東アジア地域における最大級のリスクのひとつは北朝鮮の核問題。昨年末の“粛清事件”など、今も不安定な情勢を打開するには何が必要なのでしょうか?

3月上旬、日本人の遺骨収集問題などを話し合う日本と北朝鮮の赤十字会談が行なわれました。これをきっかけに、拉致問題解決に向けた政府間協議の再開を期待する声も上がっています。

北朝鮮では昨年12月、ナンバー2と目されてきた張成沢(チャンソンテク)氏が“粛清”されるという驚くべき事件が起こりました。その背景に何があったのか、正確なことはわかりません。ただひとつ言えるのは、金正恩(キムジョンウン)政権は権力基盤がいまだ不安定で、体制としても脆弱だということ。核問題も含め、以前よりもリスクは高まっていると見るべきでしょう。

そこで気になるのが中国との関係です。中国との外交を指揮し、「改革・解放」路線の経済貿易方針を推進した張氏の粛清が、中朝関係に与える影響は小さくありません。

あまり知られていないことですが、張氏は中国語が堪能だったといいます。公の場では通訳を介していたものの、実際には中国側の言うことをほぼ理解し、非公式な場では独力で中国要人に切り込むこともできたそうです。つまり、北朝鮮にとって張氏の存在自体が中国とつながる太い“パイプ”だった。その張氏の粛清に、中国側が不信感を募らせたことは間違いありません。

一般的に中朝関係は「血の同盟」などといわれ、強力な絆で結ばれていると思われがちですが、歴史をひもといてみれば、必ずしもそうではないことがわかる。第2次世界大戦と朝鮮戦争により半島情勢が不安定化した1940年代後半から1950年代前半の史料を読むと、当時から毛沢東(もうたくとう)と金日成(キムイルソン)の間に根深い相互不信があったことがうかがえます。

安倍首相が6ヵ国協議の再開を提起すべき

朝鮮戦争勃発後、中国が人民解放軍を半島に派遣した際は、その指揮権をめぐって解放軍を引率した彭徳懐(ほうとくかい)と北朝鮮のリーダー金日成が対立し、当時ソ連の指導者だったスターリンが仲裁した。中国大陸から軍事物資を運ぶ鉄道の指揮権に関しても、金日成がかたくなに全権掌握を主張し、当時中国の外交部長だった周恩来(しゅうおんらい)が事態の収拾にあたったという記録が残っています。

一般的なイメージとは違い、中朝は昔から一貫して無感情でドライな関係にある。両国はかつて一度も同盟を結んでいないのです。

ただ、それでも現在、北朝鮮の唯一の“後ろ盾”になっているのが中国であることもまた事実。今年2月、国連の調査委員会が北朝鮮の「人道に対する罪」を非難した際も、中国は北朝鮮をかばいました。中国にとって「北朝鮮への影響力」というカードは、米中関係、あるいは非核化を含む朝鮮半島情勢安定など自国の利益に直結するという思惑と判断があったわけです。

同じ2月には米国のケリー国務長官が訪中し、習近平(しゅうきんぺい)国家主席、李克強(りこくきょう)首相、王毅(おうき)外交部長と会談。ケリー氏は中国首脳から「非核化という点で北朝鮮が国際社会を無視するようなことがあれば対策を練る」という言葉を引き出しました。北朝鮮問題の解決に向け、より深くコミットメントしていくという意思表示でしょう―自らの国益のために。

警戒すべきは、中朝関係が悪化し、北朝鮮が孤立を深めて崩壊の危機に瀕するというシナリオ。苦しまぎれに核のボタンを押すような事態を招かぬよう、国際社会が情勢をマネージする必要があります。

日本はこの状況でどうすればいいのか。ぼくはあえて安倍首相が6ヵ国協議の再開を提起すべきと考えます。混迷する日中、日韓、日米関係を顧みれば、日本がイニシアティブを取ることなど困難に思えるかもしれません。しかし、中国を除く各国が北朝鮮とまともに対話できておらず、しかもウクライナ情勢をめぐって各国の関係が緊張している現状からすれば、日本にもチャンスがある。対話なくして北朝鮮問題が解決するというなら、その方法を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/