これまでにいろいろな「ハンタウイルス」が見つかっているが、今回のコラムでは、そのうちの4つを紹介しながら世界をめぐります(イラストは筆者がAIで作成)。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第176話
ゴールデンウィークに突如として世界の耳目を集めた「ハンタウイルス」。しかしこのウイルスは、実はこれまでに、世界中のいろいろなところで見つかっていることをご存じだろうか。今回のコラムでは、このウイルスの発見の歴史を紐解きながら、「ハンタウイルス」について概説する。
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【2026年ゴールデンウィークの「クルーズ船」と「アウトブレイク」】
「クルーズ船でアウトブレイク、3人死亡――」。
5月4日。南アメリカ、アルゼンチン最南端の街ウシュアイアから南極を経由して、アフリカ大陸の西に浮かぶカーボベルデ共和国に向かっていたクルーズ船で、重症呼吸器疾患の「アウトブレイク(集団感染)」と思われる事案が発生した、というニュースが世界を駆けめぐった。
「クルーズ船」と「アウトブレイク」という、どこかで聞き覚えのあるコンビネーション。――そう、2020年2月、本邦におけるパンデミックの到来を告げた、「ダイヤモンド・プリンセス号」での新型コロナウイルスのアウトブレイクである。
閉鎖空間、乗客、検疫、隔離。当時はほぼすべてのテレビ局のワイドショーが、生放送で毎日それを報じていた。その記憶が頭を掠(かす)めたのは私だけではないだろう。
――今回のアウトブレイクの原因となったのは、「ハンタウイルス」。
教科書的には、ブニヤウイルス目ハンタウイルス科に分類される。新型コロナウイルスのように「ヒトからヒトへ広がるウイルス」というよりも、げっ歯類、つまりネズミの仲間と深く結びついたウイルスである。
ハンタウイルスは、それに感染したネズミの尿や糞、唾液などに汚染された埃を吸い込むことで感染する、と考えられている。
【いろいろなハンタウイルスをめぐる旅】
一般にはおそらくほとんど馴染みがないであろうハンタウイルス。しかし実は、ハンタウイルス科のウイルスは、世界中のいろいろなところで見つかっている。そしてなぜか、ハンタウイルスの名前は、それが発見された地名に由来することが多い。
ゴールデンウィークのクルーズ船でのアウトブレイクをきっかけに慌てて筆をとったこのコラムであるが、すでにいろいろな情報が、広く深くどんどん世界に拡散されている。今回のコラムでは、世界一周クルーズのごとく、ハンタウイルス発見の歴史をたどって世界をめぐってみようと思う。
【1980年、ソウルウイルス】
旅の始まりは、1980年の韓国。ソウルの市街地で捕獲されたドブネズミ(ラット)から見つかった。
「ソウルウイルス」と名付けられたこのウイルスは、現在では「腎症候性出血熱」を起こすハンタウイルスとして知られている。初めて見つかった場所こそ東アジアの韓国だったが、それ以降、日本を含めたアジア諸国のみならず、ヨーロッパやアメリカ、アフリカといった複数の大陸で検出されている。
ペット用や実験用のラットから見つかることが多いウイルスであるが、アメリカ・メリーランド州のボルチモアでは、都市部に棲むドブネズミからも検出され、腎疾患の患者からも陽性例が見つかっている。
【1992年、ドブラバ・ベオグラードウイルス】
アジアから西へ。次の目的地はバルカン半島である。
このウイルスは1992年、解体が進んでいた東ヨーロッパの旧ユーゴスラビアで見つかった。現在では6つの国に分かれたユーゴスラビアの中で、このウイルスは、ふたつの地名を背負うことになった。ひとつは、スロベニアの小さな村ドブラバ。そしてもうひとつは、セルビアの首都ベオグラードである。
まず、ドブラバのキバネズミから分離され、「ドブラバウイルス」と命名された。
一方の「ベオグラードウイルス」は、セルビアの重症の腎症候性出血熱患者の検体から分離された。
その後、このふたつのウイルスはとてもよく似ていることがわかり、「ドブラバ・ベオグラードウイルス」としてまとめて呼ばれるようになった。
【1993年、シン・ノンブレウイルス】
1993年、ハンタウイルスをめぐる旅は、大西洋を渡って新大陸へ。
アメリカ南西部の4つの州、アリゾナ州、コロラド州、ニューメキシコ州、ユタ州が一点に交わる「フォー・コーナーズ(Four Corners)」周辺で、健康な若者たちが急激な呼吸不全で相次いで亡くなる事案が発生する。最終的に33の感染例が確認され、うち17人が亡くなった。
その原因を調べると、新種のハンタウイルスが見つかった。
これまでの例のように、地名にちなんだ名前をつける案もあった。しかし今回は、人を死に至らしめることが明らかなウイルスである。地名と病気を結びつけることは、この連載でも何度か触れたことがある「スティグマ(9話、77話、91話、156話など)」、つまり、差別や偏見を生みかねない。
そこでこのウイルスは極端にも、スペイン語で「名無し」を意味する、「シン・ノンブレ(Sin Nombre)」という名前をつけられることとなった。
【1995年、アンデスウイルス】
そして、舞台は南米へ。
アメリカ合衆国の南西部でシン・ノンブレウイルスが見つかった後、南アメリカ大陸でも似たような重い呼吸器疾患が見られ、ハンタウイルスの関与が疑われ始める。
1995年、アルゼンチン・パタゴニア地方の「エル・ボルソン(El Bolson)」という町で重い呼吸器疾患を示した患者の肺から、未知のハンタウイルスの遺伝子が見つかった。これがのちに、「アンデスウイルス」と呼ばれるウイルスである。
