
安藤海南男
あんどう・かなお
安藤海南男の記事一覧
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中。
竹聯幇の元大幹部で旭琉会とも結びつきが強いとされる張安楽氏
沖縄県中部に位置する沖縄市。米軍嘉手納基地を擁する「基地の街」の住宅街に建つ集合住宅が炎に包まれたのは、4月19日未明のことだった。火の手が上がった建物4階の主が、沖縄唯一の指定暴力団「旭琉会」の会長の糸数真氏だったことが明らかになると、沖縄のみならず全国の裏社会に衝撃が走った。
自宅であり、自身が三代目総長を務めた傘下団体の四代目富永一家の事務所でもあった火災現場で、糸数氏の死亡が確認された。これまで数度にわたる抗争を繰り返した歴史がある組織トップの急死によって警戒が高まっているのが、日本や中国、台湾を含む東アジアの裏社会で特異な立ち位置を築いてきた組織への影響だ。
「火災が起きたのは日曜日の午前4時過ぎのこと。鎮火までに約3時間を要するほどに火勢が強かった。現場の状況から、家人が寝入っていたために発見が遅れて火が燃え拡がったものとみられています」。
地元メディアの記者は当時の状況をこう振り返る。
火災現場となったのは、プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の強豪として地元で人気の、琉球ゴールデンキングスのホームスタジアムでもある沖縄アリーナにほど近い住宅街だ。糸数氏は火元とみられる4階から発見されたが、遺体の損傷が激しく身元判明までに2日を要した。
「現場で『パン』という破裂音のようなものが聞こえたという通報もあったことから一時、抗争の可能性も取りざたされました。ただ、このような破裂音は火災現場でよく起きるもの。県警は現場の状況からすぐに『事件性なし』と判断して事なきを得ました。
糸数氏は身近に若い衆を置いたりすることを好まず、自宅でよく調理もしていた。喫煙者でもあったことから、たばこの消し忘れや火の不始末が原因ではないか、と言われています」(前出の記者)
米軍嘉手納基地を擁する「基地の街」の住宅街で火の手が上がった
2025年2月、初代の富永清氏の後継として旭琉会の二代目会長の座を継いだ糸数氏だったが、わずか1年あまりで「2代目体制」は幕を閉じた形だ。
地元紙「琉球新報」デジタル版の報道などによると、旭琉会は火災があった19日のうちに緊急会合を開き、次期体制について話し合ったとみられる。その内幕についてある捜査関係者はこう打ち明ける。
「火災に事件性がなく、事故によるものだと早々と判明したため、組織内で大きな混乱はなかったようです。緊急会合では、ナンバー2の理事長が繰り上がる案が話し合われたそうです。糸数氏が二代目を襲名した時にはかなり大きな組織再編がありましたが、今回はそうした動きは確認されていません。糸数氏の急死が抗争の火種になる可能性は低いとみています」(捜査関係者)
1990年からの「沖縄ヤクザ」の分裂抗争は熾烈を極め、高校生や警察官が銃撃戦の巻き添えになる事件もあった。2011年にそれまで対立していた沖縄旭琉会と四代目旭琉会が合流して現体制になってからは目立った衝突はなかったが、これまで何度も、血を血で洗う抗争を繰り返してきた歴史がある。
「米軍施政下で米軍基地から物資を強奪する『戦果アギヤー』を源流とするのが沖縄ヤクザです。ウチナーグチ(沖縄方言)で『仲間』の意を含む『シンカ』と呼ばれる集団から端を発し、かつてコザと呼ばれていた沖縄市を根城にする『コザ派』、那覇市を主な勢力範囲としていた『那覇派』の二大派閥の衝突を経て、沖縄の日本復帰前に三代目山口組の沖縄進出という外圧を受けて『沖縄連合旭琉会』として一本にまとまりました。
ただ、その後も小競り合いを繰り返し、警察庁が通算6度も『抗争』指定するほどに争いは絶えなかった。2011年にようやくカリスマ的な存在だった富永清氏の手腕で再び一本にまとまりましたが、その富永氏が2019年に死去してから正式な2代目に亡くなった糸数氏が就任するまでに約6年間の月日を要したのも、水面下での組織内の勢力争いがあったからだとされています。それだけに、今回の糸数氏の急死に懸念が広がったのです」(前出の捜査関係者)
複数の関係者によると、初代の富永氏と同じ久米島の出身だったという糸数氏は、組織の「保守本流」として抜きん出た指導力があったとされる。六代目山口組の中核組織である弘道会の野内正博会長と兄弟分の盃を交わしていたという点からもその実力のほどがうかがえる。ただ、事故の一報を受けた後の執行部の動きの早さからも「組織内の動揺は最小限にとどまる」(同前)といい、抗争などの不測の事態は回避されるとみられている。
一方で、警察関係者の中には、今後の組織の動向を別の側面から注視している者もいる。外国勢力の動向を注視する公安部門の捜査員たちだ。
「台湾マフィアとの関係です。旭琉会は、山口組をはじめとして道仁会や住吉会といった県外の組織とも友好関係を結んできました。ほかの本土組織と異なるのは、そうした『外交』を国外でも展開していることです。
なかでも結びつきが強いのが台湾マフィアの竹聯幇(ちくれんほう)。現地では政財界にも影響力を持つ『黒社会組織』で、幹部の張安楽氏が先代の富永氏と交流を重ねるなど組織同士の関係が深い。ただ、亡くなった糸数氏をはじめとする現執行部とは関係性が薄くなっていたため、糸数氏の急死で両組織の関係がどう変わるかが注目されているのです」(事情を知る関係者)
張安楽氏は、竹聯幇の組織内では「白狼」の通名で知られる大物幹部だが、中国と台湾の統一を目指す「中華統一促進党」なる政治団体の総裁としての顔も持つ。台湾で起こした事件で中国大陸に亡命していた時期が長く、「その間に中国共産党の幹部と関係を深めて中国側に取り込まれたともいわれている」(同前)という。
組織の背後に、「台湾有事」をめぐって緊張関係にある中国との関係が見え隠れするだけに、東アジア情勢を注視する関係者は神経をとがらせているというわけだ。
「結論から言うと、糸数氏の死去によって旭琉会と竹聯幇が急接近するというシナリオは現状では極めて低い。旭琉会には、台湾マフィアとのパイプ役を担う『幇(ばん)』の役目を継承していく伝統がありますが、その幇の立場にいる旭琉会幹部は現在、組織内の非主流派に属しています。非主流派によるクーデターのような事態があれば状況は大きく変わるでしょうが、現在のところそうした動きは確認されていません」(前出の捜査関係者)
「南西シフト」の名の下に中国との軍事的緊張の最前線に立たされる沖縄。その地政学的リスクは裏社会にまで及んでいるようだ。