高口康太たかぐち・こうた
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
先行者 中国の国立国防科技大学が開発した二足歩行ロボット。2000年に発表されると、イジりたくなるフォルムと性能に2ちゃんねるユーザーが食いつき、数々のコラやMAD動画が制作された
高性能の産業用ロボからマラソンを完走するロボ、さらにはセックスロボまで、最新の"中華ロボ"を写真で紹介! その進化の過程を中国事情に精通するジャーナリストの高口康太さんが、2000年登場の「先行者」を起点に解説します!
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日本を爆笑させた、中国の人型ロボット「先行者」(2000年)を覚えているだろうか。「長沙・国防科技大学制作、中国初の人型ロボット」という気合いの入ったコピーとコレジャナイ感満載のデザイン。二足歩行をうたうも、ぎこちなさすぎる動作がたまらない中華ロボ......。
ネット黎明期にアングラ系のテキストサイト『侍魂』が取り上げて話題となり、インディゲームまで登場するなど一大ムーブメントとなった。筆者を含めインターネット老人会には忘れられない思い出だ。
先行者から25年で、実は中国のロボット技術は爆速での進化を遂げた。クールなデザインだけでなく、ダンスや宙返りといった複雑な動作をこなす運動性能も世界トップクラスだ。
人型ロボットではテスラやボストン・ダイナミクスなど米企業が有名だが、中国も見劣りしない。何よりすさまじいのが〝物量〟だ。
米投資銀行モルガン・スタンレーの人型ロボットに関するリポートでは、主要な人型ロボット16製品を紹介。うち6製品が中国製で、米国の5製品を上回った。ちなみに日本企業はトヨタだけだ。
無名のベンチャーを合わせると、さらに物量が際立つ。中国の新戦略人型ロボット産業研究所によると、同国の人型ロボットメーカーは150社超、全世界の半数を占める。
今年4月に北京で開催された二足歩行ロボットによるハーフマラソン大会。ロボットマラソンの初代優勝者は優必選科技社製の「天工」
今年4月には北京市で世界初となる人型ロボットのハーフマラソン大会が開催された。20体が参加し、うち6体が完走、能力もさることながら大会を開催するほど層が厚い点に驚かされる。
大量のベンチャーが生まれた後、バトルロイヤルで生き残った最強企業が世界に羽ばたいていく......。EVやスマホで繰り返された中国ハイテク企業の勝ちパターンが人型ロボットでも繰り返されようとしている。
中国の人型ロボットはいつからこんなに強くなったのか? 日本の工場へのロボット導入支援を手がけるウィングロボティクス株式会社の馮麗萍(フォン・リーピン)CEOに聞いた。
「中国では工場労働者の給料が2010年代半ばから急に上がりました。工場よりも、フードデリバリーや動画配信の仕事のほうが楽に稼げると人が流れたからです。
そこでロボットで人手不足を解消しようとなりました。中国ではほかの人がやっていない、目立つ技術の開発に取り組めば融資が増えます。そして工場などで人間のサポートを行なう協働タイプの人型ロボットに取り組むベンチャーが一気に設立されたんです」
加えて重要な点がロボット産業の裾野の広がりだ。人型だけではなく、さまざまな分野が成長している。元祖ロボット掃除機「ルンバ」の米アイロボット社の倒産危機が取り沙汰されているが、ロボロック、エコバックスなど中国企業との競争が背景にある。
ルンバには圧倒的なブランド力があるが、中国ロボット掃除機は安い上に機能が多彩だ。水拭き、自動洗浄などの新機能が矢継ぎ早に搭載され、今年1月には、なんとアーム付きのモデルも登場。床に落ちている靴下もそっと片づけてくれる。
今や日本のあちらこちらで見かけるようになった配膳ロボットも中国勢の天下。中国では病院やホテルでの配送といった業務もこなし、動くコインロッカーのような形状の自動運転車が宅配便を運ぶ姿も一般的になった。
