2か国目、タイ。チャチューンサオのサンプリングサイトに浮かぶ湖(池?)。道中、『幻獣ムベンベを追え』(高野秀行・著)を読んでいたせいで、それに登場する、コンゴ人民共和国(当時)の奥地にある「テレ湖」にも錯覚する。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第202話
コウモリのサンプリングを終え、バンコクへ戻る。その途中で立ち寄ったのは、なんと1万匹ものコウモリが暮らす「コウモリ寺」。そしてある新月の夜、ひとり居酒屋で日本食をつまみながら、海の向こうの政治を思う。
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【コウモリの巣のお寺】
2泊3日のサンプリングを終えた翌日、バンコクに戻る。その帰り途、ふたつの場所に立ち寄った。
最初の場所では朝食をとった。今回のツアーのリーダーである、チュラロンコン大学の研究者・スパポーン女史の計らいで、チャチーュンサオ県の郷土料理である「クイッティアオ・パークモー」を食べる。
「クイッティアオ」とは米粉で作ったタイの麺料理のことだが、ここの名物料理は、米粉で作った皮で具材をくるんだものをそう呼ぶらしい。できたてのライスペーパーで作った生春巻き、あるいは水餃子みたいな。それをスープに浸して食べる。うまい。
(上)チャチーュンサオ県の郷土料理であるらしい、「クイッティアオ・パークモー」。(下)それをスープに入れて食べる。
そしてふたつ目の立ち寄りも、やはりスパポーン女史の計らい。「ワットポー・バーンクラー(Wat Pho Bang Khla)」というお寺に立ち寄った。
ここはコウモリの住処(すみか)として有名なお寺だそうで、なんと1万匹ものコウモリが住んでいるという。同行していた高野秀行風中国人(201話)と一緒に、空いた口がふさがらないままでスマホのシャッターを切り続けた。
「ワットポー・バーンクラー」のある木に住み着く無数のコウモリ。ちょっと見づらいが、写真の黒い塊は全部コウモリ。
そういえば、この半年前に訪れた、カンボジア・プノンペンの「ワット・プノン」も、コウモリ寺として有名だったことを思い出した(165話)。「コウモリ寺」というフレーズは、東南アジアでは比較的よく聞くように感じる。スパポーン女史もそれに同意し、それにはふたつの理由がある、と補足を加えた。
まず、「寺」という「宗教的に守られた」、つまり、不要な殺生を禁じられた場所に、コウモリの住処となるようなたくさんの木々が生えていること。そしてふたつ目が、近くに川が流れていること。
たしかに、このワットポー・バーンクラーのすぐ裏手には、バーンパコン川という川が流れていた。そして思い返せば、プノンペンのワット・プノンのそばにも、トンレサップ川が流れているのを思い出した。川が流れていることによって、エサを得やすい、行動しやすい、「涼」をとりやすいなど、コウモリにとって快適な環境が得られる場合が多いという。
(左)「コウモリ寺」であることを大々的にアピールするマスコットのような像が寺の入り口に。(右)寺のすぐ裏手には、川が流れていた。
【あるバンコクの夜】
チャチューンサオでのサンプリングツアーを終えて、バンコクに戻った夜。ひさしぶりに日本食が恋しくなり、ひとり居酒屋に足を運んだ。
醤油、ソース、出汁。ひとしきり居酒屋で日本の味を堪能し、そろそろおあいそを、と思ったところで、雨季のバンコクにスコールが降りつけた。
これでは仕方がない。雨宿りも兼ねて、まぐろの刺身を追加で注文した。そしてそれを肴に、シンハービールを飲みながら、雨が止むまで、なんとなしにスマホで参院選の開票速報を眺めていた。海の向こうから見たその驚くべき開票速報に、どこか胸の奥を掴まれる気持ちがした。
――サイエンスと政治は独立したものだ。サイエンスに善悪はない。チャチューンサオに同行した中国人研究者ともそんな話をした。サイエンスの世界に身を置く私にとって、これからはそれをより一層明確に意識する必要がある。そういう意識が芽生えた夜だった。
どこかやるかたない気持ちになって、ちょうどその居酒屋で流れていたエレファントカシマシの「今宵の月のように」を聴きながらホテルに戻る。その曲に合わせて空を眺めてみたが、雨季のバンコクの天気のせいなのか、新月だからなのか、月影を仰ぐことはなかった。
【バンコクでの「生活」】
それから数日間、チュラロンコン大学の客員教授でもある私のためにあつらえられた部屋で仕事をした。サームヤーン地区の定宿とチュラロンコン大学のオフィスを往復する「生活」である。
チュラロンコン大学に作られた、私のオフィス。ソファには、「Mr. Men & Little Miss」というテレビアニメのぬいぐるみが置いてあった。
結局、警戒していた高野秀行風中国人(201話)とは、スパポーン女史のプロジェクトを介してこれからも連携していけたら、という話に落ち着いた。話せばわかる、わかる感触がある、気持ちのいい男だった。
数日間のバンコクでの「生活」は結局、予定外の急な仕事がいろいろなところから舞い込んで、バンコクの街を楽しむような余裕はまるでなかった。チュラロンコン大学のオフィスで仕事を終え、馴染みのパッポンストリート(79話など)かルームサービスで食事を済ませ、ホテルでひたすら溜まった仕事に従事するという、久しぶりの「カンヅメ(16話、32話など)」さながらな滞在となった。
そんなバンコク滞在中も、寝る前にはやはり『幻獣ムベンベを追え』に目を走らせた。この旅の終盤、ひとりのコンゴ人の登場人物が、著者ら早稲田大学探検部のメンバーたちと仲良くなる。
やはりコミカルなタッチでこの人物の挙動が面白おかしく描出しているのだが、すぐ次のページで、この人物が、著者らのチームの支援物資をチョロマカしていたことが判明する。これは著者らのチームと現地チームの信頼関係を揺るがすような深刻な事態に発展するのではないか、とハラハラしながら読んでいたのだが、著者はそれをさしたることでもないようにサラッと躱(かわ)し、物語は進行した。
【プノンペンへ】
バンコクからシンガポールに戻ると、「ノベナ」という地区にとったホテルを拠点に数日間活動した。バンコク出発前に仕込んでいた事務手続きが、首尾良く完了していた。翌朝、あるオフィスに赴いて次のステップの手続きを進めるなど、いくつかの雑務をこなして、カンボジアのプノンペンへ飛んだ。
――この年の1月(163話)以来、およそ半年ぶり、2度目のプノンペン。
シンガポールからプノンペンに来ると、その物価の安さに驚愕する。シンガポールではジョッキ1杯10ドルはくだらないビールが、プノンペンの繁華街では1ドルもしない。
「ハッピーアワーは生ビール1杯0.75ドル!」という看板。ちなみに、ハッピーアワーは朝8時から夜11時まで、とあるので、実質いつもこの値段。この店が特別安いわけではなく、観光客向けの繁華街の店はどこも同じ値段だった。
それにしても、バンコクでもプノンペンでも、前回まではなかったはずの、空港での手続きがあった。バンコクでは「TDAC」という到着入国カード、プノンペンでは「Cambodia e-Arrival Card」への記入・提出がそれぞれ必要になっていた(ちなみにカンボジアの場合は、入国前にe-VISAの事前申請も必要)。
どちらの国も、外国人が入国するハードルが上がっている感じがある。
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