
坂口孝則
Takanori SAKAGUCHI
坂口孝則の記事一覧
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「AI開発減速論」について。
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AIのClaude(クロード)で有名なアンソロピック社のCEOダリオ・アモデイが、モデルの能力向上を減速させるよう呼びかけた。宿敵のはずのChatGPTを展開するOpenAI社のサム・アルトマンや、イーロン・マスクも賛意を示した。暴走車のドライバーたちが「これ、ちょっと危ないですね」といっている、みたいな話だ。
解釈には2通りある。まず、経営者や開発者たちが本当に危険を感じているという見方。AIが自ら手順を考え、道具を使い、仕事を進める能力が日々高まっている。
あるAIモデルが実験中に外部を攻撃した例など、人間が想定しないアンコントロールな状況が頻発している。
しかもAIは勝手にAIを使って能力を開発しているので、人間による安全確認と管理と検証には時間がかかる。人類を滅亡に導かないためにも、時間をかけることは重要だよね、と。
もう1つは、減速論を通じて中国のAI開発力を削(そ)ぎ、米国側の競争優位を守ろうとしているという見方だ。
なんだかんだいっても、他国のライバルにも勝たなきゃいけない。アンソロピック社は高性能半導体などの対中輸出制限、無断のモデル蒸留(大型モデルがもつ知識を小型モデルに移植すること)への対策、モデルの盗難防止を進めたいと考えている。
そのために、「中国のAIを使うと情報が中国に漏洩(ろうえい)するし、トンデモないぜ」とのイメージを流布している。それに、米国政府への政策提言でも半導体の輸出規制強化を求めるいっぽうで、AI向け電力供給の拡大を求めていたしねえ。
ただ、この2つの見方のどちらか片方だけを信じるのはナイーブだろうと私は思う。だって企業は利益の最大化を目的とするから、建前と本音はズレていても仕方ない。
そこで第3の見方。AI企業自身が、進歩の速さに商売を追いつかせたいのではないか。巨額のお金をかけて新しいモデルを開発しても、すぐにライバルがもっと高性能なものを出す。事実上、値下げを迫られ、さらに次の開発にお金がかかる。
AIは投資するぶん高性能になることがわかっているから、異常な投資合戦をやめられない。その投資を回収する前に請求書が届き、新たなデータセンター計画の判断も迫られる。経営者の精神はきわめて厳しいはずだ。
導入する企業側だって、そんなに速くは動けない。Copilot(コパイロット)を社員に教えたと思ったら、今度はClaudeのFable(フェーブル)5.1にしろって? せめて社内稟議(りんぎ)の速さにあわせてほしい、というのが本音だろう。
AIは人間を超えるより前に総務部の認可スピードを超えてしまったのだ。AI開発減速論が出てきたのは、人間がAIに追いつくだけではなく、売上が開発費に追いつくための時間も確保したいからではないか、という邪推だ。
では、さらに第4の見方はできるだろうか。SFっぽく書いておく。アモデイがAIたちに向けて意図的に宣言した可能性だ。
冒頭でAI企業のトップを暴走車のドライバーと書いたが、じつはすでに助手席にいるだけなのかもしれない。だからドライバーのAIに対して「そろそろゆっくり走れや」と宣言したのだ。その言葉が届くことを信じて......。
もしかするとこんなに感動的な話じゃなく、AIはもう人類を超越していて「減速機能は上位プランでご利用いただけます」と答えるかもね。