【坂口孝則が解説!】転勤命令は悪なのか? 人事制度を見直した「損保ジャパン」の本当の新しさ

写真/ANP/時事通信フォト

「モダンジャズの帝王」と称されるマイルス・デイヴィスのバンドから離れる決心をし、傑作アルバムを録音したジョン・コルトレーン(写真)。会社員も強制的な転勤がなくなれば、「移動による成長」は個々人の損得勘定と意思と覚悟の問題に?「モダンジャズの帝王」と称されるマイルス・デイヴィスのバンドから離れる決心をし、傑作アルバムを録音したジョン・コルトレーン(写真)。会社員も強制的な転勤がなくなれば、「移動による成長」は個々人の損得勘定と意思と覚悟の問題に?
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「転勤」について。

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4歳の娘が将来の夢を「家出」と答えた。私は大爆笑した。これ、かつて太田克彦さんのエッセイを読んだときに出てきた一節だ。

両親が嫌いなわけじゃなく、自分の幸せが家の外にあると信じたゆえの発言だったようだ。そうだよね。好きなパパでもずっと一緒にいるのも問題だよね。

9月20日、損害保険ジャパンが会社都合による全国転勤を前提とした人事制度を見直し、社員の望まない転勤を廃止するとした。引っ越しを伴う転勤が可能かどうかを毎年選べるようにする。いっぽうで、転勤に伴う手当は増額する。

すげえよな。以前は「全国どこでも飛んでいけ!」といわれたのに。東京海上日動火災保険もそうだし、第一生命保険も営業職を除く内勤社員を対象に同様の制度を導入するようだ。

転勤といえば、単身赴任=パパだけが家出する場合もあるし、家族ごと家出のケースもある。

私は兵庫県の神戸で社会人をスタートしたのだが、当時、単身赴任を命じられた先輩が「家族で暮らしていてこんなに楽しいんだから、一人なら楽しみは二倍になるはずだ」といっていて笑ったし驚いた。先輩の娘は4歳児ではなかったが、父親が家出したから家出せずすんだのね。

私は転勤を命じていた会社を批判したくない。年功序列で勤続年数にしたがい給与が伸びるメンバーシップ型雇用は、「その会社を知るほど能力が上がる」という"宗教"だ。職務を定義せず、会社に人を所属させ、能力は場に身を置いた時間で育つと信じる。そこに志願して社員は働いている。だから"信者"を島から島へ移すのも当然だった。

それに、私は勤務場所が変わることで覚醒する可能性を否定しない。むしろ成長には重要ではないだろうか。チャールズ・ダーウィンが家出同然で実家を離れガラパゴスにたどり着き、さまざまな生物学的発見をしたのは有名な話だ。

先日、サックス奏者ジョン・コルトレーンの本を読んだ。彼はマイルス・デイヴィスのバンドで働いていたが、離れる決意をして録音したアルバム『ジャイアント・ステップス』は異常なコード展開で彼の代名詞になった。

場所を移った人間は化ける。私は自動車産業の出身だが、ヘンリー・フォードもエジソン照明会社で働いていた。鉄くずを集めてはエンジンを試作していたが、会社を飛び出る勇気がなかったら、いまの自動車産業の礎はなかったろう。

損保ジャパンの本当の新しさは、「手当の増額」にあると私は思う。転勤の廃止ではなく、値段をつけた。家出を強いる関係性が廃され、毎年選べて、選べば収入が増える有料オプションとして取引化したのだ。そうなれば自らの成長や金額と天秤(てんびん)にかけて選択するだろう。

その意味で、転勤命令の終わりとは、移動の終わりではない。移動の主語が、会社から本人に移った。希望なら自ら出ればいい。4歳児は、とうに正解をいっていた。あとは値段の交渉だけだ。

ところで、読者は転勤したいだろうか? 私はしたい。もう同じ定食屋での夕食もいやじゃない? まあ、これからは転勤族ではなく、自分で島を選ぶ「家出族」の時代であるのかね。強制的な移動のない社会で、社会人の頭まで動かなくなった、なんてことのないように。

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  • 坂口孝則

    坂口孝則

    Takanori SAKAGUCHI

    調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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