グラビアライター・とり
グラビアライター・とりの記事一覧
1997年生まれ、兵庫県出身。 妄想を得意とするグラビアライター。 趣味/散歩、レコード収集。
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あまり表に出ることのないカメラマンに焦点を当て、そのルーツ、印象的な仕事、熱き想いを徹底追究していくインタビュー連載が、週プレ創刊60周年を記念して復活。第七弾となる今回は、深田恭子さん(写真集『AO』『AKUA』『This Is Me』)をはじめ、様々なモデルの写真集を手がけ、週プレ創刊50周年時には二階堂ふみさんのバニーガールグラビアを撮影したND CHOW(アンディ・チャオ)さんが登場。
後編では、カメラマンとしてのキャリアを聞くとともに、グラビア撮影への向き合い方、美学についてうかがった。
* * *
――カメラマンを目指して、生まれ育ったシンガポールから日本に移住されたアンディさん。そもそも当初は、どのような写真が撮りたいと思っていたんですか?
アンディ やっぱりポートレートだよね。中でもファッション誌は憧れがあった。だからアシスタントから独立したあとは、『SPUR』や『FIGARO japon』『smart』と、色々営業に行ったよ。独立後、最初に来た仕事はスタイリストさんからの紹介で、文化出版局雑誌『Making Plus』の表紙&巻頭撮影だった。あと、僕の写真を気に入ってくれたヘアメイク界の大御所・渡辺サブロオさんがたくさんチャンスをくれたのは大きかったね。観月ありささんや石田ゆり子さん、夏木マリさんら、女優さんが登場する渡辺さんのアメイク本(『渡辺サブロオ メイクの本 正統の美学 plus』/双葉社/2004年)、当時彼が抱えていたいくつかの連載で、撮影をお願いしてもらえたんだよね。
――独立間もない2004年、日本を代表する名指揮者・小澤征爾さんの書籍『小澤征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く』(小学館)の撮影を担当されていますよね。ヴァレンシア、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドン、ミラノの欧州6都市、計18日のツアーを追ったルポルタージュ。かなりの大役ですが、これはどのような経緯で?
アンディ 順を追って話すと、その頃、『FRaU』(講談社)でジャズシンガー・綾戸智恵さんがゲストを迎えて対談する連載の撮影を担当させてもらうようになって。インタビュー中に撮影をするのですが、ICレコーダーが写真に写り込んでしまうのが気になって、箱馬に置いてもらうようライターさんにお願いしたの。そしたら、そのライターさんが「こんなふうに気を遣えるカメラマンはいない」と褒めてくれて。すぐに『SevenSeas』(株式会社インプレザリオ)という雑誌で小澤さんを撮る仕事を依頼してくれたんだよね。
――細やかな気遣いが大きな案件に繋がったんですね。
アンディ 初めは編集長から「"世界のオザワ"を撮るのに、こんな若いカメラマンで大丈夫なの?」と思われていたらしい。ただ小澤さんのマネージャーが「若手で面白いカメラマンを連れてきて」と言っていたそうで、たまたま僕がハマったんだよね。何回か撮らせてもらううちに、マネージャーさんとも仲良くなって、編集長も僕の写真を認めてくれた。そうして、ヨーロッパツアーに帯同させてもらうことになったというわけ。当たり前だけど、最初はなかなか認めてもらえないし、大きな案件も任せてもらえない。でも僕は、常に前のめり。絶対に、期待のひとつ上をいく写真を撮ることを心がけてきた。それがよかったんだろうね。
――期待のひとつ上、ですか。
アンディ インタビュー写真って、何となくフォーマットがあるでしょ? メインは文章で、言ってしまえば写真はサブ。ただ僕は、どんなインタビューでも、メインで使いたくなるような写真を必ず撮るようにしていた。もちろん、そのために時間をもらえることなんてほとんどないよ。与えられた時間と状況の中で、とにかく工夫するしかない。そうすると、最初は1ページの3分の1しか写真が掲載されなかったのが「次は丸々1ページお願いしよう」と、どんどん任されるページが増えていった。3分の1しか使われないからと、そういう写真ばかり撮っていたら、ずっと3分の1の写真しか撮らせてもらえない。どんどん、自分をアピールしていかないとね。
――確かに、それくらい前のめりだと、次はどんな面白い写真を撮ってくれるんだろう? と、またお願いしてみたくなりますよね。
