
川喜田 研
かわきた・けん
川喜田 研の記事一覧
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
主塔が完成したサグラダ・ファミリア
サッカーW杯で4大会ぶりの世界一に輝き、サグラダ・ファミリアの主塔も完成。今、ひときわ勢いを見せているスペインだが、実は経済も絶好調だ。
経済成長率はフランスやドイツを尻目に、ユーロ圏平均の2倍以上。かつては財政危機や高い失業率に苦しんでいた国に何が起きているのか。サッカーだけではない。スペインが今、かなりキテる秘密とは?
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サッカーW杯北中米大会決勝で前回王者アルゼンチンを破り、4大会ぶりに世界一となったスペイン。
近頃、この国からはサッカー以外にもさまざまな話題が届いている。
W杯優勝を飾ったスペイン代表
今年2月には、高さ172.5mを誇るサグラダ・ファミリアの最高塔「イエス・キリストの塔」の外観工事が完了。
外交でも、ペドロ・サンチェス首相が米トランプ政権やイスラエルに毅然(きぜん)と異を唱えるなど、存在感を示している。
何かと勢いを感じさせるスペインだが、実際にこの国は"キテる"のだろうか?
「今のスペイン経済が、EU(欧州連合)加盟国の中でも際立って好調なのは事実です」
そう語るのは、スペイン政治を専門とする南山大学教授の永田智成氏だ。
「観光業を追い風に、名目・ドル換算の1人当たりGDPは日本を上回る水準になっています。欧州委員会は今年のスペインのGDP成長率を2.4%と予測していますが、これはユーロ圏平均の0.9%の2倍以上。ドイツが0.6%、フランスが0.8%と低迷する中、スペインの成長率は際立っています」
スペイン代表のW杯優勝が決まった深夜の地下鉄。ユニフォームや国旗をまとったサポーターがあふれ、跳びはねながら歌って祝っていた
では、なぜスペイン経済はこれほど好調なのか。永田氏は「正直なところ、明確な理由はよくわからないんです」と前置きしつつ、いくつかの要因を挙げる。
「まずはインバウンド需要です。昨年、スペインを訪れた外国人観光客は、人口の約2倍に当たる9680万人と史上最高を記録しました。観光消費額も約1347億ユーロ(約25兆円)に上り、観光業はGDPの約12~13%を占めています。
その影響で、バルセロナやマラガ、カナリア諸島などでは、観光客の集中による"オーバーツーリズム"の問題も起きています。ただし、それは一部の都市や地域に限った話。首都マドリードでも家賃高騰などの影響はあるものの、国全体で見れば観光業の勢いをそぐほどの問題にはなっておらず、スペイン経済を力強く押し上げています」
スペイン経済を支えるもうひとつの要因が、積極的な移民の受け入れだ。
「2018年にサンチェス政権が発足してから、非正規滞在者が正規の在留・就労資格を得やすくする制度改革を進めてきました。今年4月から6月にかけては、大規模な在留資格の正規化措置も実施しています。
スペインの合計特殊出生率は、欧州主要国の中でも特に低く、24年は1.10。同年の日本の1.15を下回っています。それでも移民を積極的に受け入れることで、経済成長に必要な労働力や内需が支えられ、総人口も増加傾向にあります。
スペインと歴史的につながりが深い中南米諸国だけでなく、モロッコやルーマニア、中国などからも移民が流入しており、現在の総人口約4970万人のうち、外国生まれの住民は約1015万人。約5人に1人を占めています」
こうしたサンチェス政権の移民政策に対して反発や批判はないのだろうか?
