
佐藤優
さとう・まさる
佐藤優の記事一覧
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ご本人自主製作の「ピースメーカーのトランプ」だが、そうは見えない。全世界を戦争地獄に叩き込む執行人である(写真:公式SNSより)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――トランプは今年4月、SNSにライフルを持った自身の姿を投稿しました。これは、M4カービン軍用ライフルですが、19世紀、ワイルドウエストと呼ばれた米国西部に平和をもたらしたのが「コルトSAAリボルバー」。西部劇映画でもお馴染みですがこの銃は"ピースメーカー"と呼ばれています。今、トランプは、本人がピースメーカーになろうとしている。
ウクライナ戦争でピースを実現しようとして、イラン戦争も何とかしようとしていますが、イランはなかなか降伏しない。そこで目を付けたのが北朝鮮。休戦状態の朝鮮戦争をピースへと誘おうとしています。北朝鮮の核兵器保有について「私なら許さなかった」と発言していますが、これは可能だったたのでしょうか?
佐藤 無理でしょうね。これは典型的なトランプ話法ですよ。トランプはうまくいったことは自分の功績、うまくいかなかったことは前任者の失敗と説明します。
北の核開発は三代に渡る国家戦略です。トランプの一期目、2017年の時点で北はすでに核実験を繰り返し、米国本土に到達可能な弾道ミサイルの開発も進めていました。その核施設を軍事攻撃で完全に破壊するには、地下施設、移動式発射台、核物質貯蔵施設の場所を全て把握しないとなりませんが、それは不可能です。もしトランプが攻撃すれば、北は韓国の首都ソウル、在日米軍基地に報復攻撃をします。
そもそも、イランと北は同じではありません。北はすでに核弾頭を製造し、運搬手段を持つ実質的な核保有国。完成品を持つ国への攻撃は、開発途上のイランを攻撃するのと危険性が全く違います。従って「自分なら許さなかった」発言は反実仮想であり、検証不能な政治的プロパガンダ(宣伝)です。
――トランプは「57発の核兵器を持っている」と発言しましたが、米国が北を核保有国に認定したのでしょうか?
佐藤 客観的な認定ではありません。しかし、政治的には極めて重要な発言です。今後の米朝交渉では、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」は前面から後退し、核実験の停止、核兵器の増産制限、長距離ミサイルの規制へと重心が移る可能性があります。つまり、非核化交渉から軍備管理交渉に転換するということです。
――トランプは「米国に賢い大統領がいる限り、金正恩は問題ないだろう」と言っていますが、この賢い大統領とはトランプですか?
佐藤 もちろんそうです。まさにその通りです。そのこころは、金正恩に対する保障と脅迫です。トランプはこんな内容の発言をしています。
「私が大統領である間は、金正恩は合理的に行動する。なぜなら、私とは話ができる一方、私を怒らせれば何をするかわからないからだ」
これは「マッドマン・セオリー」、狂人理論に近いもので、相手に「この人物は本当に攻撃するかもしれない」と思わせて譲歩を引き出す手口です。同時に「私とうまくやれば体制を転覆しない」というメッセージでもあります。
金正恩を狂人としてではなく、核兵器を持つ交渉相手として扱うのがトランプ外交です。
――プーチンと習近平の会談で半島に関してうまくまとまった場合、朝鮮戦争の休戦条約はどうなりますか?
佐藤 一気にまとまります。動き出したら早いですよ。
――すると、朝鮮戦争のピースメーカーはトランプになると。
佐藤 そうですね。
――肝心の金正恩は、トランプと会談しますかね?
佐藤 条件が整えば会うと思います。
――どんなディールになるのですか?
佐藤 考えられる手打ちは、北が核実験と長距離弾道ミサイル発射を停止して、核兵器の新規生産を一定水準で凍結することでしょう。そしてその見返りは、アメリカが一部制裁を緩和して、人道支援、連絡事務所の設置、米韓演習の縮小、そして朝鮮戦争の終結宣言などを提示することです。
北朝鮮は核兵器を全面放棄せずに、米国も正式な核保有国とは認定しません。その曖昧さを残して、危機管理の合意を作成することになります。
――すると、半島は平和になりますが、日本はどうなりますか?
