「アジア杯での失敗から、ドルトムントでの苦悩を経て、ロシアW杯に至るまでの話は非常に面白い流れで、まさにスポーツの本質が凝縮されています」と語るミムラユウスケ氏

「生涯で出す唯一の本にするのだから、中途半端なものは作りたくない」

サッカー日本代表の10番を背負い続けた香川真司が、自身初となる単行本『心が震えるか、否か。』(著/香川真司、編/ミムラユウスケ)発売した。アスリートの自叙伝としては異例の380ページで、本文2段組みの超大作だ。

2010年夏にボルシア・ドルトムント(ドイツ)の門をたたき、12年夏にマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)に移籍するなど、10年以上も欧州の最前線で戦い続けてきた香川。本書では、日本サッカー史上トップクラスの実績を誇る彼の知られざる苦悩や葛藤が赤裸々に明かされている。

常に近くで香川を見続け、綿密な取材を基に熱のこもった筆致で本書を構成したスポーツライターのミムラユウスケ氏に話を聞いた。

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――三浦知良(かずよし)選手、プライベートで"兄"と慕う俳優の小栗旬さん、北京五輪を共に戦った反町康治(そりまち・やすはる)JFA技術委員長など、実に豪華な面々に周辺取材されているのも本書の特徴ですよね。

ミムラ 「香川選手は評伝が面白いんじゃないか?」とずっと思っていたんです。構想を練る上で、友納(とものう)尚子さんの『ザ・プリンセス 雅子妃物語』(文藝春秋)などを参考にしました。

多くの方に協力していただきましたが、皆さん本当にたっぷりとしゃべってくれて。小栗さんなんか、取材を終えて帰ろうとしたら、「そういえば」と引き留めて話してくれたり。カズさんは話してる途中でアイシングの氷が全部溶けてしまうなか、最後の質問に9分間ノンストップでしゃべっていただきました。反町さんも2時間みっちりと昔の話をしてくれました。

――ミムラさんは09年から8年弱ドイツで活動されていて、10年夏にドルトムントへ引っ越してからは香川選手を近い距離で取材し続けてきました。初めてインタビューされたのは10年南アフリカW杯直後、まだセレッソ大阪にいるタイミングだったそうですが、香川選手を10年以上見続けてきたミムラさんにとって、彼の変わらない部分、変わった部分はどこでしょう?

ミムラ 10年たっても変わらないのはサッカーに対してのまじめさです。サッカーを両手で扱うというか、神聖なものとして扱っているというか。自分の生き方として、サッカーに対しては真摯(しんし)でないといけない、という姿勢は一貫して変わりません。

一方で、15年夏に大きな心境の変化がありました。若い頃はイケイケで怖いもの知らずだったので、周りの人の苦労や痛みについて、それほど関心がなかったと思うんですよ。

そういう状況がマンチェスター・ユナイテッドに行ってからも続いていましたが、14年にブラジルW杯でグループリーグ敗退を経験し、復帰したドルトムントでも苦労を重ね、15年1月のアジア杯でPKを外してチームが敗退するなど、苦しい時期を過ごしました。

その頃から、「ユナイテッドのときは自分に足りない部分があった」と自分から言うようになり、たくましさを感じましたね。それまではただ悩むだけだったけど、物事を自分でちゃんと考えるようになった。

「正しいプロセスを踏んで結果を出す」とだけ考えていたのが、「結果が出てからプロセスを正しいものに変えていく」という考え方も許容できるようになって幅が広がったんですよ。

――個人的には、アジア杯でPKを外したものの、その後、大舞台でPKを決め続けているところに香川選手のすごみを感じます。16年5月のドイツ杯決勝のPK戦では、志願してひとり目のキッカーとしてバイエルン・ミュンヘンのGKノイアーからきっちりPKを決め、18年6月のロシアW杯コロンビア戦でも、自らもぎとったPKを冷静に沈めました。

ミムラ そうですね。アジア杯でPKを外したシーンが記憶に残っている方も多いと思うんですけど、実はその後も物語は続いていたんです。アジア杯では6人目のキッカーとしてPKを蹴りましたが、外したこと以上に5人目までに選ばれなかったことを悔やんでいましたから。

アジア杯での失敗から、ドルトムントでの苦悩を経て、ロシアW杯に至るまでの話は非常に面白い流れです。まさにスポーツの本質というか。スポーツってミスしたり、負けたりするけど、そこから学んで成功したり、勝ったりしていくもの。その本質的なものがこの本には凝縮されていると思います。

――ロシアW杯ベスト16のベルギー戦の2日前、西野朗監督(当時)の元を訪れて自身の気持ちを伝えたシーンも興味深かったです。「以前と比べると、ドリブルをする機会が減ったよな」という言葉をかけられ、自問自答していましたよね。

ミムラ 昔に比べてチームのバランスを考えたプレーができるようになったけど、徐々に自分らしいプレーができなくなってきたことを悔やんでいましたよね。

起用法や戦術は自分でコントロールできないけど、自分の強みを生かしたプレーはできるし、そういうプレーをするかどうかは自分次第なわけです。ここ数年は本当に前向きに、自分でコントロールできることだけにフォーカスしている印象です。

――最後に、香川選手が日本サッカー界に与えた影響、その存在意義はなんだと思いますか?

ミムラ 15年に心境の変化がありましたが、そのタイミングでパーソナルトレーニングを始めて、それを積極的に公開していったんですよね。「努力をひけらかしている」と見る人もいたかもしれないけど、そういうことは気にせず情報を出し続けたことで、それ以降は日本サッカー界に「個人トレーニングをするのが当たり前」という空気ができたと思います。

あとはドルトムントやマンチェスターの世界最高峰のスタジアムでプレーしたことで、「やっぱりサッカー専用スタジアムがいいよね」という議論が日本で加速したような気もしますね。

それから、「ヨーロッパにただ行くんじゃなくて活躍し続ける」「ゴールを決めてのし上がる」ということを証明したことも大きな功績だと思います。そういう考え方が世界のスタンダードということを日本サッカー界に知らしめましたからね。

それだけ多くの功績を残してきた香川選手のすべてが集約されているのがこの本ですし、求道者的な生き方をしてきた香川選手らしさが詰まった一冊です。ひとりでも多くの人に彼の人生を追体験してほしいですね。

●ミムラユウスケ
スポーツライター。2009年ドイツに渡り、ドルトムントやフランクフルトを拠点に8年弱にわたって現地で取材。16年に拠点を日本に戻す。W杯と日本代表の試合の取材も10年南アフリカ大会から続けている。世界各国で香川真司選手の話を聞き続けてきた

■『心が震えるか、否か。』
(幻冬舎 1760円)
日本代表で背番号10を背負い、欧州のビッグクラブで10年以上も闘い続けてきた香川真司。「最初で最後の著作」と本人が公言する本書では、底知れぬ重圧にさらされ、迷い悩んだときに大切にしてきた心の指針が明かされる。各節の終わりには「from shinji」と題された本人語りのコラムを収録。「日の丸を背負って初めて国立競技場に立つ前日に血尿が出た」など、初めて明かす秘話が満載だ

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