グラビアライター・とり
グラビアライター・とりの記事一覧
1997年生まれ、兵庫県出身。 妄想を得意とするグラビアライター。 趣味/散歩、レコード収集。
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あまり表に出ることのないカメラマンに焦点を当て、そのルーツ、印象的な仕事、熱き想いを徹底追究していくインタビュー連載が、週プレ創刊60周年を記念して復活。第六弾となる今回は、『ソラリーマン』シリーズや『スクールガール・コンプレックス』シリーズ、『少女礼讃』といった作品集でお馴染みの青山裕企さんが登場。
学生時代のコンプレックスを反映した『スクールガール・コンプレックス』シリーズは、2007年「キヤノン写真新世紀」で優秀賞を受賞。そこから週プレをはじめ、グラビア誌やアイドル、タレントを撮る仕事が急増した。前編では、そんな氏の原点である学生時代の思い出を中心に話を伺った。
* * *
――青山さんといえば、学生時代に女の子と話せなかった自身のコンプレックスをもとに撮影された、2006年から続く作品シリーズ『スクールガール・コンプレックス』です。制服を着ている女の子の顔を映さずに、スカートから伸びる足、膝裏、ほくろ、透けたシャツなどを記号的に捉えた写真は、2010年代に急増する"フェチ写真"の走りというイメージです。
青山裕企『スクールガール・コンプレックス』より
青山 僕自身は"フェチ写真"という意識で撮っていないのですが、そう言われることが多いですね。おっしゃる通り、『スクールガール・コンプレックス』は僕自身のリアルな学生時代の視点がもとになっています。顔が写っていないのは、恥ずかしくて女の子と話せないばかりか顔すら見られない、パーツだけを見て憧れと妄想を膨らませた学生時代の気持ちを写真に投影しているからです。
――作品の原点になっている学生時代のお話からうかがいたいのですが、既出のインタビューや著書を読ませていただくと、当時は真面目でいわゆる"ガリ勉"タイプだったとか。
青山 そうなんです。3歳頃から公文式に通って、小学1年生の時点で既に因数分解を解いていて......。気付いたら勉強が好きで、得意だったんです。母親に聞いた話によると、普通の子供が絵を描くように、僕は周りにあるものを定規にしてまっすぐな線をよく描いていたそうなんです。それを見て「この子に算数をやらせてみたい」と思い、公文式に入れたとか。そんな具合だったので、周りからは"神童"と呼ばれるような子供ではありましたね。
――す、すごい! それだけ勉強が出来たら、クラスでも人気者になりそうなものですけど。
青山 勉強が出来ても「かっこいい」とはならないですよ。いつの時代もモテるのは足の速い男子。僕は典型的な"運動音痴なガリ勉"。内向的な性格で女の子とは目も合わせられないし、今で言うスクールカーストの底辺。休み時間は、教室の隅でおとなしい男子4~5人で集まり、六角鉛筆を転がしてゲームをしていました。勉強が出来るキャラだったからこそ、テストの点を落とせないとか、授業中に当てられても間違えられないとか、プレッシャーもありましたね。学生時代に勉強が出来ることでいい思いをしたことは、ほぼないです(笑)。
――ちなみに当時、勉強以外にお好きだったものは何かありますか?
青山 『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ)が大好きでした。今年28年ぶりに番組が復活すると聞いて、今まさにクイズの勉強中です(笑)。若いアシスタントに話しても伝わらないのがもどかしいですが、一般公募で集まった挑戦者たちが最終決戦地のニューヨークを目指して、東京ドームから始まり、グアム、ハワイとアメリカを横断しながらクイズ対決をする番組です。放送後は学校での話題がそれで持ちきりでした。小学生のとき、教室の後ろの黒板に問題を貼って「学区横断クイズ」を企画したこともあります。仲間内で楽しんでいただけですけど、それくらいハマっていましたね。あとは小説もよく読んでいたし、人並みに音楽も好きで、友達と毎週のオリコンCDランキングのトップ10を予想する遊びもしていましたね。
――音楽は何がお好きだったんでしょう?