アンディ でしょ? その後もメインはファッション誌だったんだけど、実はあえて「赤文字系」に行ったんだよね。もともと僕は、ピーター・リンドバーグやブルース・ウェーバーのような、海外の写真家のカッコよくも"抜けた写真"が好きだったんだけど、なかなかしっくりくる写真が撮れず悩む日々が続いて。あるとき、赤文字系の明るく元気でハッピーな撮影にチャレンジしてみたら、すごく楽しかったんだ。モデルさんと一緒に喋って、一緒に走って、一緒に動く。そしたら嘘っぽくないイイ写真が撮れた。それまで自分はどこかカッコつけて撮っていたんだなと反省したよ。
――モデルさん一緒に動いて撮るって、なんだかグラビアの現場みたいです。
アンディ そうそう。実際、周りのスタッフさんからも「グラビア向いてるんじゃない?」と言われるようになった。僕も、雑誌だけじゃなく写真集の仕事がしたい気持ちがあったから、そう言ってもらえるのはうれしかったよ。やっぱり日本の写真集文化ってすごいじゃない。篠山紀信さん、荒木経惟さん、沢渡朔さん......みんな、写真集を出している。僕はレトロなものを集める趣味があるけど、やっぱり、形として残り続けるものに憧れがあるんだよね。雑誌は1週間、1ヶ月で読み捨てられてしまうけど、写真集を出せば、図書館に保管してもらえる。そう思って色んなツテをたどるうちに、スタイライフというファッション通販サイトの運営会社にある編集部から、田中美保さんの写真集『Photo Letter』(2008年)を出させてもらえることになった。そのあと、マガジンハウスから堀北真希さんの写真集『S』、カレンダーを撮影したご縁でKADOKAWAから深田恭子さんの写真集『25才』(2008年)も撮影させてもらった。
2025年発売の深田恭子さん最新写真集『AO』(集英社)もアンディさんが撮影を担当
――立て続けにすごいですね。
アンディ 特に堀北さんと深田さんの写真集は反響があったよ。深田さんに関しては、それまでギャルのイメージが強かったと思うけど、僕が撮った写真集の表紙は黒髪ですっぴん。ご本人と相談して、全く違う一面で勝負したからね。グラビアや写真集を撮る上で、大事なのはそこだと思っている。映画でも何でも、キャスティングする人は色んな一面を持っているコを選ぶと思うから。実際、僕が撮ったあと絶好調になる人は多いよ。バイタリティが溢れて、表現力が変わるから。そこを期待して撮影をお願いされることも多いね。
――モデルさんのバイタリティを引き出す秘訣、みたいなものはあるのでしょうか。
アンディ 秘訣かは分からないけど、僕は撮影が長いんだよ。まず最初、モデルさんに自由に動いてもらって癖を見る。癖を出し切ったあとに、色んなことをやらせて、僕のフィールドに持っていく。そうすることで違う一面を見ようとしているところはあるね。あとみんな、海外ロケに行くとせっかくだからと買い物に行きたがるけど、僕は行かない。他のスタッフが買い物に行ってる間、モデルさんとふたりでずーっと写真を撮ってる。ロケもお金がかかるじゃない。せっかくならいい写真集にしたいし、撮影に集中したい。だから、嫌な人は嫌かもしれないね(笑)。
――でも、撮影に真剣に向き合うアンディさんのバイタリティについて行こう! と、いつも以上に集中力を発揮するモデルさんもいらっしゃるということですよね。ところで、週プレで撮られるようになったきっかけは?
アンディ 2014年、セクシー女優の安齋ららさんを撮らせてもらってからだね。きっかけは、当時交流のあったヘアメイクさんらの紹介で『月刊シリーズ』プロデューサーのイワタさんに写真を見てもらったこと。何回も写真を見せに行って、6回目くらいで「一緒に仕事しよう」と言ってもらえて、週プレで安齋さんを撮らせてもらうことになった。初めてのヌードだったけど、撮り方は変わらない。何度も撮影を重ねて、写真集『Hello,Goodbye』まで出させてもらった。
安齋らら写真集『Hello,Goodbye』はデジタル版も配信中!
――当時の誌面を見返すと、初登場から4週連続掲載があり、特大ポスターと撮り下ろしDVDを含めると半年のうちに11回も掲載。写真集にあわせて表紙にも登場されています。アンディさんにとっても強烈な爪痕を残す結果になったのではと思います。
アンディ インタビュー写真で丸々1ページ使いたくなる写真を撮るって話もそうだけど、どの業界でも、誰もやっていないことをやって驚かせるのが好きなんだよね。赤文字系で撮ってたときも、動きながら撮る姿が新鮮で、グラビアに繋がったしね。媒体やモデルが変わっても、僕のマインドは変わらず、目の前にいる人の違った一面を撮るだけ。赤文字系のカメラマンが下に見られたり、ヌードを撮るときに名前を変えるカメラマンがいたする風潮もあるけど、僕はそういう考えが全く好きじゃない。いい写真を撮っていれば関係ないからね。
――ちなみに、アンディさんのプロフィールを拝見すると、MFA(美術学修士)を取得されているようですが、これはいつ頃取られたものなんですか?
