【#佐藤優のシン世界地図探索179】日米首脳会談で高市政権は「ICC問題」をどう扱ったのか?

取材・文/小峯隆生

ローキー外交のいま、ICC赤根所長には「沈黙は天使が通った証」が求められているのか...(写真:時事)ローキー外交のいま、ICC赤根所長には「沈黙は天使が通った証」が求められているのか...(写真:時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――高市将軍率いる幕府はいま、さまざまな倒幕運動に直面しています。高市早苗首相は自分を故・安倍晋三元首相の弟子のように言っていますが、今後、安部政治を継承すると思いますか?

佐藤 あまり関係ない感じはします。安部さんはもう少しバランスを取っていましたから。

――高市幕府はバランスを取れていないのですか?

佐藤 はい。その場の状況対応が多いですよね。安部さんは選挙の勝負に出て、それで何度も政治状況を上書きしていきました。その意味では、安部さんは何か問題を見つけると、次の選挙でどう勝負するかを常に考えていた。それに対して高市さんは、選挙をできるだけ避けながら政権運営を続けようとしているように見えます。

――勝負と政権維持では全く違います。

佐藤 それから、安部さんの権力には実態として「基盤」がありました。派閥もそうだし、経済界の人脈もそうです。だから、日本経済新聞も安倍政権には比較的好意的でした。

それに対して、いまの日経は高市政権の財政政策にかなり厳しいですよね。日経を敵に回すということは、経済界との関係にも注意が必要だということです。

――日経の消費税減税への批判はすさまじいですからね。あの減税はうまくいくんですかね?

佐藤 米国との経済協議を続けながら、一方で財政を大きく膨らませる方向に進む。その整合性をどう取るかという問題は残ります。

――ただ、高市政権はまだ支持率が高いですよね。

佐藤 世論調査は調査主体によってかなり差があります。一つの数字だけで政権の先行きを判断するのは危険です。ただ、支持率が永遠に高いわけではない。どの政権でも、政策判断を誤れば数字は動きます。

――高市幕府にも「倒幕」の危機はあると。

佐藤 当然あります。ただ、いつ政権が終わるかを今の段階で断定することはできません。

――すると、今後の政権運営で大きな外交問題になるのは中国ですか?

佐藤 中国も重要ですが、私は国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長をめぐる問題に注目しています。

――ICC問題ですか。

佐藤 はい。実は、この問題については状況が動きました。

9月22日午後(現地時間)、ニューヨークの国連本部で高市首相とトランプ大統領が会談しました。日本時間では23日です。そこで高市首相は、米国がICCの赤根所長を制裁対象にした問題について、日本の立場を直接トランプ大統領に説明しています。

――以前は「首脳会談に持ち込まない方がいい」と言っていましたね。

佐藤 そこは事実関係が変わったので修正しなくてはいけません。新しい情報が出たら仮説を修正する。これがインテリジェンス分析です。ただし、私が重視していた「ローキー処理」という基本線は変わっていないと思います。

――首脳会談で話しているのにローキーなんですか?

佐藤 そこが重要なんです。ローキー処理とは、首脳が絶対に話してはいけないという意味ではありません。必要なら首脳同士でも話す。しかし、それを日米間の象徴的な政治対立にしない。

今回、日本側からICC問題を切り出したことは明らかになっています。日本政府高官は「率直なやり取りを行なった」と説明しましたが、具体的に高市首相が何を言い、トランプ大統領がどう答えたのかは公表されていません。ここが重要です。

――つまり、話したこと自体は認めるけど、中身は明らかにしない。

佐藤 そうです。しかも会談直後、ICC問題を日米首脳会談の最大の争点として大々的に打ち出したわけでもない。会談の中心として公表されたのは日米同盟、中国を含むインド太平洋情勢、経済安全保障、AIや半導体、重要鉱物などです。ICCについては、日本側が立場を説明し、「率直なやり取り」をしたというところまでです。

――高市幕府はうまく処理したということですか?