青山 普通にJ-POPですね。ミスチル(Mr.Children)が当時から今までずっといちばん好きです。渋谷系にもハマりましたね。フリッパーズ・ギターを入り口に、オザケン(小沢健二)が好きになり、カジヒデキさんなど、色々聴いていました。名古屋の郊外に住んでいる冴えない少年からすると、洗練された音楽もさることながら、"渋谷系"という響きそのものがカッコよく感じられたんですよ。渋谷系のアーティストたちは、音楽番組に出るというより音楽雑誌で見る機会が多かったのですが、ここだけの話、カメラマンとして生きていこうと思ったとき、やっぱり音楽系の仕事には憧れましたね。
――女の子写真のイメージが強いので、ちょっと意外かもしれません。
青山 実際に、アイドルさんを撮らせていただくことはあっても、ガッツリ音楽系の仕事はやっていないですからね。今も憧れの世界です(笑)。
――部活は何かされていたんでしょうか?
青山 中学生の頃は、一瞬だけ卓球部に入り、すぐ辞めました。入らなきゃいけないムードがあったので、いちばん動かなさそうな卓球部に入ったのですが、それでも付いていけなくて......。高校では軽音楽部という名前のジャズ研究会に入り、テナーサックスを吹いていました。音楽が出来たらモテるかな? と思って入部したのですが、同学年の部員は女子十数人に対して男子二人。しかも、もう一人の男の子はすごくイケメンだったんです。女子は女子で派閥があって、僕がいるのもお構いなしに、お互いに悪口を言い合っていました。部内では完全に透明人間でしたね。練習もキツいし、根性もなかったので、1年の途中で辞めてしまいました。
――そ、それは女子への苦手意識が加速しそうな体験でしたね......。でも、お話をお聞きしていると、やっぱり女子にどう見られるかという意識が強いですよね。
青山 中学生くらいから、シンプルに異性に対する興味がありましたね。今思うと、みんなそうだったんじゃないかって気もしますけど......。中学も高校も共学だったので、女子は近くにいるんです。話しかけられない。目も合わせられない。でも興味があるから見たい。それで、例えば休み時間に黒板を消している女子を見ていると、腕を上げたときにセーラー服の隙間からお腹、厳密にはインナーが、チラッと見える瞬間があるわけです。面と向かってまじまじと見られないからこそ、こっそり盗み見ていたというか。言葉にすると相当変態ですが、まさに『スクールガール・コンプレックス』に繋がる視点です。
――異性に興味を持つ中で、アイドルや漫画のヒロインにハマることはなかったんですか? それこそグラビアをご覧になったり。
青山 漫画やアニメはほとんど見ずに育ったし、アイドルもそれほど詳しくはなかったです。小学生のときは酒井法子さんが好きでしたね。高校生のときはベタに広末涼子さん。ポケベルのCMで滑り台から降りてくる姿を見たときは衝撃でしたよ。でも、それくらいかな。高校卒業後は一浪して筑波大学のいわゆる心理学部に進学するのですが、女性とうまく喋れない、人の心が分からない自分を変えるために、人間の心理を学ぼうと思ったのがきっかけでした。他にやりたいこともなかったですしね。で、これはよく話しているのですが、現役の受験前日に、会場で一目惚れした女の子がいたんですよ。受験中、どうやって彼女に話しかけるか、ずっと考えていたくらい。そりゃ落ちるよなって話なのですが(笑)。
――話しかけられたんですか?
青山 「財布を落としてしまったので、お金を貸してもらえませんか」って、ウソをついて、何とか声をかけました。彼女は快くお金を貸してくれて、現金書留でお金を返した流れで住所を聞き出して、浪人中の1年間、彼女と文通をしました。彼女は現役で受かったので「来年、行くからね」みたいな感じで。10回送って1回返事があるかないかでしたけど。その翌年、僕も晴れて同じ大学の同じ学科に入学したわけですけど、4月下旬くらいに、校内で初めて彼女の姿を目にしたんです。すると隣に男の人がいて、仲良く喋っているんです。後々考えたらただのクラスメイトなのですが、僕は「彼氏がいるんだ」と思い込んで、絶望。そのまま彼女を避けるように学校を飛び出し、しばらく大学に行けなくなりました。
――まだ入学したばかりだというのに!
