元日銀、FIRE志望のエコノミストが示す、FIRE増加社会の危険性とその処方箋『働く人が減っていく国でこれから起きること』(著:河田皓史)

取材・文/日野秀規 撮影/榊 智朗

「この調子なら、50歳でFIREできる見込みですね。FIREしたらやりたいことですか? ......うーん、ないですね」と語る河田皓史氏「この調子なら、50歳でFIREできる見込みですね。FIREしたらやりたいことですか? ......うーん、ないですね」と語る河田皓史氏

早期リタイア(FIRE)志向の定着で、この先日本では300万~400万人もの人手不足が生じる可能性がある。そうなれば物価が上がるだけではなく、必要なモノやサービスが手に入らなくなる未来が来るかもしれない――。

そんな衝撃的な未来を予測した新書『働く人が減っていく国でこれから起きること』が注目を集めている。

その内容もさることながら、著者の河田皓史(かわた・ひろし)氏本人が、人もうらやむ超エリートの道を歩んでいながら、自身のFIRE志向を公言しているからだ。FIREを目指す一方で、社会へのリスクをうたう。まるで自らを否定するような行動に打って出た著者に、その胸の内を聞いた。

* * *

――ご著書ではFIRE志向が日本社会を揺るがす可能性を指摘されています。ご自身の首を絞めるような内容の本を書いたきっかけは?

河田 純粋にエコノミストとして、全国民レベルでインパクトのある予測が得られた以上、それは世に出す必要があるだろうと考えたからですね。私がFIREしなければ世の中が丸く収まるのであれば別ですが、すでに20~30代の労働者の約4割が、できればFIREしたいと考えているという統計がありまして。

――そんなにですか!

河田 いまだに古い体質の会社がけっこう多いようで。偉い人に対する謎の忖度や、あまりに非効率で徒労感ばかりが募る社内の根回し、各種ハラスメントといった不愉快さが日に日に蓄積していった結果、日本のサラリーマンは世界有数の「会社嫌い」になっています。

そして同時に、結婚に至る道のりの大変さや世間からのプレッシャーの減少、共働きや教育費の高騰などで増大する一方の育児コストが立ちはだかり、非婚化が明確なトレンドになっています。

会社を辞めたくさせる土壌があり、大きな出費を避ける人生の選択肢があるなら、このふたつが結びついてFIRE志向が増えるのもムリはないかなと。

――なるほど......。ただ一方で、勤労は美徳であるという価値観も、まだ世間には根強いと思います。出版後はいろんな反響があったのでは?

河田 いろいろなメディアに取材していただいたのですが、年代によって反応がかなり違っていました。私と同年代かそれより下、30代前半までのインタビュアーの方は、本の内容を当然ありえることと受け入れて、「自分もできればFIREしたいです」という共感が多かった。

これがパッと見、40代後半以上の方になると「仕事ってそんなに嫌ですか?」「辞めて何するんですか?」という感じで、正直ピンときていないようでした。すでに日本の企業文化を内面化しているので、さほど不満に思うこともない、ということかもしれません。

――ある程度年輩の方々からすると、河田さんが東京大学を出て日本銀行に就職し、海外留学を経て現在はメガバンクでエコノミストという超キラキラなキャリアを歩んでいるのに、いったい何が不満なの?という思いもあるかも。

河田 外からはそう見えるのは否定できないにしても、そんな上澄みにいると思われている人間ですら、とっとと辞めたいと大っぴらに言うようになっているわけです。これはもう、日本の企業社会という大きな枠組み自体が末期症状なんじゃないかと、私個人は思っていますね。

ただ、これは決して今の勤務先について言っているわけではないということは、くれぐれも強調しておきたいのですが(笑)。

――河田さん個人が、FIREを考えるようになった理由は?

河田 先ほどお話ししたような日本企業特有の因習より、私の場合は長時間労働が本当に嫌になりました。これは日銀に限らないと思いますが、出世コースに乗り続けている限り、終電帰りのデスマーチが永遠に続きます。

実際のところ、日銀時代はずっと疲弊していたので、ストレス解消のための爆食や、大量飲酒に走っていました。

――そうなんですか!? 今の細身で落ち着いた、紳士的な印象からは想像もつきません。

河田 豚骨ラーメンチェーンが深夜までやっているものですから、仕事帰りに替え玉4回は日常でした。その後、家ではストロング系酎ハイを次々と空けて、将来の不安や不満をぼやかしてから、気絶するように寝てましたね。こんな生活で運よく生き延びたところで、仕事以外に何もない人生が、良い人生なんだろうかと。

ただその一方で、若手から白い目で見られる「働かないおじさん」にもなりたくないという、プライドも捨てられないんですよね。それで、第3の道としてFIREが浮上してきたという感じです。

――もうとにかくしんどかった、ということに尽きると。

河田 加えて、結婚願望がないのも大きいと思います。独身でいるとやっぱり仕事にアイデンティティを見いだしたくなるけど、疲弊するばかりでそれが得られない。いったい俺は何をしてるんだ?と、自問自答になるわけです。

――エリートならではの苦悩もあるんですね。となると、FIREはいつ頃可能になる予定ですか? その先で、河田さんがやりたいことはなんでしょうか。

河田 遅くとも50歳までには達成する見込みで、せっせと貯蓄と投資に励んでいます。その先にやりたいこと、ですか。やりたいこと、やりたいこと......(5秒ほど沈黙)。

――河田さん?

河田 はい、そうですね、やりたいこと......。

――ほら、例えば旅行とか、おいしいものを食べるとか。

河田 ......何がしたいって、ないんですよね。

――ない。

河田 思えば学生の頃から、予定はなければないほうがいい、極力予定は入れず家でダラダラしていたいと思ってきました。なので何がしたいというより、組織に所属することで起こるあらゆるストレスから脱却することがモチベーションになってる感じですね。

――寂しさも感じないですか。

河田 もともとひとりっ子ですし、ひとりでいることが苦にならないタイプでして。今思いついたんですけど、毎日予定がないわけなので、一度翌日を気にせず、生ガキをむさぼり食うのをFIRE後の目標にしようかな、と思います。

食あたりが怖くて、働いているうちは食べる勇気が出ないんですよね。結局、爆食になってしまいました。

●河田皓史(かわた・ひろし)
1987年生まれ、岩手県出身。みずほ総合研究所調査部 主席エコノミスト。2010年東京大学経済学部卒業。2015年米デューク大学大学院経済学修士課程修了(経済学修士)。2010年日本銀行入行。調査統計局や企画局などで経済金融調査や金融政策立案に従事。2025年7月より現職。専門は日本経済、金融政策。日本経済関連(金融政策、物価・賃金、景気循環、経済成長など)を中心にレポート執筆、文字メディアへの寄稿、映像メディア出演実績多数。本書が初の著書となる

■『働く人が減っていく国でこれから起きること』
朝日新書 957円(税込)
「なぜ働くことが嫌になっているのか」「みんな『一人』を選んでいる」「2050年のインフレリスク」......まるでディストピア社会を描写したかのような見出しが並ぶ本書において、みずほ総合研究所に所属する気鋭のエコノミストである著者は、日本の企業文化や経済・社会の病理を丁寧に腑分けしていく。その上で展開される、FIREを増やさない企業文化改革や非婚化を止めるアイデアの提言は、一読に値する

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  • 日野秀規

    日野秀規

    ひの・ひでき

    フリーライター、個人投資ジャーナリスト。社会経済やトレンドについて、20年にわたる出版編集経験を活かし幅広く執筆活動を行なっている。専門は投資信託や ETF を利用した個人の資産形成。
    X【@kujiraya_fp】

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