大きな騒動となった、まさかのDV逮捕劇について沈黙を破った冲方氏 大きな騒動となった、まさかのDV逮捕劇について沈黙を破った冲方氏

今夏、突然もたらされた、「冲方丁(うぶかたとう)逮捕」の報道ーー。

150万部のベストセラー『天地明察』でも知られ、人気・実力を兼ね備えたスター作家に一体何があったのか? 事件の背景と真相について、本人がついに沈黙を破って明かした!

■私が「手記」をつづるに至った理由

3人組の刑事が私の前に現れたのは、突然の出来事でした。

2015年8月22日、東京・秋葉原で「冲方サミット」と題したファン向けの定例イベントを催した後、私を含めた約10名のスタッフは、同じ会場内で打ち上げをしていました。宴もたけなわの頃、同席していた編集者のひとりが近づいてきて、私にこう言ったのです。

「奥さんの関係者だという方が、店の入り口に来ているそうなのですが…」

妻の知人とはいえ、わざわざお酒の席に訪ねてくるような人物に心当たりはありません。「いったいなんだろう?」と訝(いぶか)しく思いながら店を出てみると、そこにはスーツ姿の3人の男性が立っていました。

そして、手に持っていた警察手帳を控えめに提示しながら、こう言うのです。

「冲方丁さんですね。奥様のことでお聞きしたいことがあるので、署までご同行願えませんか」

まるで刑事ドラマのワンシーン。私は大いに戸惑い、反射的に思ったのは、「妻に何かあったのだろうか」ということでした。

そう、まさか自分自身が被疑者として同行を求められているとは、この時点では夢にも思っていなかったのです。

ひとまずその場にいた面々には、「事情はよくわからないのですが、ちょっと行ってきます」と言い残し、手荷物をまとめて店を後にすることにしました。

そして、警察官に促されるまま覆面パトカーに乗り込んだのです。これが、9日間にわたる理不尽、かつ不可解な勾留生活の幕開けでした。

功を焦った警察の「勇み足」は否めない

各マスコミが報じたとおり、妻へのDV容疑で逮捕された後、8月31日には釈放され、去る10月15日には不起訴処分が決まりました。その間、冲方逮捕のニュースは思いのほか大きく報じられたようですが、もちろんなんの罪も確定していません。そして不起訴をもって、奪われた自由を取り戻しました。私はこれを身の潔白が証明されたからだと理解しています。

一貫して私が主張し続けてきたとおりの結果であり、本来、この不起訴をもって「終わった」と満足すべきなのでしょう。

しかし、勾留中に留置場内で体験した出来事は、私にとってあまりにもセンセーショナルであったばかりか、これが「誰の身にも起こり得るトラブル」であることを痛感しました。

なぜ、私は逮捕されたのか? 弁護士と警察と検事の間で繰り広げられた法律ゲームも含め、この不可解な現実を世に明かし、あらためて疑義を呈したい――。これが、こうして私が筆を執るに至った一番の理由です。

■房の中で見聞きした興味深い事象の数々

逮捕後に不起訴処分が下されるケースは、決して珍しいものではありません。

では、どのような事情で不起訴に至るのかといえば、それもさまざまなケースがあります。例えば、逮捕はしてみたものの、罪を証明するだけの証拠が見つからなかった場合、あるいは訴えた人間が、なんらかの理由でそれを取り下げた場合などです。

いずれも検事が判断することであり、私の場合、どのケースに該当するのか、はっきりしません。告知書には、「公訴を提起しない処分をしました」としか書かれていないのです。

ただ、あえてつけ加えるなら、功を焦った警察の「勇み足」は否めず、結果として大きなニュースとして世を騒がせることにもなりました。

冲方丁というひとりの小説家を逮捕するや、その事実を喜々としてマスコミにリークした警察側の行動には、今も大いに疑問を感じています。

「閉じ込められた9日間」に起こった全容とは?

本来ならば、不当な逮捕に対して警察を名誉棄損で訴えたいですし、実際に、法にのっとった刑事補償手続を行なうことも考えました。私には警察を訴える権利がありますし、国家賠償請求を行なうことだって現実的に可能でしょう。

しかし、この手の賠償額は、勾留一日当たり最高額が1万2500円と決まっており、私がどれほど頑張っても、得られるのは最大で計11万2500円なのです。これをはした金と呼ぶつもりはありませんが、今回の一連の出来事を水に流すのにふさわしい金額とはとても思えません。

勾留中の9日間、警察は被疑者の心を全力で折りにかかります。そのための手口や留置場内の様相は、時に筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたく、歪(いびつ)で滑稽(こっけい)なものでした。

「これでは多くの人間が、楽になりたいがために、嘘の自白を選択しかねない」と、驚愕(きょうがく)しながら思ったものです。

こうした、留置場の中だからこそ体験できたこと、知ったことは、あまりにも興味深い事象ばかりでした。私がこの理不尽な9日間を耐えしのぐことができたのも、ひとえに物書きとしての興味と関心、そして警察と検察への大きな怒りが原動力となったからです。

留置場内では、実に個性豊かな人たちと生活を共にしました。後に詳しく述べることになりますが、最初に房に放り込まれたときには、日本語の上手なイラン人の方、とあるグループの幹部だったという方、そして初老のホームレスの方の3人と同房になりました。それまでの生活では、まず接点がなかった皆さんには、房での“先輩”として勾留生活を乗り切るすべを教えられ、助けられたものです。

もちろん、実際に悪事に手を染めたから、そこにいる人もいます。しかし、繰り返しになりますが、これは罪の有無にかかわらず、今この記事を読んでいるすべての人の身に起こり得ることだと身をもって知ることになりました。

というわけで、しばらく週プレの誌面をお借りして、「閉じ込められた9日間」に起こったことの全容を、できるかぎりつづっていきたいと思います。

◆発売中の週刊プレイボーイ50号からシリーズ連載でこの告白手記『沖方丁のこち留』をお読みいただけます! 今号は序章「逮捕当日」。

●冲方 丁(うぶかた・とう) 1977年生まれ、岐阜県出身。小説家、アニメ脚本家。96年に『黒い季節』で角川スニーカー大賞・金賞を受賞し、デビュー。2003年、『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を、2010年に『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞などの受賞歴がある

(編集協力/友清 哲 撮影/山本尚明)