
佐藤優
さとう・まさる
佐藤優の記事一覧
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
トランプ米大統領とネタニヤフ・イスラエル首相。少なくともこのふたりは「神の戦士」なのかもしれない(写真:ゲッティ=共同)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――前回、イランの最高指導者モジタバ・ハメネイ師は死者と連帯して、生者と死者の最強軍団『光のキャラバン』で戦おうとしている、とのお話でした。トランプ米大統領は死を恐れていますよね?
佐藤 いえ、トランプは死を恐れていないと思います。あの暗殺未遂事件以降ね。
――あ、そうですね。
佐藤 あの瞬間からトランプは神の使いとなっていて、死んでも永遠に生きるくらいの心持ちだと思いますよ。
――トランプは神から与えられた使命として、イランという悪魔を潰そうと考えている。ならば、ずっと戦いますね。
佐藤 そうです。だから、イランのイスラム政権打倒が人生の目標に組み込まれていると考えないといけないわけです。飛行機と同じです。途中で台風や乱気流などがあれば、飛行機は別方向へ飛ぶこともあるけど、目的地が変わることはない。そう僕は見ています。
「トランプがブレている」と言う人は、トランプが何を考えているかよく理解していないんですよ。
――その根っこにはプロテスタント・カルヴァン派の価値観があり、神に選ばれて米国大統領になった、ということですよね?
佐藤 そうです。そしてその使命は、イランのイスラム政権撲滅です。さらにいま、イスラエルのネタニヤフ首相という心の友がいると。
――トランプとネタニヤフは、死を恐れない神の戦士たちではないですか?
佐藤 そうですよ。ただ、イランのモジタバ師もそうなんです。
――すると、3人の神の戦士たちの戦い。これ、普通の外交交渉でまとまる話ではないのでは?
佐藤 はい、ちょっと常識の範疇を超えていますね。だから、この戦争の終結を決めることができるのはただひとり、トランプだけです。トランプが「ミッションコンプリート!」と言った瞬間に終わります。
ウクライナ戦争だってそうじゃないですか。プーチンが終わりと言えば終わりです。
――納得です。トランプはイラン戦争終戦の後、ブッシュ元大統領と同じで、戦闘機に乗って空母に着艦して「勝った」と宣言する。
佐藤 ただ、そうなると今度は、イラン国内がぐしゃぐしゃになる可能性が非常に高くなりますけどね。
――それが内側に向かって内乱となったとて、トランプは別に構わないと。
佐藤 考えてみてください。イランがアメリカに攻めて来ることはないんです。アメリカからすると楽な試合ですよ。だけど、イランが下手を打てば、自国にアメリカが攻めて来るんです。
――アメリカはイランに地上侵攻しないほうがよさそうですね。イランが内乱になるような兆候はあるのですか?
佐藤 3月20日のモジタバ師の声明で、「俺たちはトルコとオマーンをやっていない。あれはイスラエルの偽旗作戦だ」と言っています。
――はい。トルコへは3月4日以降、ミサイルがイランから発射され、オマーンは3月11日にイランのドローンが港の燃料タンクを攻撃したとされています。
佐藤 これは要するに、イランのモジタバ傘下の部隊以外がやったんだと思います。
――分裂しているか、モジタバの威光が及んでいない部隊がいると?
佐藤 はい。だから、イランはもう国家崩壊の域に達しています。いろんな組織が勝手に戦っているわけです。
3月12日のモジタバ師の声明では、核兵器に関する発言はひとつもありませんでした。だから、核開発部門もモジタバ師の傘下に入っていないんだと思います。
――独立核兵器愚連隊となっていたら、核兵器暴走が発生しますよ。
佐藤 そして、モジタバ師は外交交渉に出て来ていません。イラン政府やイランの大統領が何を言っても、モジタバ師とは特に協議していないんです。それぞれ勝手にやっているということです。
――かつての大日本帝国にたとえるなら、関東軍しか握っていないということですか?
佐藤 そういうことです。さらに言うならば、関東軍の憲兵隊しか握っていないという感じですね。
――そのモジタバ師の関東軍憲兵隊は、パキスタンの核兵器を奪取して「米軍が来たら核自爆してやる」と考え、色々と画策している、と。
佐藤 それからホルムズ海峡の通行料を取って、とりあえずのシノギとして戦争を牽制していますね。それがうまくいかない場合は、自爆船を送ってタンカーを沈めてやると。
――最強の部隊であります。
佐藤 そこまで腹をくくっているんです。それでも「トランプの野郎をねじ伏せてやろう」と思っているでしょうね。
――混沌とした戦況というか、状況が理解できてきました。
佐藤 ホルムズ海峡だけでなく、アメリカ軍がイランに侵攻してきたらパキスタンの核を奪って使うことも考えていますけどね。核攻撃の巻き添えになったイラン兵やイラン国民は偉大なる殉教者になって、光のキャラバンに加わります。すでにたくさんの死者が味方にいるんですから。
――核自爆攻撃で、数十万人単位の「死者兵力」が増加します。
佐藤 だから、生命至上主義さえ捨てれば、相当なことができるんですよ。
そういう恐れがあるので、ホルムズ海峡封鎖が続くと中国とロシアが出てきて、「経済の障害になるイランのイスラム体制を潰せ」と、恐怖の近未来のシナリオが描かれてしまうんです。
――さらに、モジタバ師がイラン国内の暴力装置を全て支配下に置いていないとすると、核汚染物質を搭載した「ダーティボム」をサウジで爆発させるとか、イランが数個に分かれた紛争があちらこちらで起こる可能性がありますね。
佐藤 それもあります。だから、核兵器やダーティボムを手に入れたら何をやるかわからない状態です。
核は大きなカードになるのにもかかわらず、モジタバ師は言及していません。声明では言っていないこと、書いていないことに注目するべきです。
――確かに。
佐藤 それから、モジタバ師はタクシーで情報収集をしているんですよ。『遠山の金さん』と同じです。
――『遠山の金さん』? 桜吹雪のですか?
佐藤 イランのタクシーは乗り合いタクシーです。革命防衛隊が運転手をするタクシーの客席にモジタバ師が乗って、その車中で見聞きした情報に基づいて決断しています。
――なるほど、『遠山の金さん』も自分の見聞きした範囲で悪党の巣窟に乗り込んで、ひと暴れしています。
佐藤 権威主義国家の内部で情報を取るインテリジェンス・オフィサーが時折使う手法で、かつて私もソ連時代のモスクワで使っていました。
ただ、これは参考情報のひとつにすぎず、定量的なデータではなく、国家最高指導者が自分で見聞したことだけで判断するのは危ないと思います。
次回へ続く。次回の配信は5月8日(金)を予定しています。