
武田和泉
武田和泉の記事一覧
風俗・飲食業界を得意分野として月刊誌や情報誌に寄稿。座右の銘は「夜の住人は十人十色」。
7月17日、大阪府貝塚市の市立第三中学校で催涙スプレーが噴射され、消防隊員らが救護活動を行なった。生徒同士のトラブルを発端に使用されたとみられ、事件後に14歳の男子生徒が傷害容疑で逮捕された
最近、唐辛子のカプサイシンを主成分とする催涙スプレーを無差別にまく事件が多発している。事件の背景にある防犯グッズのジレンマに迫るとともに、遭遇時の対策もまとめた!
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防犯などに有効な催涙スプレーが、思わぬ形で社会に爪痕を残している。学校や商業施設で、悪ふざけや威嚇で催涙スプレーを噴射、ケガ人が出る事件が頻発しているのだ。
ホームセンターや通販サイトで容易に入手でき、誰でも扱える手軽さが事件を横行させている一方、実効的な対策は見いだせない。強盗や特殊詐欺といった「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」がらみの凶悪事件や、クマ被害から身を守るためのはずのアイテムに潜む危うさを追った。
9月16日午前、大阪府堺市の大阪商業大学堺高校で、2年生の男子生徒が休み時間に催涙スプレーを噴射。生徒ら24人が喉の痛みなどを訴え、7人が搬送された。傷害容疑で現行犯逮捕された男子生徒は、こう話したという。
「遊び感覚でスプレーをまいた。スプレーは自宅の自転車置き場で拾った。英語で書いてあったので、なんのスプレーかわからなかった」
同日午後には、大阪府貝塚市の市立第一中学校でも2年生の男子生徒が廊下で催涙スプレーを噴射。24人が目の痛みなどを訴えた。「友達と遊んでいて遊び半分だった」と供述しているという。
未成年の悪ふざけだけではない。6月には、名古屋市の大型商業施設「mozo」で27歳の男が催涙スプレーを噴射し、周囲にいた23人が体調不良を訴えた。男は威力業務妨害容疑で逮捕された。「腹が立つやつを懲らしめたかった」と供述したが、現場の状況から特定の人物を狙った犯行ではないとみられている。

また、こうした少年や愉快犯による「スプレーテロ」に加え、予期せぬ誤噴射による事故も続発した。埼玉県警捜査一課の元警部補で犯罪コメンテーターの佐々木成三氏は、催涙スプレーの入手しやすさにその要因を見いだす。
「強盗被害やクマの出没が全国各地で増えていることもあり、対人・対クマ用の催涙スプレーは用具店やネットで簡単に買えるようになりました。
特に最近のクマよけは、催涙効果がかなり強化されています。私自身、刑事として誤噴射の現場に出動したことがありますが、バッグから出す際に誤ってボタンが押されたもので、たったのワンプッシュでも多くの被害者が出ていました」
看過できないのが、商業施設など人が密集する場所で意図的にスプレーをまく蛮行だ。佐々木氏は犯人の心理をこう分析する。
「愉快犯的に人混みで噴射させる者の動機は、自暴自棄になっていたり、承認欲求を満たしたかったり、社会への不満を晴らしたかったりとさまざまでしょう。ただ共通しているのは、噴射される側の痛みへの想像力が決定的に欠けているという点です」
判断能力の乏しい未成年の所持だけでも禁じるという対策も考えられるが......。
「登下校中にクマや不審者からどう身を守るのかという問題が出てきます。事件が起きた際には、子供が独自に入手したのか、親が買い与えたのか、ネットで購入したのかという背景を見極めた上で対策を考えるべきです」
実際に、催涙スプレーはどのように売られているのか。東京都練馬区平和台で24年にわたり防犯グッズ専門店「防犯倶楽部」を営む仲間徹夫氏が説明する。
「トクリュウなどによる民家への強盗事件がニュースになるたび、催涙スプレーを買い求めるお客さんも増えています。うちでは、未成年者には保護者同伴でないと売りません。悪用を防ぐため、ネット販売もしていません。ただ地方には私たちのような専門店がないので、結局ネット通販で買われているようですね。
気をつけて販売していますが、うちの催涙スプレーで事件を起こされたり、警察に販売リストの提出を求められたりしたこともあります」
催涙スプレーが並ぶ防犯グッズ専門店「防犯倶楽部」の店内。ガンタイプや口紅タイプなど、さまざまな形態の商品を販売している
実際に催涙スプレーを体験したことがある仲間氏は、その効果を次のように語る。
「唐辛子とタバスコを目や鼻に一気に突っ込まれたような感覚でした。痛さに耐えられず目をかきむしってしまうと、成分が広がってよけいに痛みが増します。
主成分は唐辛子に含まれるカプサイシンなので後遺症はなく、水で洗い流せば2、3時間で落ち着きます。国産品は少なく、ほぼアメリカや台湾からの輸入品です」
いずれも安全装置が備えられた「フリップトップ型」と呼ばれる形態が一般的だ。
「ボタンの上にふたがつく構造。そのふたとボタンの間に指を入れ、ボタンを押し込むという簡単な構造です。
ふたはバネで閉じるようになっており、その状態なら物理的にボタンに触れないので、誤噴射することはありえません。ただ、バッグに無造作に放り込んだりすると、何かのはずみでふたが開いて誤噴射する恐れは否定できないですね」
誤噴射を防ぐには安全装置のいっそうの厳重化が即効策だが、仲間氏は首をかしげる。
「安全装置が複雑だと、実際に襲われそうになったときにパニックや恐怖で作動できない恐れがある。それでは護身道具の意味を成しません」
スプレーテロの続発を憂慮する仲間氏だが、それでも催涙スプレーがなくなれば、特に女性は身を守る護身具がなくなることを懸念する。
「警棒などと違って相手に近づく必要がなく、スプレーを突きつけるだけで相手はひるみます。女性のお客さんからは『持っているだけで安心』という声を聞きますね」
遊び半分の噴射への防止策について、前出の佐々木氏は教育の徹底を呼びかける。
「今回の学校での事件を見ても、危険性の認識不足が原因でしょう。特に未成年に持たせる場合は、相手に向ければ凶器になるという教育がセットとして必要になります」
その上で、被害に遭遇した際の対策をこう話す。
「とにかく距離を取ってほしいです。まず噴霧場所から離れ、風上や屋外など新鮮な空気のある場所へ移動する。
目に入った場合はこすらず、水で十分に洗い流す。息苦しさなどの症状が続く場合は救急要請や受診をしてください。
今は、危険察知をいかに早くできるかが重要。ながらスマホやイヤホンをしながら歩く行為は、できるだけ避けたほうがいいです」
トクリュウやクマの脅威が消えない限り、催涙スプレーの需要は尽きない。だが護身道具は、持つ者の分別次第で容易に〝凶器〟へと変わる。ワンプッシュがもたらす痛みの重さを、いま一度見つめ直す時期に来ている。