奥窪優木
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フリーライター。1980年生まれ、愛媛県出身。上智大学経済学部卒業。ニューヨーク市立大学中退。著書に『ルポ 新型コロナ詐欺 経済対策200兆円に巣食う正体』(扶桑社新書)、『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)など。
東京・秋葉原の専門店に並べられる高額なポケモンカード
大量の高額カードが市場に出回っているポケモンカードをはじめ、トレーディングカードの資産価値は年々上昇している。それに目をつけた犯罪集団が今、資金洗浄を行なうためにカードを利用しているという。その驚くべき実態を関係各所に取材して探った!
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東京在住の中国人、孫竣仁(ソン・ジュンレン)さん(仮名・40代)はその日、不動産物件購入のための手付金の一部、約300万円の金策に考えを巡らせていた。
中国株への投資で成功した彼の中国の銀行口座には、1億円近い貯蓄がある。しかし中国には、年間5万米ドル相当を上限とする海外送金規制が存在する。この上限にすでに達してしまっていた孫さんは、中国の口座からの出金ができない......。
そんな彼が向かったのは金融機関ではなく、秋葉原にあるトレーディングカードショップだった。彼はその店で「ピカチュウ」や「リーリエ」など、いずれも保存状態に関して最高評価鑑定の「PSA10」がついたポケモンのレアカードを7枚、総額約320万円で購入した。
しかしその後、孫さんはその店から徒歩5分ほどの距離にある別のトレカショップで、購入したばかりのすべてのカードを約305万円で売却した。いったい、何をしているのだろうか? 本人が説明する。
中国・北京で開催された子供向けのポケモンカードゲーム大会の様子。約7000人が参加する活況ぶりだ
「ポケカ(ポケモンカード)を購入したことで、私の中国の銀行口座から日本円で320万円相当額の人民元が引き落とされました。支払いにはクレジットカードを何枚か利用しましたが、その後すぐにカードを換金すれば、事実上は中国の口座から現金を出金したことになります。
しかも私のクレジットカード履歴にはトレカショップでの『ショッピング』と記録されるだけで、中国の海外送金規制には引っかかりません。これによって、日本で305万円の現金を手にすることができたのです」
ポケカの買いと売りの価格差で15万円を損したことになるが、「地下銀行の送金手数料はだいたい8%なので、それよりは安い」と意に介さない。
こうしたポケカを使った中国からの資産移転は、在日中国人の間でひそかに広がっているのだという。中国当局に発覚すれば、「外貨管理条例違反」として厳しい罰則が科されるが、日本の国内法には違反していない。
しかし今、ポケカを用いた類似の手段を、犯罪で得た収益のマネーロンダリング(資金洗浄)に利用する動きが顕著になりつつあるという。
ポケモンカードなど約1200万円分の物品が盗まれた名古屋市の事件の押収物。高額カードは窃盗の対象になる
池袋の某トレカショップの店員も、時々目にする"違和感のある客"について話す。
「純粋なコレクターはキャラや絵柄にこだわるし、投資家は値上がりが期待できそうなカードばかりを買っていく。そんな中で、『ピカチュウV(ブイ)』や『メガリザードンXex(エックスイーエックス)』などメジャーなキャラのPSA10を中心に、数十万円程度の面白みのないカードばかりを数百万円分も買っていく日本人がいます。
現金調達目的の中国人もそのへんは同じだけど、彼らが必ずクレカで買うのと対照的に、そういった日本人は現金で買う。購入の履歴を残したくないんでしょう。
多額の現金から換えるにはかさばりそうな10万円以下のカードや、市場で取引が注目されていて記録に残りやすい1枚1000万円以上のカードには見向きもしないのも特徴。そう考えると、まさにマネロンにちょうど良さそうなカードばかりを選んでいるように見えます」
ポケカをはじめ、トレカを使ったマネロンは政治の世界でも問題視され始めているようだ。
「トレカは世界で戦える産業だが、買い占めや転売、偽造やマネーロンダリングの問題もある」
トレカ市場の現状についてそう力説したのは、元内閣官房副長官で衆議院議員の木原誠二氏。7月23日に開催された、自民党の有志議員らによる「トレカ議連」の設立総会での一幕だ。同議連では今後、「健全で世代を超えて楽しめる市場を育成」することを目指すという。
トレカの買い占めや転売、偽造については、これまで国内でも何度となく事件が起き、問題視されてきた。しかし、トレカを利用したマネロンが国政の場で俎上(そじょう)に上ることはまれだ。
