デビュー以来、コンスタントに作品を発表し続ける金原ひとみ氏 デビュー以来、コンスタントに作品を発表し続ける金原ひとみ氏
金原ひとみ氏の最新作『ミーツ・ザ・ワールド』が1月5日に刊行。芥川賞を受賞した『蛇にピアス』で衝撃的なデビューをして以来、コンスタントに発表し続けるその作品は男女の内面を赤裸々にえぐる筆致と過激ともいえる性描写でも知られる。

しかし今作の主人公・由嘉里は意外にも腐女子、しかも処女――27歳で婚活を始めた合コンの夜、キャバ嬢・ライと運命的に出会い、ふたりの女の奇妙な同居が始まるが......。新境地ともいえる今作について語ったインタビュー前編に続き、書き続ける理由までを明かしていただいた!

――書くことで感情が整理され、自浄作用になっている?

金原 デトックスみたいなところはありますね。自分の中に溜まっているものを定期的に物語として構築していくことによって、自分が体験したことよりも効果的な見せ方もできるし、分析することもできるので。

やっぱり「書くこと」の作用ってものすごく大きいと思うんですよ。「語る」でもいいんですけど、言葉にすると整理のされ方がケタ違いなんです。言葉にする、文字にするということの大きさを常に噛み締めています。

――言葉にすることで、悩みの答えも見つけられたり......。

金原 ある程度突き詰めて考えれば、いずれはぼんやりとした答えにたどり着けると思っていて、「考えてもしょうがない」ってことはないと思うんですよね。

――「考えてもしょうがないじゃん」と言われがちですが(笑)。

金原 そこは「考えなきゃしょうがないじゃん」って思いますね(笑)。

――だからこそ、コンスタントに書き続けられるともいえる。

金原 そうですね。子供を産んだ後とか、ただただ育児をしなきゃいけなくて書けない時期があったんですけど、その時はつらすぎて死ぬかと思いました。溜め込み溜め込みで、自分が破裂しそうな恐怖がありましたね。やっぱり定期的に書かないと健康を保てない(笑)。

フランスに行った時も実生活で精一杯で、1年ぐらい小説をほとんど書かずに過ごした時も辛かったです。全然フランス語が喋れない状態で行ったので、生活すら精一杯で。

――逆に、すごい行動力かと!

金原 何考えてんだって思うんですけど、まあ英語が通じるかなと思って。みんな「英語喋れるよ」って話してくれるんですけど、すごいフランス語訛りで何も聞き取れなくて(笑)。しょうがないからフランス語をめちゃくちゃ勉強しました。

――その経験は『アタラクシア』に盛り込まれていますね。異文化で暮らすことで新しい価値観を知ったり、日本の変さに気付いたりも?

金原 相対的に見られるようになったのは大きかったですね。「フランス人だったらこう考える、こう動くよな」という想像が常に働くので。

やはり、自分のいるコミュニティの常識、価値観だけで世界を見ていると生きづらくなっていく一方なので。この人だったらこう言うかなとか、外国の人だけでなく、例えば小説の登場人物なんかでも、視点があればあるほど楽になると思います。

――それこそ、今作に繋がる"救い"の部分なのかと。ご自身も自由奔放に生きているイメージを持たれているかと思いますが、それについては?

金原 そこは選んできたというより、そうするしかなかったというところはあって。例えば、学校に行ってなかったことだって、行かなかったのではなく行けなかったわけだし。「こう生きるしかない」という消極的な選択を続けていたらこうなっただけなので、推奨できる生き方というわけでもなく(笑)。

フランスも突飛な発想から行ったのではなく、消極的な選択のひとつで、あの時はもう日本にいるのがつらくてしょうがなかったので、止むに止まれず......という感じでもありましたし。

――その選択の結果、そう悪くもないじゃん?という流れにいるような......。

金原 やってきたことが今の自分や自分の環境を作っているなというのは感じるし、周りの人が「こういう人」って思っているので、常識を求められたり社会的な要請を受けることもないので、楽ではあります。

――自分を理解してくれる人とうまく巡り合っている?