青山 しばらく家に引きこもって、本ばかり読んでいました。その中で、本屋でたまたま「自転車旅行を始めよう」という本を見つけて。これだ! と思って、大学を休学し、自転車で日本縦断の旅に出ることを決意しました。
――色んなところでお話しされていますが、自転車での日本縦断の旅をしているときに、カメラに興味を持たれるんですよね。その辺りの話も改めてお聞きしたいですが、とにかく行動が突発的すぎて、少し心配になりますね。
青山 精神的に不安定だったと思いますよ。とにかく自分の人生を、自分自身をどうにかしたかったんだと思います。スポーツに打ち込んだ経験もなければ、音楽は好きでもバンドを組んだ経験もない。勉強はそこそこ出来たけど、何かに情熱的になったことがない自分に焦りがあったんだと思います。直感的に思うがまま、船で北海道に行き、自転車の旅をスタート。初日に台風が直撃し、船で降り立った苫小牧から事前にホテルを予約していた札幌まで、80キロくらい嵐に見舞われながら自転車を漕ぎました。初っ端から心は折れましたが(笑)、ここで帰るのはさすがにダサいじゃないですか。結果的に4ヶ月で沖縄まで行き、日本縦断達成。カメラをやっているのが珍しかったこともあり、復学後は少し大学で目立つ存在になっていましたね。
――カメラを始めたのは?
青山 旅の景色を写真に残しておきたいと、自宅からフィルムのコンパクトカメラを持ってきてはいたんです。撮って旅先で現像するのですが、全然うまく写っていなくて......。そんな旅の道中で、同じように自転車で旅をしている少し年上の男性と知り合いになり、2週間ほど一緒に旅するようになったんですね。その彼が一眼レフカメラを持っていて「一眼レフってのは、見たまま写るんだよ」と教えてくれたんです。その言葉に衝撃を受けて、北海道で一眼レフカメラを買いました。最初は景色を撮っていたのですが、それだけだとつまらないなと、旅先で自分がジャンプしている写真を撮るようになったんです。サラリーマンをジャンプさせる、のちの「ソラリーマン」シリーズの原型ですね。
日本縦断中の写真
――旅をするにも、カメラを買うにもお金がかかると思うのですが、資金はあったんですか?
青山 月1万円で大学の宿舎に住んでいたので生活費がほとんどかからず、普通にバイトをしていたら、それなりにお金が貯まったんですよ。当時は編プロでグルメ本の手伝いとしてスイーツを買いに行くバイトをしていて、のちに能力が買われてライターとして働かせてもらっていました。カメラを始めてからは、冠婚葬祭の写真撮影のアルバイトをしました。北関東では、お葬式も結婚式と同じように写真を撮ってアルバムにまとめる習慣があるそうで、葬儀場で撮影をしていましたね。当然、接客業はできませんでした(笑)。

●青山裕企(あおやま・ゆうき)
1978年4月15日生まれ、愛知県名古屋市出身。
趣味=クイズ
筑波大学心理学専攻在学中に、自転車で日本縦断の旅をする中でカメラにハマる。その後、世界二周の旅に出て、二周目のグアテマラで写真の道で生きることを決意。2005年に大学を卒業し、上京。フリーランスのカメラマンとして活動を始める。2007年に『スクールガール・コンプレックス』シリーズで「キヤノン写真新世紀」優秀賞を受賞。2009年に写真集『ソラリーマン 働くって何なんだ?!』(ピエ・ブックス)、2010年に写真集『スクールガール・コンプレックス』(イースト・プレス)を発表。以降、吉高由里子『UWAKI』(マガジンハウス/2011年)、指原莉乃『さしこ』(講談社/2012年)をはじめ、アイドル写真集やグラビア誌で活躍する。2026年8月21日発売の生駒里奈写真集『ルリカケス』(ワニブックス)、同年8月27日発売のグラビアムック『Navy』(徳間書店)の全撮影を担当。