に囲い込める。三者すべてに明確なビジネス上の合理性がある譲渡と言えます」
公式に株式譲渡が行なわれる6月30日の直前。取材班はブシロード本社・社長室で木谷高明社長への単独インタビューを決行した!
木谷 ブシロードの前の親会社・ユークスとの交渉時期から考えると15年ほど新日本と関わってきました。来年55周年を迎える新日本の歴史の7分の2ほどですか。なので、僕からするとずっと「お預かりしている」という感覚だったんです。所有しているというイメージは一度も持ったことがないですね。最初から「いつか手放すときがくる」とは思っていました。
――"お預かり"というのはどこからお預かりしているイメージでしたか。
木谷 新日本プロレスという「歴史」からお預かりしている感覚です。もしかしたら一部は、アントニオ猪木さんからかもしれない。
高校時代の僕は、人生の楽しみの7割がプロレスで、雑誌を毎週いくつも買い込みに走るほど、それが生きがいだったんです。当時の僕にとって猪木さんは絶対的な存在。
そして、今、こうして経営者としているのも猪木さんの影響が少なからずある。だから深く感謝していますし、猪木さんがつくった新日本には、人一倍強い愛着がありました。
――実際に手放すことを考え始めたのはいつ頃でしょうか。
木谷 グローバル展開を考える上で、ブシロードではもう力不足ではないかと思い始めたのが19年頃です。できることはやり切ったと感じていたタイミングで、アメリカに「AEW」という、WWEに次ぐ団体が誕生した。
それまで新日本は、現地で「アンチWWE」の受け皿として熱狂をつくっていた側面があったため、強力な対抗団体の出現によって、需要が流れることは予測していました。
――米国市場に、強力な対抗馬が出現したわけですね。
木谷 それからコロナがあって業績が落ち込み、「もう一度復活させる」というのがひとつのテーマになりました。
今年の1・4東京ドームは満員になりましたが、これも23年11月に棚橋弘至選手に社長を打診したところからストーリーが始まっています。
そのときに「(26年の)1・4で引退しましょう」と棚橋選手に提案をしたんです。
今年1月4日に現役を引退した新日本プロレス・棚橋弘至社長。この日の観衆は4万6913人で、28年ぶりの超満員札止めとなった
――社長打診と引退の提案が同時に行なわれた。
木谷 もちろん、彼のレスラー人生としての花道を考えての提案です。われわれはファンと違って、「商品」としての価値を客観的に見極めなければならない立場ですから。
コロナからの回復までは責任を持とうと思っていましたが、もしかしたらコロナ禍による停滞がなければ、新日本を手放す日はもっと早く来ていたかもしれません。
木谷 ところで......私が14年間やってきて、一番「終わった」と天を仰いだ瞬間っていつだと思います?
――スターだったオカダ・カズチカ選手や内藤哲也選手が離脱したタイミングですか?
木谷 違います。24年1月23日、NetflixがWWEと巨額の配信契約を結んだ日です。これが14年間で一番ショックでした。番組の配信権だけで10年間で7400億円(24年当時のレート)ですよ。もう勝てるはずがない。文字どおり天を仰ぎました。
そのときに「これから新日本は強力なメディアと配信インフラを持つ巨大資本と組むしかない。ブシロード単体で戦えるフィールドではなくなってきた」と痛感したんです。
配信事業が激化する中、24年にNetflixは50億ドル(約7400億円)を投じ、WWEの試合配信権を10年分獲得した
――そこから本格的に譲渡の時期を探り始めた。では、なぜこのタイミングに?
木谷 M&Aのことなので言えないことも多いのですが、当初はもう少し先の予定でした。実際に今年のシカゴで行なわれる「G1 CLIMAX」も見に行くつもりでした。
決定的だったのは今年2月、辻陽太選手の発言です。
――その日、辻選手は「おいブシロード! 俺たちレスラーはな、カードゲームのカードじゃねえんだよ! 俺たちはこのリングで命をかけて闘ってるんだ」と、親会社のブシロードを批判しましたね。
木谷 実を言うと、あの日は朝まで眠れませんでした。ここまでプロレスに情熱を注いでやってきて、なぜあのような言われ方をされなければいけないのだろう......と。
辻選手の発言そのものだけでなく、それに賛同する一部のファンの反応も含めて、深く考えさせられました。もちろん、手放す時期を探っていた段階ではあったのですが。
今年2月にブシロードへの発言で注目を浴びた辻陽太選手。新日本からの選手流出が相次ぎ、危機感を抱く中での必死の訴えだったという
――辻選手の発言が、最終的な引き金になったと。
木谷 辻選手はもう削除されたインタビューで「木谷はそんなことで売るような小さな男じゃない」と語っていましたが......、人間ってそういうことで決めるんですよ。感情の生き物ですからね。
ブシロードは30坪、1室4人からカードゲームで始まった会社です。僕の生きざまそのもの。現場に命をかけるプライドがあるように、僕にも祖業への絶対的な誇りがある。
彼らがそこまでの拒絶と覚悟を示すなら、これ以上抱え続けるべきではない。双方の誇りを尊重し、テレ朝やサイバーという、より大きな次なる舞台へ委ねるべきだという、最後の区切りになったのは事実です。
――14年間、プロレス界の景色を変え続けてきた木谷社長ですが、今、プロレスの未来をどう見据えていますか。
木谷 いつも熱くプロレスを応援してくださる方々には、本当に感謝しかありません。
ただ、これからの未来、新日本が世界の巨頭と本気で渡り合っていくためには、ファンの皆さんにもエンタメを取り巻く時代の変化を一緒に見据え、彼らの挑戦を支えていってほしいと思います。
新しいステージへ進む新日本の決断を前向きに見守り、引き続きプロレスというジャンルを応援していただければうれしいですね。
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まさに"黒船"と言える海外勢の台頭を迎え撃ち、新日本が次のステージへ進むために断行された"大政奉還"。日本プロレス界の新たな夜明けが、今ここから始まる。
●木谷高明 Takaaki KIDANI
1960年生まれ、石川県出身。武蔵大学卒業後、山一證券を経て1994年にブロッコリーを設立し上場。2007年にブシロードを設立。12年に新日本プロレスをグループ化するも、26年6月に全株式をテレビ朝日、サイバーエージェントに譲渡。現在はブシロードの代表取締役社長