
坂口孝則
Takanori SAKAGUCHI
坂口孝則の記事一覧
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
フェンダー・ストラトキャスターは1954年に誕生したエレキギター。その使い手としてストラトの名と人気を世界中に広めた第一人者はイングランドが生んだ不世出のギタリスト、エリック・クラプトンだろう
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「楽器サプライチェーン」について。
* * *
楽器演奏が趣味のみなさん。私はギターとベースを弾く。現在、楽器が地政学とサプライチェーンの影響を受けていることをご存じだろうか。
まず、①ギターアンプ。使用されている真空管の多くはロシア製である。そもそも世界の民生用オーディオ真空管はほとんどロシア製だ。
真空管は超精密な手作業で電極を調整しながら生産する。高熱で密閉して真空にする特殊設備が必要で、また材料には取り扱いに慎重になるべきコーティング薬剤が使われ、市場も拡大していないので新規参入が難しい。ロシアの他は、スロバキア、中国と生産地が偏っている。
2022年にはじまったロシアのウクライナ侵攻はアンプ製造のサプライチェーンを混乱させた。ロシア製品の物流ルートが遮断し、アンプメーカーは生産中断の可能性があった。結果的に迂回(うかい)で輸入はできたが価格は高騰し、倍になった。しかも米国等は高額関税を課した。
そこで、米国のウエスタン・エレクトリック社は国内生産を開始すると宣言。ただ、2026年になってやっと一部の生産に目処(めど)がついた状況だ。4年もかかった。しかも音に関わる繊細な部分だ。今からアンプに代替真空管を載せて音をテストするなら、さらに数年かかるだろう。
一国への調達依存のリスクがここでも明らかになった。ロックミュージシャンは反戦を歌ったが、その演奏を震わす真空管がロシアに握られていたとは。そのことで真空管を使わないアンプシミュレーターが発展したのは皮肉だ。
次に、②フェンダーのストラトキャスター闘争。この話はストラトのシェイプが重要なので、エリック・クラプトン、あるいはCharさんが持っているギターの形を想像してもらうといい。フェンダーは米国企業で、中国のギターメーカーがストラトの模倣製品をドイツで販売していたため、ドイツの地裁に著作権侵害を訴えた。形が似ている、と。
フェンダーは欠席裁判で勝利した後、拡大解釈とはいわないが、類似したギターを欧州で販売する世界各国のメーカーに製造や販売の差し止めを求める警告書を送付した。パシフィカシリーズを販売する日本のヤマハも対象だ。欧州メーカーは猛烈に反発した。ストラトのシェイプを参考にはしているけれど、機能として同形状になるのは必然だ、と。
面白いのは、ギターの生産を受託する企業がインドネシアに固まっている点だ。
インドネシアは地理的に木材調達が容易で、かつて韓国のギター職人から技術を受け継いでいた背景があり、さらに労務費が安価。各社ともインドネシアで木材を大量調達し、ギターを大量生産することで、全世界のギター価格を低く保ってきた。
私はフェンダーの主張を否定するものではないが、他社がインドネシアでのストラト類似機のEU向け生産をやめると、「規模の経済」が消滅する。大量調達、大量加工によるコスト削減ができなくなり、ライバル潰しのはずが自社のコスト増につながるかもしれない。
それにしても、平和と愛を歌うミュージシャンにあわせてフェンダーも他社を許してほしいね。私も真空管が切れないうちに『ビート・イット』でも弾くか。ストラトのコピーモデルで弾かれた史上最高のソロ。曲名の意味は「失(う)せろ」だからな。