
佐藤喬
さとう・たかし
佐藤喬の記事一覧
フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。
計画経済の必要性を訴える著者の斎藤幸平氏
資本主義批判という硬派な内容にもかかわらず、50万部超の大ヒット作となった『人新世の「資本論」』(斎藤幸平、集英社)。「新書大賞2021」を受賞したばかりか、19言語に翻訳されて世界中で読まれている。
今年4月、その続編となる本が出た。そこでは前著に続いて思想家、カール・マルクスについての新しい解釈を提示しながら、気候崩壊による破滅から人類が逃れる道として、「暗黒社会主義」という思想を提唱している。
昨今、弱体化しているといわれる左派を復権させる一冊になるだろうか?
* * *
――本著では、たくさんのデータを基に気候変動による社会の崩壊が間近に迫っていることが書かれていて、このままではヤバいことは理解できました。でも、そこから抜け出す手段が暗黒社会主義って......。
斎藤 この思想は、右翼的な「暗黒啓蒙」に対抗するためのものです。暗黒啓蒙とはアメリカを中心に広がっている非民主的・選民的な思想のことで、格差や環境危機の深刻化を前に民主主義を否定し、テック・エリートによる支配を肯定します。
極めて危ない考えなのですが、米国の政界やテック業界の思想の柱になってしまいました。なぜそれほど広まったかといえば、現代の破局的な状況についての理解に限っては、ある面で正しいからです。「地球も社会も持続不可能である」「人類全員を助けられるほどの余裕はない」と彼らは考えます。
一方でリベラル派の信じる、人類の「進歩」はもはや幻想です。気候崩壊によって資源・エネルギー・食料が不足する「恒久的な欠乏経済」の時代に突入する以上、人類の進歩や経済の成長はもはや続かないからです。
そういうシビアな「暗黒」の状況を認めながらも、暗黒啓蒙に対抗してより平等で民主的な社会を目指すのが、私の提唱する暗黒社会主義。その際、技術革新だけで危機を克服できるという妄信も一緒に切り捨てなければいけません。
――なぜですか。技術の進歩は環境対策に不可欠では?
斎藤 前著『資本論』や本著『黙示録』で検証したように、新しい技術も、発展途上国の人々や環境を犠牲にしてしまう。
例えば脱炭素対策に有効だといわれるEV(電気自動車)に必要なリチウムやコバルトは、中南米やアフリカの資源や労働者を搾取して調達されるものです。太陽光パネルを作るためにも、環境汚染の激しいレアアースが必要です。
市場に任せていれば技術が発展して気候変動や環境破壊が止まり、経済成長も続いていくと考えるのは欺瞞です。
だからこそ、脱成長が求められるわけですし、問題の根底にある資本主義にマルクスの力を借りて挑む必要があるんです。
――でも、マルクスとか資本主義批判とか聞くと、古くさい印象も受けてしまいます。
斎藤 ソ連の失敗を踏まえれば、いまさらマルクスなのかと最初は疑問に感じるのは当然。
ですが、私の研究している晩年のマルクスは、19世紀の時点で資本主義による地球環境の破壊に気がついており、「脱成長コミュニズム」を構想していました。そのことについて、今まで見過ごされてきた資料を基に論証したのが前著でした。
それに資本主義を批判し続けるのが重要なのは、それが現代社会の根幹を成すシステムだからです。
夏が耐えられないほど暑くなったのも、ケア労働の従事者の賃金が低いのも、すべて資本主義と関係があります。根本にあるゆがみを解決しなければ、身近な個別の問題も良くならない。
だからこそ資本主義ではない、新しい世界のビジョンを描く必要があると考えます。
――リベラルや左派が弱体化している今、斎藤さんの主張は受け入れられるでしょうか?
斎藤 むしろ逆で、左派が弱っているからこそ、私は本著を書いたんです。今の左派の大多数は都市部のエリート層で、「意識高い系」の理念を振りかざすだけ。労働者と連帯できていないんですね。
そこで必要なのが、民衆の心に訴える「左派のポピュリズム」なんです。現に、ニューヨーク市長には社会主義者ゾーラン・マムダニが就任し、欧米では左派ポピュリストが勢いを増しています。
一方で日本では、今年2月の衆院選で立憲民主党と公明党が合併した「中道改革連合」が大敗しましたよね。
私は、野党は「中道」ではなく、「左派ポピュリズム」を打ち出すべきだったと考えています。高市首相やトランプ大統領への高い支持率を見ても、今がポピュリズムの時代であることは否定できないので。
――なぜ日本の左派は、ポピュリズムを使いこなせないのでしょう?
斎藤 思想の「軸」がないからです。資本主義の根本的な問題に目を向けていないから、長期的なビジョンをつくれない。
だから私はこの本を、左派の軸となる理論を示すものとして書きました。左派がしっかりと立つために必要な背骨となる理論です。
――ただこの本は、読者から遠い話題も多く、ポピュリズムに欠かせない「わかりやすさ」がないようにも思うのですが。
斎藤 未来の危機の話をされても最初はピンときませんよね。でも、議論の大前提として書いた「恒久欠乏経済」も、イラン戦争のエネルギー・資源危機を経てリアルになってきていて、もはや遠い未来の話ではありません。
5年前の前著のときもそうでした。刊行直後は、気候危機という言葉も日本人には届いていなかった。ですが、あっという間に気候危機による災害が日本でも増え、現実が追いついてきました。
それに資本主義の問題は実は身近なことで、私たち皆が当事者です。だから、伝え方次第でこの本で警鐘を鳴らしている事態は共有できるはず。結局は、上手に伝えられる左派が日本に少ないだけなんですよ。
――では、左派にはまだ希望がある。
斎藤 ええ。前著を読んでくれた人たちは、それぞれのやり方で脱成長コミュニズムに向けた実践を始めてくれました。それはまさしく希望です。
ですから私の役割は、学術研究もしっかりやりながら、その枠に閉じこもらずにできるだけわかりやすく伝えること。
日本の左派の復権のためには、資本主義こそが「真のラスボス」であることを理解して対決するしかない。われわれが生き延びる道はそれしかないのです。
■斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ、東京都出身。経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism:{hlb}Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyによって「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』で「新書大賞2021」を受賞。同書は19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなった
■『人新世の「黙示録」』
資本主義が招いた気候崩壊の影響で、世界は極度の欠乏経済へと向かっている。資源の奪い合いが加速する中、テック・エリートに代表される富裕層らは自らの利益のために資本主義市場の中で利益の独占を狙う。このまま手を打たないと確実に訪れる「選民ファシズム」にあらがうため、私たちはどのような社会を目指せばよいのか? 豊富なデータと過去の事例を示しながら、現代で社会主義を実現するための道を示した「人新世」シリーズの第2弾
『人新世の「黙示録」』集英社 1870円(税込)