アンデスウイルスは、これまでに見つかっていたハンタウイルスとはひと味違った。
ハンタウイルス科のウイルスのほとんどは、げっ歯類(ネズミ)からヒトへの一方通行の「スピルオーバー(異種間伝播)」しか確認されていなかった。
しかし、アンデスウイルスが見つかった翌年の1996年、エル・ボルソン近郊で、アンデスウイルスのアウトブレイクが発生。この流行は、患者同士の接触歴とウイルス遺伝子を調べることで、ヒトからヒトへの感染が初めて強く示唆されたのである。
さらにアルゼンチンでは、2018~19年にかけて、34人が感染し、11人が亡くなったアンデスウイルスのアウトブレイクがあったことが、科学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に報告されている。
この事例では、詳細なウイルスゲノム解析や接触追跡解析によって、げっ歯類からヒトへの「スピルオーバー」は1回だけで、100人近くが集まった誕生パーティーの会場で、ヒトからヒトへの「スーパースプレッドイベント」が発生した、と推察されている。
つまり現状、たくさんのハンタウイルスの中でも、このアンデスウイルスのみが、ヒトからヒトへの感染が明確に確認されているハンタウイルスだと言える。
――そして現在に戻って、クルーズ船のアウトブレイクである。
このクルーズ船に乗っていたふたりが、航行中に、南大西洋の真ん中に浮かぶイギリス領セントヘレナ島で下船した。体調不良を訴えたこのふたりの乗客は、南アフリカのヨハネスブルクの病院に搬送され、残念ながらひとりは亡くなった(5月11日現在、もうひとりは入院中)。
そして、南アフリカの研究者たちがこの乗客の検体を調べたところ、アンデスウイルスと思われるウイルスが見つかった。
つまりこのクルーズ船でのアウトブレイクは、アルゼンチンでアウトブレイクを引き起こしたアンデスウイルスのように、ネズミを仲介しない、ヒトからヒトに広がるタイプのアウトブレイクなのだろうと推察されている。
【そもそも、「ハンタウイルス」とはどこからきたのか?】
――と、今回のコラムでは、東アジアから南アメリカまで、ハンタウイルスの歴史をたどって世界をめぐってきたわけだが、そもそも「ハンタウイルス」とはいったい何なのか?
コロナウイルスの「コロナ」とは、ラテン語の「王冠(corona)」に由来する。電子顕微鏡で捉えたウイルスの姿が「王冠」のようだったからだ。
それでは、ハンタウイルスの「ハンタ」とはいったい何なのだろうか? 字面だけを見ると、「ハンター(hunter)」、つまり「猟師」あるいは「狩人」に由来するようにも思える。
しかし実は、「ハンタ」の由来は、めぐりめぐって韓国に戻る。
――1950年代前半の朝鮮戦争の最中、現在の韓国と北朝鮮の国境近くを流れる「漢灘江(ハンタンガン)」という川の近くに駐留していた国連軍兵士の間で、発熱、出血、腎障害を特徴とする感染症が発生した。
「韓国出血熱」と呼ばれたこの感染症は、資料によってはおよそ3200もの感染例が報告され、死亡率は5~10%にも及ぶアウトブレイクだったと言われている。
その後、韓国の研究者・李鎬汪らの調査によって、野ネズミから原因ウイルスが見つかった。そしてこのウイルスは1978年に分離され、1980年、そこを流れる川の名前にちなんで「漢灘ウイルス」と名付けられた。
「漢灘」は英語で「ハンターン(Hantaan)」。初めて見つかった人に病気を起こすハンタウイルスは、最初は「ハンターンウイルス(Hantaan virus)」という名前だったのだ。いつしか名前の「an」が抜け落ちて、「ハンタウイルス(Hantavirus)」として定着して今に至る。
今回のコラムの始まり、1980年のソウルウイルスは、この「ハンターンウイルス」をめぐるサーベイランス(感染症に関する現地調査)で見つかったのだった。
【ハンタウイルスのアウトブレイクに寄せて思うこと】
このように、ゴールデンウィークの最中にしきりに報道された「ハンタウイルス」は、その「知名度」が低かっただけで、突然現れた未知のウイルスではない。
このアウトブレイクの動向についてはこれからの詳報が待たれるが、このコラムで紹介した過去の事例に照らして考えれば、新型コロナのように「即座にパンデミック」ということにはおそらくならないだろう、と私は考える。
今回のハンタウイルスのニュース、そしてこれも報道が続いている国内の「麻疹(はしか、174話)」の事案のように、ウイルス感染症の関心事が続いている。最新情報を得るにはやはりSNSが便利なので、それを眺める機会がゴールデンウィーク以降増えている。
そこでのやりとりの中には、このような状況について、「煽りすぎ」「またやってる」「だまされるな」というようなポストも散見されるが、私はそうは思わない。
過去のコラムでも書いたことがあるが、感染症は、地震や台風などと同じ「自然災害」のひとつである。地震大国である日本では、日本中のどこで小さな地震があっても速報でそれが報じられるが、それを見て「煽りすぎ」などと思う国民はほとんどいないだろう。
翻(ひるがえ)って、感染症もそれと同じなのではないだろうか? 地震と同じように、事案が発生したのでそれが報じられているのだ。あとはそれをどう理解し、どう受け止めるのか。
情報があふれる時代だからこそ、平時からそれを正しく受容する「リテラシー」がますます大切になってくるのだろう。そしてなにより、このような発想が生まれたこと自体が、新型コロナパンデミックの「教訓」のひとつなのではないかと私は思う。
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