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元Jリーガーで、現在は昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活躍する青山隼の新連載「果てしない延長戦」。現役時代の先輩や戦友をはじめ、各界で活躍する方をゲストに招き、「人生の転機」や「次への挑戦」をテーマに熱く語り合う。
第3回は、ゲストとの対談を終えた青山さんが、改めて感じたことや当時の思いを自分の言葉でお届けする「ひとり語り」。前回の坪井慶介さんとの対談を受けて、2011年、浦和レッズに所属していたあの頃を振り返る。
連載の初回ゲストは、ずっとお世話になっている坪井慶介さんにお願いしようと決めていました。最近はなかなか会えていなかったので、久しぶりにじっくりお話ができて良かったです。ツボさん(坪井)は普段から熱い方ですけど、あまり多くを語らないタイプ。それなのに今回は深い話をたくさんしてくださったことが嬉しくて、ありがたかったですね。
ツボさんと出会ったのは、2011年。徳島ヴォルティスから浦和レッズに移籍し、チームの先輩後輩になった頃でした。当時の僕は23歳。あまり若さのせいにはしたくないですけど、精神面がまだまだ幼くて。U-20日本代表としてワールドカップに出場したあとだったこともあり、どこか自信に満ちあふれ、地に足がついていない状態でした。イヤなことがあると感情的になったり投げやりになったり、調子を落として試合に出られるなくなると人のせいにしてしまう......そんな自分がいました。
対談で「23歳の青山隼は自分で決めきれない甘さがあった」と言われていましたけど、自分でも納得しました。ツボさんの影響を受けて考え方がすごく変わったので、もし出会っていなければ今とは違う人生を歩んでいたはず。レッズに在籍した一年間、選手としての結果は残せなかったですけど、その後の人生の指針を受けられたと思っています。

また、2011年は精神的にも過酷な年でした。3月11日に東日本大震災があったので、複雑な感情を抱えながら自分と向き合う日々が続きました。僕は宮城県の仙台出身なので、震災の数日後には羽田空港から山形空港に行き、バスで山道を通って実家へと向かいました。生まれ育った町が被災しているのに、自分は別の場所にいる。このままサッカーをやっていていいのだろうか――。そんな葛藤の中、ツボさんとか周囲のいろんな方に支えてられていたなと思います。愛犬のクロちゃんと出会ったのもこの時期。とてつもなくいろんな経験をした年でした。
僕にとってツボさんは、「人生の恩師」だと勝手に思っていて。いろんな出会いや経験から今の僕があるんですけど、価値観や考え方のきっかけはやっぱりツボさんの影響が大きいです。ただ、恩師でありながら、一緒にお酒を飲むときは"頼れるお兄ちゃん"のような存在。「ちょっと聞いてくださいよー!」って気軽に甘えさせてくれる関係性でもあって。今回もそうでしたけど、たまに会っても今の状況を悟られている気がして、自然と背筋がピッとなりますね(笑)。

対等になったと言ってくれたのは嬉しかった反面、「まだ認めないで!」と思う自分もいます。怒られてばかりの人生なので「言われるうちが花」じゃないですけど、これからもいろんなことを教えてもらいたいですし、ダメなところは怒ってほしいです!
対談での「努力は裏切ることもある。だから"努力を裏切らない"ように」というお話もすごく勉強になりました。サッカー界や芸能界はもちろん、どんな世界でも結果を残している方々は努力との向き合い方を大切にされていて。今のSHOW-WAの活動を含め、まずは目の前のことをコツコツと積み上げていく。これからも仕事に対する姿勢を崩さず、ひとつひとつの課題と丁寧に向き合っていきたいなと思います。
★果て戦だけの激レアSHOW-WAオフショット★
舞台が終わったKC(山本佳志)と久しぶりに一緒!

●青山隼(あおやま じゅん)
1988年1月3日生まれ 宮城県出身
◯2006年にプロデビュー。U-20日本代表経験を持ち、Jリーガーとして名古屋グランパス、セレッソ大阪、徳島ヴォルティス、浦和レッズでプレーし、2015年に現役引退。その後は、俳優として舞台やドラマ等に出演。現在は、秋元康プロデュースの昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活動中。ラジオ『SHOW-WA寺田&青山の青春時代を取り戻せ!』(CBC、毎週日曜22:00~)レギュラー出演中。今年10月1日(木)にはSHOW-WAとして初となる日本武道館での公演が決定!
公式X【@jun_aoyama1988】
公式Instagram【@jun_aoyama_show-wa】