アンディ 2017年かな。シンガポールのラサール芸術大学院に入学して、改めてアートを勉強したんだよ。というのも、みんなよく「アート」って言うけど、僕はあまり分からなくて。ニューヨークでアーティスト活動をしている友達に「アートについて学びたいんだけど」って相談したら、「大人になっていきなりアートを学ぶのは簡単じゃないよ」と言われたんだけど、本気ならってことで、メンターシップを始めたんだ。のちに、美術学の博士号を持っている方が、たまたま僕の写真展を見にきてくれた。そうしたご縁で、何とか論文を書いて入学することができたんだよね。たった500文字なのに、入学まで1年もかかったよ。
――2017年って、既にグラビアの第一線でお仕事されている時期ですよね。すごいですね。
アンディ まぁ、学んだ上で僕にアートは向いてないと思ったけどね。アートってすごくアカデミックなんだよ。哲学や心理学にも精通している必要がある。わかりやすく言うと、アートは問いで、商業は答えなんだよね。これを使ったら綺麗になります。これを食べたら美味しいです。それが商業。アートは、環境問題やジェンダー問題などについて、あなたはどう思いますか? と問いかけるもの。適当にブレた写真を撮って「アートだ」なんて言っても、笑われちゃうよ。ただ僕は、商業の世界で自分が撮る写真の重みや責任をちゃんと持っていたいと思ってる。少し話は変わるけど、大学院では「女性モデルとカメラマンのパワーバランス」に関する論文も研究したんだよね。
――というと?
アンディ 写真集をいくつかやらせてもらう中で、疑問に思うことがあって。写真より露出を気にする編集者やマネージャーがいるんだよ。今はもうないけど、スタッフだけで話を進めてモデルさん本人に狙いがちゃんと共有されておらず、モデルさんが動揺するばかりか、僕に「流れでうまくやってよ」と言ってくる人もいてさ......。それでも、ちゃんと話し合ってモデルさんが納得した上で写真を撮ってきたけど、それは本来、編集者が事前に確認しておくことだよね。グラビアも、写真集も、最終的に評価を受けるのはモデルさん自身。写真集について、モデルさんがインタビューを受けることがあると思うけど、そのときにウソの気持ちを言わせたくない。一緒に苦難を乗り越えて、でもいい写真が撮れてよかったねって。そう言えるほうがいいじゃない。
――おっしゃる通りですね。
アンディ だから僕は、編集者が現場で「胸」だの「お尻」だの言うと、怒るの。目の前に一人の人間がいて、大事なものがたくさんあるのに、パーツでしか見ないのは失礼だし、そんなふうに撮っていたら、モデルさんの表現力にもつながらない。全部、同じ写真になっちゃう。僕は温故知新を大事にするタイプなんだけど、篠山さんたちの時代は、肌の露出以前に、ちゃんといい写真、面白い写真を撮っていたはず。雑誌が売れない時代だからこそ、しっかり現場と向き合って、誰も見たことのない写真を撮っていく必要がある。大きな胸は、ネットでいくらでも見れるからね。そうやって、100年後にも残る本を作っていこうよ。

●ND CHOW(アンディ・チャオ)
1975年生まれ、シンガポール出身。ラサール芸術大学 MFA(美術学修士)。
趣味=レトロなものを集めること
1998年から2000年の約2年半、アジアからヨーロッパ、オーストラリアの世界旅を経て、カメラマンになるため日本に移住。2003年、カメラマンとして独立。2004年には、ウィーン国立歌劇場音楽監督を務めた世界的な指揮者・小澤征爾の18日間ツアーに密着したフォトルポルタージュ『小澤征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く』(小学館)で自身として初の写真集を出版。現在は、国内外の雑誌表紙のほか、資生堂、コカコーラ、アディダスなどのグラフィック広告、また、映像カメラマンとしてJR、資生堂アネッサ、ミスタードーナツ等のCMなども手がけ、2014年週刊プレイボーイで発表した安齋ららのグラビアをきっかけにグラビアでの活躍の場も広げる。