和田靜香
わだ・しずか
和田靜香の記事一覧
フリーライター。1965年生まれ。著書に『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日新聞出版)、『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』(左右社)など
4月29日に開かれた社民党大会(会場の定員は400人)。中央は、党首に再選された福島みずほ氏
現役女性自衛官が制服姿で国歌を歌って話題になった自民党大会。その陰で、東京・永田町の小さな会場では、社民党の党員たちが朝9時から大激論!
沖縄2区問題、大椿ゆうこ氏騒動、福島みずほ党首への不満......。地味だけど濃すぎる社民党大会を、最初から最後までのぞいてみた!
4月29日、東京・永田町にある「星稜会館」で行なわれた社会民主党(社民党)の党大会に行った。
党大会なるものに、これまでほとんど関心はなかった。だが、同じく4月に「グランドプリンスホテル新高輪」で開かれた自民党の党大会で、現役自衛官が制服姿で『君が代』を披露したことが「自衛隊法に違反しているのではないか?」と騒ぎになり、「はて、党大会とはなんぞや?」と興味が湧いた。
2000人以上が入る会場で行なわれた自民党大会
特にどの政党の党員でもなく、政治ジャーナリストでもないフリーライターにとって党大会とは縁遠い存在だ。まあ、ほとんどの人がそうだろうけど。しかし、百聞は一見にしかずである。ちょうど社民党大会が開かれると聞き、足を運ぶことにした。
そもそも党大会とは「党の最高意思決定機関」に位置づけられ、政党にとって最も大きなイベントだという。国会議員や自治体議員らが集まり、今後の活動計画や党の綱領などを決めていく。自民党の党大会では歌手の世良公則氏も登場し、「燃えろサナエ~」と熱唱したようだが、あくまでそれは余興に過ぎない。
29日、スタートは朝9時。開場前から全国の党員が集まっている。
かつて野党第1党として隆盛を誇った社会党から、社民党に変わって約30年。党勢は低迷し、国会議員は福島みずほ氏とラサール石井氏のふたりのみ。今年3月時点で党員は5200人足らず。
一方、自民党の党員は約100万3000人というので比べるまでもない。それでもゴールデンウイーク初日の永田町はにぎやかな空気に包まれていた。
いざ入場。報道席には大手新聞社の名札を下げた人が居並ぶ。やはり国政政党の大会なのである。ちなみに「ニコニコ動画」の生中継も入っていた。
「こちらも誰か歌ったりして始まるのか?」と思いきや、そうはならない。大会は進行役のもと、代わる代わる挨拶が続き、粛々と進んでいく。4月に再選されたばかりの福島みずほ党首も挨拶をした。
〝護憲〟の社民党である。福島氏は、国会で憲法を変えようという動きへの危機感を強く示した。
続いて、来賓の挨拶でひと波乱。社民党を長年支えてきた労働組合の議長が、ここ最近、社民党を揺らしている「沖縄2区」の問題に対し、「社民党内の議論に私は口を挟む立場ではない」と前置きをしつつ、思いっきり苦言を呈す。思えばこのあたりから、言いたいことをバンバン遠慮なく言う、社民党の党大会独特の姿が見え始めた。
ちなみに社民党の「沖縄2区問題」とは、ざっくり言えば、「沖縄のことは沖縄が決める」と言ってきた社民党が、沖縄の地元組織の意向とぶつかってしまった問題である。
昨年11月、社民党の衆議院議員だった新垣邦男(あらがき・くにお)氏が離党し、2月の衆院選では中道改革連合から立候補。これに対し、社民党本部は沖縄2区へ瑞慶覧長敏(ずけらん・ちょうびん)氏を対立候補として送り込み、結果、ふたりとも落選してしまう。
ややこしいのは、もともと地元沖縄の社民党県連は7対2で瑞慶覧氏の擁立に反対し、新垣氏を応援することを決めていた点だ。党本部からすれば「辺野古基地建設への態度が曖昧な中道の候補者は応援できない」という理屈だろうが、沖縄の現場からすれば、「超党派で新垣氏個人と共に歩んで応援してきた」という話になる。
長年、社民党は基地問題を巡り、沖縄の民意や自治を守れと訴えてきたはずだ。なのに、その社民党自身が沖縄県連の意向を押し切ったように見えてしまった。そんな沖縄2区問題を中心に、賛否両論、侃々諤々でスタートした。
正直、党大会って偉い人たちが粛々と話して一堂に拍手をし、2時間ぐらいで終わるものだと思い込んでいたが、社民党大会は違った。なんとここから夕方まで、延々7時間も議論するのだ。党員の人はそれでも足りないと言う。「(議論は)1日だけじゃなく、2日はやれ」と言うから驚く。