一方、海外ではすでに、トレカが"裏社会の通貨"として利用される事例が相次いでいる。そしてその"主要通貨"はやはり、1996年の発売以来、累計発行枚数750億枚以上と、トレカ市場の頂点に君臨するポケカである。
今年3月、米司法省はメリーランド州在住の男を暗号資産取引所へのハッキングとマネーロンダリングの容疑で起訴した。同省によると男は、犯罪で得た収益のうち約100万ドルをポケカに換えて隠匿しようとしていたという。
ほかにも、ポケカが犯罪組織に利用される事例が世界中で起きているのだ。

日本では大々的に報じられた摘発事例こそないが、水面下ではポケカを利用したマネロンが着実に広がっている。
裏社会のマネロン事情に変化の兆しがあると話すのは、集団で詐欺や強盗を行なう「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」をはじめとする組織犯罪に詳しい社会学者の廣末登氏だ。
「日本の裏社会でマネロンといえば、飛ばし口座(転売された他人名義の金融機関口座)を使って犯罪収益を海外の暗号資産取引所の口座に移動し、仮想通貨に換えるというのが定番でした。国外の口座であれば、日本の捜査機関による凍結や情報開示が難しかったからです。
しかし7月10日に施行された『改正犯罪収益移転防止法』によって、口座の不正譲渡に対する罰則が厳しくなった。そのため、これまで3万~5万円で調達できていた飛ばし口座の相場が20万円ほどに上昇しました。
また、報酬を約束して送金を依頼したり、その依頼を受けたりする行為自体を罰する送金罪が新設されたことにより、送金役の調達も困難になりつつあります。
さらに同法では、警察が架空名義の口座を開設し、犯罪グループに渡して資金の流れを追跡する一種のおとり捜査も可能になった。金融機関を使ったマネロンのコストとリスクが以前より大きくなる中、新しいスキームのひとつとしてポケカが使われるようになりつつあります」
今後導入される可能性がある捜査方法も、マネロンのパラダイムシフトを促しそうだ。大手紙社会部記者が解説する。
「近く警察庁は、トクリュウが利用するスマホをハッキングすることで通信アプリの情報を取得する、『遠隔解析』の導入を盛り込んだ改正法案を国会に提出するとみられています。『通信の秘密』を保障する憲法との折り合いが必要になりますが、実現すれば犯罪の防止や資金の流れの解明に大きな効果を発揮することが期待される。
今後は協力者にスマホを使って指示を出さなければならないような、従来のマネロンの手口は避けられるでしょう。一方で、トレカショップに行けば取引できるポケカのプレゼンスは高まってくると考えられます」
犯罪収益のマネロンにポケカが使われやすい理由については、事情に詳しい広域暴力団3次団体の元組員の男性が明かす。
「金地金や美術品など現物資産を使った対面での取引によるマネロンと理屈は同じで、基本的に購入や売却に金融取引のような記録が残らない。しかも多くの現物品よりかさばらず、保管や移動が簡単なことに加え、同業者のタタキ(強盗)に合うリスクも少ないです。
それに国境をまたいで持ち運ぶ際にも、税関のX線検査に反応しにくいと聞く。こうした利点を生かし、ポケカの取引や移動を繰り返したり、ほかのマネロンスキームと組み合わせたりすることで、捜査当局の監視から逃れることができるのです」
競売で落札された1枚25億円のポケモンカード。流通枚数が少ない限定品ほど価値が高くなる傾向にある
さらに、ほかの現物資産にはないポケカならではの利点もあるという。
「マネロンには第一に、不正や犯罪行為が発覚しないよう、金融機関や捜査当局の目をくらますという意味がある。だがもうひとつの目的として、もし逮捕されたり有罪となっても犯罪収益として没収されないよう、出所する日まで資産を保全するというのもある。
例えば、犯罪者が捜査当局や税務当局に隠していたポケカを見つけられたとしても、極端な話、『子供がたまたま当てました』と言えば、捜査機関もそれを反証することは困難。そういう点でも都合がいいんです」
むろん、犯罪収益を故意に隠す行為はそれ自体が犯罪行為だ。加藤・轟木(とどろき)法律事務所の代表弁護士、加藤博太郎(ひろたろう)氏が解説する。
「犯罪収益等隠匿罪の法定刑は10年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、または併科。これが、その収益を得た犯罪に対する罰則に加算されることになります」
子供を含め、人々に夢を与えるはずの玩具が人を欺くための道具として使われているとは、皮肉すぎる話である。だが、今後も増えそうな「トレカ転売マネロン」に、販売元や警察は効果的な対策を打つことができるのだろうか?