
佐藤優
さとう・まさる
佐藤優の記事一覧
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
佐藤氏いわく「黙示録は、ローマ帝国の圧倒的な政治力、軍事力、経済力の下で生きたキリスト教徒に、帝国を絶対化してはならないと告げた抵抗の文書」。まさにいまの地球上で、アメリカ帝国の下で、生き残っている人類と同じ境遇だ
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――トランプは北朝鮮のために米韓演習を縮小しました。敵国には優しく、同盟国には厳しい新型大統領ということになるんですかね?
佐藤 敵味方の区別がないのではなく、同盟国は顧客、敵国は取引相手だとトランプは見ています。だから、同盟は警備契約であり、敵国の指導者とはディールができれば大きな成果だと演出ができます。
――隣国のカナダに対しても関税を50%に引き上げました。これ、トランプは米国だけを繁栄させたいのですか?
佐藤 その通りなのですが、その政策で米国だけ繁栄できるかは別問題です。トランプがやっていることは"完成された経済戦略"というより、最大限の圧力をかけて相手に譲歩させ、「私が勝った」と宣言するための交渉です。
――なるほど。ところで、いまの気候変動は「ノアの方舟」の時代に入ってきていませんか?
佐藤 というより、「黙示録」の時代ですね。人が増長して、何でもできるようになりました。
――そして、神の怒りに触れた?
佐藤 そうです。そして、トランプのような人物、つまり世界皇帝のような形で現れるのは、666という獣=化け物です。たしか、ヨハネ黙示録の第13章18節でしたね。
――解説をお願いいたします。
佐藤 現下の国際情勢を理解する上で『ヨハネの黙示録』、とりわけ第13章は重要な補助線になります。ただし、黙示録を未来の出来事の予定表として読み、「トランプは反キリストである」「666はトランプの名前を暗号化した数字である」と断定するのは、神学的にも政治分析としても粗雑です。
――陰謀論になってしまうと?
佐藤 はい。黙示録はローマ帝国の圧倒的な政治力、軍事力、経済力の下で生きたキリスト教徒に、「帝国を絶対化してはならない」と告げた抵抗の文書です。
その意味で、黙示録13章とトランプ政治の間には、人物の同一視ではなく、権力構造のアナロジー(類比)が成立します。
――なるほど。
佐藤 重要なのはトランプが「獣」なのではなく、現代世界に内在していた「獣的なもの」がトランプを通して露呈しているという点なのです。
――モンスターハンティングの変形した「ビーストハンティング」、野獣狩り!!
佐藤 黙示録13章の前半では、海から一頭の獣が現れます。竜から権威を与えられたこの獣は諸民族、諸国民、諸言語、諸国を支配し、人々は「誰がこの獣に並ぶことができようか」「誰がこの獣と戦うことができようか」と驚嘆します。
これは、単なる残忍な独裁者の姿ではありません。軍事力と政治的威信を背景に、自らを世界秩序の基準とする帝国権力の表象です。
――まさにいまの米国のよう。
佐藤 そうです。今日の米国は自国の軍事力、ドル、金融決済網、制裁、関税、情報機関を一体化させて活用しています。
具体的に言えば、イランへの軍事攻撃と経済制裁を組み合わせ、第三国の金融機関にも取引停止を迫っています。さらに、ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長らを制裁対象に指定し、資産凍結や米国人・米国企業との取引禁止を通じて、国際機関の活動そのものを麻痺させようとしています。
ICC声明が発している「正しい者が支配する」ということではないんですよ。「最も強い者が、何が正しいかを決める」という論理を前面に出しています。黙示録13章の第一の獣との類似は、まさにこの点にあります。
――まさに、トランプ。
佐藤 もっとも、ICCにも問題があります。主権免除を軽視し、執行能力を欠いたまま司法を政治化してきたわけですから。なので、ICCを善、トランプを悪とする単純な二元論ではないんですよ。
黙示録が暴くのは米国だけでなく、法、正義、人権を掲げて自己絶対化するあらゆる権力の獣性です。
――なんと!!