佐藤 日本にとっては深刻です。米国に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)だけが制限されて、日本に届く中距離ミサイルは残されます。
――イランの核抑止は出来つつあるのに......。
佐藤それは、はっきり言って快挙ですよ。誰もできなかったことですからね。
――しかし相変わらず、北朝鮮からミサイルが飛んでくる可能性は残る。
佐藤 はい。日本には北朝鮮の巡航ミサイル、弾道ミサイルなど、全部がどこにでも大当たりとなる状況になります。
――ピースメーカーのトランプ大統領は素晴らしい働きですね。北朝鮮はウクライナ戦争でミサイルを実戦使用して、どんどん精度が良くなっていますからね。
佐藤 あとは核の小型化に成功すれば、いつでも飛んできます。
――日本に北の核ミサイルが飛んでくる。これ、日本にとって不利な「ピースメーカー」ではないですか?
佐藤 極めて不利ですよ。
――佐藤さんがかねてよりおっしゃっている「いまが北と手打ちの時」なんですか?
佐藤 そうです。
――その手打ちとは、「日本は狙わないでね」と北朝鮮に願うことですか?
佐藤 だから、強く念じることです。
――以前から何度も何度も出てきている映画『かくて神風は吹く』の北条時宗のセリフか?
《心をもって、皇御国を守らんとする、これらの赤誠、天に通ず。
4000余りの敵舟を一夜のうちに覆滅し候。
これ、皆、伊勢におわします皇祖神霊の御神業。
ただ、有難き御国柄と申すより、他に言うべきことはない。
しかして、万民尽くが、力を合わせ、大君の為に御国のために立ち上がろうとするならば、必ずや、皇神神霊の御加護があり、第二第三の国難
日本国を襲おうとも、何を恐るるに足らん》
佐藤 そう、いまの日本人は本当に祈りが足りません。
――金正恩の妹・金与正は、「日本が間違った選択を企図するならば、即座に生存不可能な殲滅的猛攻撃を受けるだろう」と、核兵器の先制攻撃があると明言してます。
佐藤 金与正の談話は、日本に「米国の対北朝鮮軍事行動に協力すれば、日本も安全ではない」と理解させるための威嚇です。米国には対話の余地を示し、日本には強硬姿勢を取ることで、日米を心理的に分断しようとしています。
――脅しで、本物の核の先制攻撃はしない?
佐藤 脅威を過小評価してはいけませんが、北朝鮮を狂気の国家と決めつけるのも誤りです。北朝鮮指導部の最優先目標は体制の存続です。自国の消滅を招く無目的な核攻撃はしません。
――高市幕府は、いまこそ北と手打ちしないとやばいのでは?
佐藤 まず、国交正常化と拉致問題を一度に解決しようとしないことです。
――どうするんですか?
佐藤 最初に外務省の実務者による秘密協議を再開します。そのうえで、「日本は北朝鮮の体制転覆を求めない」と伝えます。
そして、北朝鮮には日本を対象とする核・ミサイル攻撃の威嚇を抑制し、拉致被害者に関する再調査と情報提供を行なってもらいます。この小さな合意から始めるべきです。
――最初は小さな一歩から、ですね。
佐藤 はい。次に、平壌と東京に連絡事務所を設置します。国交正常化後の経済協力についても、2002年の日朝平壌宣言の枠組みが生きています。「拉致問題が完全解決するまで何もしない」という立場は、道徳的にはわかりやすいですが、それでは北朝鮮に何の行動も起こさせることができません。外交とは、嫌いな相手と利益を交換する仕事です。
――高市幕府は手打ちしますか?
佐藤 高市首相自身が決断すればできます。高市首相は強硬論を唱えるだけではなく、強硬な立場を持つ自分だからこそ交渉ができると、発想の転換をすべきです。その昔、ニクソンだから中国に行けたという構図と一緒です。
次回へ続く。次回の配信は2026年9月25日(金)予定です。