「実は、スペインは欧州の中でも移民への抵抗感が低い国のひとつなんです。
もちろん、極右政党のVOXなど一部の右派は現在の移民政策を批判しています。一方で、左派に限らず、右派の中にも移民の受け入れを容認する声は少なくありません。
また、サンチェス政権が進めてきた在留資格の正規化は、移民を単に都合のいい労働力として扱うものではありません。社会保障制度に加わり、負担や義務を担ってもらう一方で、スペイン社会の一員として受け入れるという考え方です。一部の地方選挙では、一定の条件を満たす外国籍住民に、選挙権だけでなく被選挙権まで認められています。
とはいえ、スペイン社会にも外国人差別はありますし、ほかの欧米諸国と比べると、いわゆる"ポリコレの圧力"が弱いため、平気で差別的な言葉を口にする人も少なくありません。
ただし、それが組織的な移民排斥運動につながるわけではないのがスペインの特徴です。国土が広く、職種や社会階層によるすみ分けもはっきりしているので、それぞれが一定の距離を取りながら、ゆるく、なんとなく共存できている感じですね」
スペイン郊外に並ぶ風力発電機。2025年には、風力や太陽光などの再生可能エネルギーが国内発電量の約55%を占めた
観光と移民に加え、エネルギー事情もスペイン経済の追い風になっているという。
「25年には、風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーが、スペインの発電量の約55%を占めました。また、ロシア産の天然ガスについても、海上輸送による輸入規制には猶予期間が設けられたため、ウクライナ戦争の影響がこれまで相対的に小さかったことも有利に働いたでしょう。
ただし、スペインはフランスと並ぶ原発大国でもあり、国内の電力需要の約19%を原発が賄っています。サンチェス政権は35年までの脱原発ロードマップを掲げていますが、現在の電力は『再エネ+原発』が支えているのが現実だと思います」
ここまでの話を聞くと、好調なスペインの背景には、18年から中道左派政権を率いるサンチェス首相の手腕があるように思えてくる。
しかし、永田氏は「必ずしもそうとは言えない」と、サンチェス首相の功績とする見方には慎重だ。
「サンチェス氏は前政権を巡る汚職事件を受けた不信任決議によって首相に就任しました。ただ、彼が率いる中道左派の社会労働党(PSOE)は政治基盤が弱く、議会で安定多数を持っていないため、ほかの政党との連立や協力が欠かせません。
そのため、サンチェス政権は自分たちの政策を強力に推し進めてきたというより、常に連立相手の顔色を見ながら、その要求を受け入れることで、辛うじて政権を維持してきた面が強いんです。
例えば、スペインがベーシックインカムに近い給付制度(受給には所得制限あり)を導入したのも、当時の連立パートナーだった政党ポデモスを中心とする急進左派勢力の要求を受け入れた結果です。
そう考えると、サンチェス政権に確固とした政策があったというより、連立を維持するための、良く言えば柔軟な、悪く言えば節操のない(笑)、日和見的な姿勢が、結果的に8年以上続く長期政権につながったとも言えます」
中道左派政権を率いるペドロ・サンチェス首相。政権基盤が弱いため、連立相手の政策を柔軟に取り入れ、8年以上にわたり政権を維持してきた
一方で、そんなサンチェス政権が明確に存在感を示しているのが外交だ。
「スペインは、米トランプ政権による今年1月のベネズエラ侵攻や、イスラエルと共同で行なったイラン攻撃を公然と批判しました。
イラン攻撃の際には、国内にある米軍との共同使用基地の利用も拒否。その毅然とした姿勢は、ほかの欧州諸国にも大きな影響を与えました」
強気な外交姿勢の背景にも、スペインならではの事情があるという。
「まずスペインにとって、ベネズエラを含む旧スペイン領の中南米諸国は、いわば"自国の庭"というか"親戚"のような存在です。そこに土足で踏み込んで大統領を拘束・連行したアメリカを批判することは、左派、右派を問わず国内の支持を得やすかった。
また、スペイン王室は歴史的にアラブ諸国との関係が深く、アラブ諸国同様に政府もイスラエルに対して批判的です。
こうした強気な対米姿勢はトランプ政権の『報復関税』も招きましたが、EUの自由貿易圏に属するスペインだけを狙って関税をかけても、ほかのEU加盟国を経由することができるため、影響は限定的です。また、好調なスペイン経済が制裁の影響を吸収している面もあるでしょう。
さらに、スペイン企業は、旧植民地だった中南米諸国に強い事業基盤を持っています。スペインはEU単一市場の一員であると同時に、中南米との歴史的・経済的なつながりも深い。いわば、欧州と中南米を結ぶ位置にいることも、スペイン経済の強みです」
高い経済成長、積極的な移民政策、再生可能エネルギーの普及、そしてアメリカに安全保障を依存しながらも、言うべきことは言う外交姿勢。
長い歴史や王室の存在など、日本との共通点も少なくない一方で、今の日本とはどこか対照的に見えるスペインだが、その姿から日本が学べることがあるとすれば、なんだろうか?
「なかなか難しい質問ですが(笑)、あえて言えば"ゆるさ"や"いいかげんさ"。言い換えれば、柔軟さやバランス感覚かもしれません。
政治基盤の弱い中道左派のサンチェス政権が8年近く続いてきたのも、自らの政策に固執せず、連立を組む政党の要求を受け入れながら、絶妙なバランスを保ってきたからです。それが結果的に、国内の対立や社会の分断が決定的になるのを、ある程度は防いできたとも言えます。
こうした"ゆるさ"は、主張や意見の違いから対立し、右派に対する大きな対抗軸をつくれない日本の中道や左派政党とは対照的です。
サッカーでもそうですよね。スペインのサッカーは、スーパーストライカーひとりに依存するのではなく、今大会のMVPに選ばれたロドリや、かつてのイニエスタのようなミッドフィルダーが、試合の状況に応じて柔軟に動き、周囲の選手を生かしながらチーム全体のバランスを取る。それがスペインのスタイルです。
日本の政治や社会にも、現実に合わせて形を変える柔軟さと、異なる立場の間で折り合いをつけるバランス感覚が必要なのかもしれません」