今年4月、上海市を訪問した習近平国家主席も遠征A2シリーズと面会している
今年4月に開催された上海モーターショーでは、遠征A2がセールスマンとして参加。英語、中国語、日本語などで案内を行なった
そして、博物館や役所のロビーで案内をしてくれるサービスロボットも進化している。数年前はロボットというよりも動くタブレットといった製品だった。
現在ではAIが音声を認識し、自然な言葉で返答。さらに外装にはシリコンで作られた人工皮膚を装着して、人間と区別できないほどにリアルなモデルまで出現している。
深圳市の水族館「小梅沙海洋世界」ではロボットのジンベエザメを展示して話題に
ほかにも、アダルトメーカーは「話すラブドール」「動くラブドール」の開発を進めているし、水族館に行けば「ロボジンベエザメが泳いでいます。野生動物を傷つけないのでエコ」......と、至る所にロボットが進出している。
実は、この〝あらゆる所にロボットを!〟は政策でもある。2023年の政策文書「『ロボット+』応用アクション実施ソリューション」では、「ロボットと製造業/農業/建築/介護」と、あらゆる産業でロボットを使おう!と提唱された。
この政策に後押しされて、アダルトメーカーでさえ「わが社は政府の指示どおり、ロボット+ラブドールを推進します!」とテンションを上げているのだ。
と、こう並べ立てていくと、四半世紀以上前にaiboやASIMOを生み出したロボット大国・日本はどうなってしまうのかと不安になってくる。ただ、サービスロボットや人型ロボットといった新興分野で中国の躍進は目覚ましいが、工場で使われる産業ロボットの世界市場では、まだまだ日本の存在感は強い。
〝産業ロボットのBIG4〟と呼ばれる企業にはスイスのABB、ドイツのクーカに並んで日本のファナックと安川電機が一角を占めている。また、中国製のサービスロボット、人型ロボットでも各種モーターと連動して動作の要となっている減速機など核心部品の多くは日本製だ。
しかし、前出の馮CEOは日本企業の将来に危機感を覚えている。
「中国企業は産業ロボットや核心部品でも成長するでしょう。産業ロボットよりも小型で人と一緒に働く協働ロボットではすでにシェアを伸ばしています。家電や携帯電話と同様に中国が追い抜く可能性は十分あります」
こう言うのも、中国には「マーケット」と「サプライチェーン」という強みがあるからだ。
日本の製造業は海外移転が進み、大量生産する国内工場は少ない。少量ならば無理に自動化しなくとも人力で十分、というわけで産業ロボットのマーケットは中国にある。
日本とは逆に膨大な量を造っている中国工場では、すでに製造機械や検査機器を自前で造るようになっている。産業ロボットでも同じことが繰り返されても不思議ではない。
ファミレスでおなじみの配膳ロボット。前面に大型の操作パネルを搭載したアップデートモデル(優必選科技社製)
大阪・関西万博の会場に登場したWalkerシリーズ(優必選科技社製)
そして、サプライチェーン。中国では大手から弱小まで山ほどメーカーが生まれているが、利用する部品やソフトウエアの多くは共通のサプライヤーから調達している。
そのため、別の会社が造った製品でも中身はほぼ一緒のこともあるが、これにはぽっと出の新興企業でも安くハイレベルの製品を造れるメリットもある。
「標準的なパーツとソフトウエアの上に、天才エンジニアが寝る間も惜しんで作ったイノベーティブな機能を足して、ブレイクするベンチャーもあります。また、使う側からすると、標準的なソフトは使いやすい、乗り換えやすいというメリットもあります」(馮CEO)
今後、身の回りにさらに中華ロボットがあふれかえる時代が来るのかもしれない。
写真/中国通信/時事通信フォト 新華社/アフロ ロイター/アフロ VCG/アフロ 智元機器人 優必選科技 数字華夏 ウィングロボティクス株式会社
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。