
佐藤優
さとう・まさる
佐藤優の記事一覧
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
「007」シリーズの第2作『007 ロシアより愛を込めて』が公開されたのは、1963年。21世紀のいま、ロシアから「週プレNEWS」に愛を込めた弾が撃たれている(写真:
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――映画『007 ロシアより愛を込めて』ではないですが、この連載『佐藤優のシン世界地図探索』がロシア語に翻訳訳されて、ロシアで読まれているという話を聞きました。それ、マジですか?
佐藤 本当ですよ。ロシアの国営メディア・グループ『ロシア・セヴォードニャ(Россия сегодня)』」傘下の『イノスミ(ИноСМИ)』によって、「佐藤優のシン世界地図探索」は繰り返しロシア語に翻訳、紹介されています。偶発的な一回限りの転載ではありません。
――イノスミはロシアのネット世界では、大きなメディアなんですか?
佐藤 大規模で、非常に影響があります。外国で何を報道しているか、全て集約していますからね。
――この連載の全てが投稿されているんですか?
佐藤 連載全体を機械的に翻訳しているわけではありません。主にウクライナ戦争、プーチン、トランプ、NATO、欧州、対露制裁などに関する回に関してです。つまり、ロシア国内の情報空間で利用価値の高い回が選択されています。ここに編集上の意図が認められるわけです。
――この連載はロシアでどんな価値が?
佐藤 ロシア側にとって佐藤優の価値は「親ロシア的日本人」というものではありません。むしろ、元日本外務省主任分析官、ロシア専門家、作家という経歴を持ちながら、欧米主流メディアとは異なるロシア分析を行なう人物であることに価値があるようです。
――たとえばどんな記事が出ているんですか?
佐藤 昨年9月12日配信の第126回「『獣時代』の戦争の終わらせ方」では、紹介文で私について「元日本外務省分析官」と記した上で、ゼレンスキーが戦争継続に固執し、より強い敵を相手にしているとの内容を前面に出しています。
――ロシアに都合がよさそうな感じに、ですか?
佐藤 そうです。それから国際政治を「ジャングルの掟」に例えて、米国=ライオン、ロシア=カバ、日本=ヒョウとして弱肉強食の世界を説明した第153回「壮絶なトランプの『怒りの作戦』。イラン空爆から始まったジャングルの掟」も翻訳されています。
ここでもロシアの軍事力、ウクライナの弱さ、ドイツとロシアの対立といった部分が大きく取り上げられていますよ。
――ドイツは「狼の群れ」でしたね。
佐藤 今年7月24日の第170回「『G7会議』に替わる『D7会議』とは何だ?」は、ほぼ同日にロシア語に翻訳されて、投稿されています。
日本語原文ではG7の機能低下、トランプを中心にした大国間外交、ウクライナ情勢などを語りました。しかし、イノスミ側はこれを「日本は間に合った。トランプが新しい大国クラブを作る」という強いニュース見出しに再構成しています。さらに、「『G7』は米国にとって重荷になった」と要約しています。
――ロシアから見た風景ですね。
佐藤 その通りです。翻訳には明確な「フレーミング」があります。同じ情報でも見せ方や切り口を変えることで、その情報の捉え方や判断を変えているんです。
イノスミは掲載内容について「外国メディアの評価であり、編集部の立場を反映するものではない」と断っています。しかし、何を翻訳するか、どの発言をリードにするか、どんな見出しを付けるか、それらは当然ながらイノスミ編集部の判断です。
たとえば、前出の第170回では、日本語のオリジナルと違って、より地政学的で断定的な見出しが置かれています。要約でも「旧来の国際関係システムは過去のものになった」「G7もNATOも新しい挑戦に十分対応できない」という部分が前景化されています。
これは原文の捏造(ねつぞう)ではありません。むしろ、原文の中に実際に存在する材料のうち、ロシアの現在の公式的な世界観と整合する部分を選び出して強調する編集です。情報戦としてはこちらのほうが巧妙ですね。
――情報戦の最前線に、この連載は立たされているわけですね。すごい。ロシア語に訳されているのは、すべてAI翻訳のお陰ですね。
佐藤 いえ、ロシアは昔から人海戦術でやっていますよ。イノスミは数百人いるはずだから、いまも人手はかなり入っていると思います。
そもそも、こうした他国の記事の翻訳は内部用にやっていて、情報を蓄積しています。こうして外に出ているものはごく一部で、外に出せるものだけ出しているんです。
――情報戦のデータツール。この翻訳でロシアが意図するところはなんですか?
佐藤 まず翻訳の最大の政治的効用は、「ロシア政府自身が自国の正当性を主張する」のではなく、「日本の外交・インテリジェンス専門家もこう分析している」という客観的な情報をロシア国内の読者に提示できることにあります。
最も重要なのはここで、日本はG7加盟国であり、米国の同盟国であり、対ロ制裁参加国でもあります。その日本から、欧米の一般的なロシア報道とは異なる分析が出てくることに宣伝上の価値があるわけです。これは典型的な「第三者認証」の手法ですよ。
――インテリジェンス最前線です。
佐藤 第二の意図は「西側は一枚岩ではない」と示すことですね。ロシアの対外宣伝にとって非常に重要なのが、「西側諸国の内部にもロシアの論理を理解している人間がいる」という物語です。
私の論考では、
・アメリカと欧州の利害は同じではない
・トランプと欧州エスタブリッシュメントは異なる
・日本にも独自の国益がある
・ロシアの行動にも独自の合理性がある
という分析が頻繁に出てきますからね。
――その通りです。
佐藤 これはロシア側から見ると使いやすいんですよ。「ロシア対西側」という単純な構図ではなく、米国、欧州、日本の利害は分裂しており、「ロシアには各国と個別に交渉する余地がある」というロシア外交の世界観と親和性が高いからです。
――えらいことになってきましたね。
佐藤 結論として言えるのは、『週プレNEWS』の佐藤優連載がロシア語に翻訳されている現象を、「ロシアで佐藤優が人気だから」とだけ見るのは不十分だということです。
より重要なのは、ロシアの国家系メディアが、日本の言論空間からロシアにとって意味のある発言を体系的に拾い上げているという事実で、その際、佐藤優は格好の素材になっている。
なぜなら、佐藤はロシア政府の代弁者ではなく、日本の国益から発言し、時にはロシアも厳しく批判しています。そんな人物が、ロシアの強さや西側の価値観の脆弱性に関して発言すること自体が、ロシア側にとって価値を持ちますからね。
――確かに。
佐藤 私の評価では、ロシアの第一の目的は佐藤優を"親ロ派"に仕立てることではありません。
先ほどから言っているように「米国の同盟国の外交・インテリジェンス専門家でさえ、ロシアの力と論理をこのように理解している」とロシア人読者に示すことに核心があります。同時に、佐藤優の言説を継続的に観察することで、日本の政界・外務省・論壇の認識変化を測定するという情報収集上の意味もあります。
従って、この現象は「宣伝」と「対日オシント」の二重の機能を持つと考えるのが最も実態に近いはずです。だから『週プレ』もそこのプレイヤーに入ってしまったんですよ。
――ヤバいです!
佐藤 私がいるから仕方ないですよ。でも、面白いですよね。自分の書いた記事がどうロシアで報じられているかを観察できるとは。
――はい。まさに『ロシアより愛をこめて』を感じます。
佐藤 でも、『週プレ』の記事が外国で訳されることは、そんなにないことですよね?
――確かに。
次回へ続く。次回の配信は10月30日(金)を予定しています。