金原 そうなんですよね、やっぱり最初の段階でいろんな人が削ぎ落とされているので。

――削ぎ落とされて、というのもいい表現(笑)。

金原 昔、女性の作家の友だちが「男性作家はモテるけど女性作家は全然モテないよね」問題について話していて。やっぱり、ある程度ヤバい女だとは思われてるだろうし、小説に書かれるんじゃ、と抵抗のある人は多いんだろうねって結論になりました。まあ実際、書かれるというのはありますし(笑)。

――やはり書いてしまうと(笑)。人付き合いの中では、小説のために取材する感覚もあるのでしょうか?

金原 そこはちょっと微妙なところで......小説にするという回路がない形では、人と向き合うこと以前に、生活することすらできないだろうとは思います。「これを小説にしたら」という思考を持っている自分が必ずどこかにいるので、でもそれがあるおかげで現実に染まらずにいられるというか、流されずに済むところもあって。

それは私にとって大きな軸だし、支えになっているものなんですけど、人から見たら「それってホントに現実に向き合ってるの?」的な不誠実な態度に見えるんじゃないかという不安はちょっとあります。

――小説家という生業(なりわい)である以上、それはもう......。

金原 しょうがないところではありますね。

――そもそも若くして注目され、プレッシャーやしがらみもあったのでは?

金原 それはあまり意識せずに済んできたと思います。いわゆる作家コミュニティとか文壇とか、そういうものと距離を取っていたというのもありましたし。単純に小説を書くということを目指して生きてきたので。

――確かに、そういったコミュニティとは違う、市井の人としての体験に基づく生々しさが作品の魅力でもあります。

金原 日常生活に根ざした感情や関係性を書きたいと思ってやってきましたね。書評家やベテランの作家さんたちの視線を意識してたら、そんなに自由には書けなかったかもしれないし、デビュー当時は担当編集者が気を遣ってくれたのかなとも思います。

――ちなみに、アイデアが枯渇する感覚はないのですか?

金原 書き上げた後に「全部出し切った」という気持ちは常にあるんです。思いついたものは全部詰め込みたくなっちゃうので「これは次の小説のためにストックしとこう」というのもなくて、本当に何も残ってないっていつも思うんですけど。やっぱり、そのうちもやもやとしたものが溜まってきて、気が付くと新しい構想を考えています。

――結果、作品にその時の自分が如実に吐き出されている、と。その意味では、人と人がわかり合えない切実感がこれまではあったとして、今作では人に寄り添い、肯定するような"救い"をやはり感じます。それが今の心象でしょうか。

金原 そう思うと感慨深いものがありますね。由嘉里がいろいろな感情と自問自答の中で、すごく満足してる状態で終われたのは、私自身もホッとしていて。彼女に新しいコミュニティができて、そこには愉快な仲間たちがいて、凝り固まった視点を周りの人に少しずつぐいぐいと広げられて、そこにたぶん救われたんだと彼女が気づけて......。

いつか離れていく場所かもしれないけれど、それに対してはちょっと俯瞰(ふかん)したところから、自分の人生や生活を眺められるようになってるんじゃないかなと。

――孤独になったり疎遠になることがあっても、この時のこんな経験や思い出があるからこそ、死ぬ間際までやっていける、と......。

金原 そういう瞬間瞬間の詰め合わせかもしれないですね。今回、絶望的なラストにならなかったのは本当によかったと思います。これまでとは少し違って、愛すべき人々を書いたので。

●金原ひとみ
1983年、東京都生まれ。2003年、『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞、04年に同作で第130回芥川賞を受賞、ベストセラーとなる。12年にはパリへ移住、帰国後の20年に『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞受賞。21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞受賞

■『ミーツ・ザ・ワールド』〈集英社〉
死にたいキャバ嬢×推したい腐女子。二人の出会いが新たな世界の扉を開く――恋愛の新境地を描く意欲作!