朝から並んでいた人たちが次々マイクの前に立ち、党の活動や方針にその場で意見を申し述べる。ベテラン新聞記者が「自民党大会ではこんなことありえない」と言ってたが、いや、もうビックリした。
しかし、考えたら全国からお集まりの皆さんは、古くからの左翼の運動家の方ばかり。見渡せば高齢の男性が目立つ。おそらく日本各地で長年、市民運動に励み、駅前や街角に立っては平和や護憲、反原発に消費税廃止と、あれやこれやそれや、ずっと声を上げてきた人たちだろう。言いたいことは山ほどあるはずだ。
〝オールド左翼〟なる、いささか冷笑する呼称もあるが、各地で声を上げてきたこの人たちがいたから、守られてきたものも少なからず日本社会にあることは否めない。そうした活動の柱に、社民党という政党があるのだろう。そのツワモノたちが言う言う、ガンガンに言いたいことを。
批判の矛先は、3~4月の党首選で福島氏に敗れた大椿(おおつばき)ゆうこ氏を巡る「発言封じ」騒動にも向けられた。
大椿氏はもともと、沖縄2区で瑞慶覧氏を擁立することに反対していた。街頭演説で「この選択で良かったのか」と疑問を呈したところ、党は「反党行為」として警告書を出し、謝罪と撤回を要求。大椿氏は謝罪したものの発言は撤回せず、責任を取る形で副党首を辞任している。
その流れの中で、4月6日に行なわれた党首選の結果発表会見でも〝大椿氏の発言封じ〟と受け取られる場面があったのだ。
会見で記者が大椿氏とラサール氏に質問すると、司会者は「質問は福島氏に限る」と制止。大椿氏が「候補者は平等に扱ってください」と訴え、記者も「おかしい」と抗議したが、福島氏は「今日は私の就任会見なので」と主張した。
結局、大椿氏は荷物をまとめて退席。その後、福島氏は謝罪したものの、党の権威主義的なありようが垣間見えたとして批判を浴びた。
党首選で4割超の票を得たにもかかわらず、会見で発言の機会を与えられず途中退席した大椿ゆうこ氏
大会では党員から次々と意見が出た。中には「党内の混乱を利用しようとする外からの勢力もある」と、話を陰謀論めいた方向に広げてしまう人もいたが、全体としては沖縄2区への擁立を支持し、大椿氏を批判する声が目立った。
私はけっこう驚いた。長年、沖縄に寄り添ってきたと自負する社民党員なら、「沖縄の民意を守れ!」とこぶしを振り上げないのか。社民党員なら、おのおのの地域でも自ら住民自治を守るために闘ってきただろう。大椿氏を批判するのは、本土の論理を振りかざすようなものではないか。「何やってんの~?」と問いたい。
ちなみに今回、大椿氏は党首選で福島党首と決選投票になり、4割超の得票率となった。会場にいた記者によれば、永田町の常識としては「幹事長ポストがふさわしい」らしいが、党三役はもちろん、常任幹事にも選ばれなかった。
これについて、幹事長に就任したラサール石井氏は、大椿氏が党内部の問題を外部に発信していることなどを理由に挙げ、「私個人的にはこれは言論の封殺ではないと思います」と述べていた。
そうした沖縄2区のことも、大椿氏のことも、福島氏はほとんど発言せず、この大会まで幹事長兼選対委員長だった服部良一氏が主に答えていた。党大会で答えるのは幹事長の仕事なのかもしれないが、日頃から市民運動の場で積極的に発言する福島氏を見てきただけに、だんまりを決め込む姿は残念に思う。
そうして大会は午後5時前に終了。長かった! 終わって立ち上がったら膝が痛くてヨタヨタだ。なんとか記者会見に向かったが、そこで出る質問も沖縄2区問題と大椿氏の排除ではないかという2点ばかり。「社民党がこれから何をするか?」と期待を寄せる質問はほとんど出なかった。
ちなみに、ラサール氏が頭を短く刈り上げていたのを「なぜ?」と問う記者がいた。「けじめ」と答えていたが、なんのけじめかは不明だった。
それでも、社民党はあり続けてほしいと願う人が大勢いることも、私は見聞きしている。大会を陰で支える若いスタッフたちからは、必死に党を支えたい、守りたいという気持ちが伝わってきた。
社民党の党大会は、矛盾を大いにはらんだまま終了したが、ラストに会場のみんなで「頑張ろー!」とこぶしを振り上げる姿には、外から見ているだけではわからない、政党なるものの摩訶不思議な力がみなぎっていた。
●和田靜香(わだ・しずか)
フリーライター。1965年生まれ。著書に『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日新聞出版)、『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』(左右社)など