佐藤 少なくとも、ICC問題だけで日米関係全体を壊さないようにするという意味では、かなり慎重に処理しています。

その前の9月21日には、茂木敏充外相とマルコ・ルビオ国務長官がニューヨークで会談し、外務省は「両外相は国際刑事裁判所(ICC)についてもやり取りを行ないました」と公表しています。

つまり、まず外相~国務長官の回路で扱い、その後、首相~大統領の回路でも扱った。それでも具体的な中身は公表しない。これはかなり典型的なローキー外交です。

――でも、トランプ大統領のICCに対する態度はものすごく厳しいですよね。

佐藤 非常に厳しい。トランプ大統領は国連総会の演説で、ICCを「邪悪な集団」と呼び、加盟国に脱退を呼びかけました。一方、日本はICC加盟国です。しかもICCを制度として支えている。この二つの立場には明確な違いがあります。

――そこは簡単には埋まらない。

佐藤 埋まりません。だからこそ、外交技術が必要になります。

日本が「ICCを支持する」という原則を捨てて米国に追随すれば、日本自身がこれまで掲げてきた「法の支配」と整合しなくなる。しかし、トランプ大統領に対して公開の場で「赤根所長への制裁を直ちに撤回しろ」と迫り、それを日米首脳間の政治対立にしてしまえば、今度は日米同盟全体に不要な摩擦を生じさせる。

――難しいですね。

佐藤 非常に難しい。だから、今回のように日本の立場は明確に伝える。しかし、具体的なやり取りを全部公開して、双方が引けなくなるような状況にはしない。この処理には合理性があります。

――赤根さんは日本人ですよね。

佐藤 そこも整理する必要があります。ICCと日本政府は別の国際法主体です。赤根所長はICCの職務を行なっているのであって、日本政府の代表ではありません。

他方、赤根さんが日本国籍を有する以上、日本政府には邦人保護という別の責任があります。ICCの独立性を尊重することと、日本人である赤根さんが米国の制裁によって具体的な不利益を受けた場合に領事上、実務上の対応を検討することは、分けて考える必要があります。

――ICCを守ることと赤根さん個人を守ることは同じではない。

佐藤 そうです。ここを混同すると外交が非常に難しくなります。

日本政府はICCを支持する。ICCの司法活動には政府が介入しない。一方で、邦人保護は日本政府の仕事です。そして米国との外交交渉も日本政府の仕事です。この三つを仕分けしなくてはいけません。

――その仕分けが今回はできていると?

佐藤 いまのところは、かなり慎重にやっています。

高市首相は9月17日の記者会見ですでに、ICCについて米国への働きかけを継続していると明言していました。「関係国と意思疎通を行いながら、国際社会における法の支配の強化に必ず取り組んでまいります」とも述べています。

その上で外相が国務長官と話し、最後は首相自身がトランプ大統領に日本の立場を説明した。

――それなら、かなり高いレベルまで上げていますね。

佐藤 そうです。だから私の以前の「外務省レベルで止める」という表現は改めなくて
はいけません。

正確には、外務省を中心に実務的に処理しながら、必要であれば首脳レベルにも上げる。しかし、首脳間の公開対立にはしないということです。

――それがローキー処理だと。

佐藤 そういうことです。

外交では誰が話したかだけでなく、どう公表したかが重要です。今回、日本政府は首脳会談でICCを扱った。しかし、会談直後から「高市対トランプのICC対決」といった形にはしなかった。米国側も、この問題を理由に日米関係全体を攻撃するような反応は今のところ示していません。

――つまり、双方が火を大きくしないようにしている。

佐藤 そう見ています。立場の違いは明確にある。でも、その違いを日米同盟全体の亀裂にはしない。その管理が外交なんです。

――高市幕府の"御庭番"は機能していると。

佐藤 この問題に関しては官邸、外務省、情報部門が案件を仕分けしているように見えます。日米同盟、中国、北朝鮮、経済安全保障など、首脳間で扱うべき重要案件はほかにもたくさんあります。その中で、ICCについても日本の立場は直接伝える。しかし、それだけで首脳会談全体を覆わせない。これは簡単なようで難しいことです。

――高市幕府、外交面では意外に粘っていますね。

佐藤 少なくとも今回のICC問題については、「何も言わない」でも「正面衝突する」でもない第三の道を選んでいます。今後、米国が赤根所長への制裁をどう扱うのか、さらにICC本体に対する措置を拡大するのかどうかによって、日本政府は再び難しい判断を迫られるでしょう。

ですから、この問題は終わっていません。むしろ今回の日米首脳会談によって、日米間に立場の違いが存在することと、それでも双方がその摩擦を管理しようとしていることが、よりはっきり見えるようになったと私は思います。

次回へ続く。次回の配信は2026年10月2日(金)予定です。

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  • 佐藤優

    佐藤優

    さとう・まさる

    作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

  • 小峯隆生

    小峯隆生

    こみね・たかお

    1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、元筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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