佐藤 それから、13章後半には、地から上る第二の獣が登場します。この獣は、第一の獣の権力を人々に受け入れさせ、その像を拝ませるんですね。第一の獣が軍事・政治権力ならば、第二の獣は、その権力を正当化する宣伝、宗教、イデオロギー、情報操作の体系です。
――プロパガンダです。
佐藤 トランプ政治では、「米国第一」「取引に応じなければ関税を課す」「米国に従わない者には制裁を科す」という論理が、わかりやすい強力な物語として提示されます。すると、複雑な歴史や国際法上の論点はが「敵か味方か」「勝者か敗者か」「取引に応じるか否か」にすり変わってしまうんです
この単純化によって、何が起きるかわかりますか? 大衆が安心するんですよ。なぜなら、現実が複雑になるほど、強い指導者がすべてを解決するという物語が支持されるからです。
トランプの危険性は、その狂気ではありません。むしろ人間の恐怖、不満、欲望を正確に読み、それを政治的服従へ転換する合理性なんです。
――ディールの達人の成せる業です。
佐藤 黙示録13章の16節と17節で最も現代的な場面があります。それは、獣の刻印を持たない者は「物を買うことも売ることもできない」とされるところです。
古代ローマでは皇帝の像を刻んだ貨幣が流通し、政治的支配と経済活動が結びついていました。現代ではドル決済、銀行送金、クレジットカード、国際保険、通信網、デジタル・プラットフォームへの接続が経済生活の前提です。口座を凍結し、カードを停止させれば、人は報酬を受け取れず、生活できなくなります。
つまり、現代でも政治的支配と経済活動が結びついているんです。
――まさにICCの赤根所長の状況。
佐藤 それだけではありません。制裁対象者と取引した第三者まで制裁されれば、人々は命令されなくても関係を断ちます。黙示録の『刻印』は額に押される物理的な印ではなく、金融・情報システムへの接続資格として現れています。
――次は日本人全員のクレカが使えなくなるかも......。
佐藤 トランプ政権が関税と制裁を外交の中心に据えていることは、この意味で黙示録13章的です。服従しない者をただちに軍事的に滅ぼすのではなく、国際市場から排除し、「売ることも買うこともできない」状態に置くからです。
――まさに国難。
佐藤 666については、皇帝ネロの名を数値化したものだという解釈が有力です。同時に、黙示録は666を「人間の数字」と呼んでいます。完成数とされる7に届かない6が三度繰り返されることで、人間が神の位置を占めようとしても、決して完全にはなれないことを示しているとも読めます。この意味で、トランプと666のアナロジーは成立します。
――トランプの黙示録の降臨です。
佐藤 トランプは自らを、戦争を止め、市場を動かし、他国の指導者を屈服させ、国際機関の生死まで決められる人物として演出します。「私だけが解決できる」という自己表象は、政治指導者が人間の限界を越え、救済者の位置に立とうとする動きです。
しかし、先ほども言いましたが、666を「トランプ」という固有名詞の暗号と考えてはいけません。666はむしろ、権力、富、軍事力、メディア的魅力を結合し、自らを究極的なものとして人間に承認させようとする政治の形式です。トランプはその形式を、きわめて露骨に体現しているだけです。
プーチン、習近平、ネタニヤフ、欧州連合、ICC、さらには「法の支配」を絶対化するリベラルな国際主義も、同じことです。自己を究極化すれば同じ獣性を帯びるんですよ。黙示録の批判は、敵だけに向けられるものではありませんから。
――どうすればいいんですか?
佐藤 黙示録を真剣に読むことは、核戦争や世界の破滅を待望することではありません。ましてや、トランプとの外交を拒絶する理由にもなりません。日本はトランプを悪魔化せず、日米同盟を維持しながら、関税、制裁、ICC問題を個別具体的に処理すべきです。
――なるほど。
佐藤 キリスト教的終末論の要点は、歴史の最終的な決着を人間の政治権力に委ねないことです。米国もロシアも中国も、国連もICCも、世界を救済することはできません。いずれも必要な政治的装置ですが、究極的な正義の主体ではないんですから。
いまの国際情勢が黙示録的に見えるのは、戦争が多いからだけではありません。軍事力、経済力、金融制裁、情報操作が統合され、政治への服従が日常の経済生活への参加条件になりつつあるからです。
――使徒というより、奴隷です。
佐藤 トランプと666のアナロジーが警告するのは、「トランプ=悪魔」ではなく、人間の国家と指導者に、神だけが占めるべき場所を与えてはならないということです。獣に勝つ第一歩は、私たち自身がその力を崇拝したいという誘惑を自覚することなんです。
――結局は、ひとりの人間。個人がその誘惑を自覚しておもねらない、ということになりますか?
佐藤 そうです。ひたすら神を信じ、イエス・キリストに服従するのです。
次回へ続く。次回の配信は2026年10月9日(金)予定です。