買えないばかりか借りられない!? 都心マンション難民激増を待ち受ける「定期借家地獄」

文/桜井カズキ 写真/photo-ac.com

日本の賃貸契約では借主の権利が強く保護されてきたが、「定期借家契約」によって貸主が対抗しようという動きが鮮明になってきている日本の賃貸契約では借主の権利が強く保護されてきたが、「定期借家契約」によって貸主が対抗しようという動きが鮮明になってきている
首都圏の賃貸マンションで「定期借家契約」が急増中だ。アットホームの調査によると港区では4割弱に達し、特に70平米超の広い部屋ほど導入が進む。となれば、最も割りを食うのは、広さを必要とするファミリー層ということになる。

現に、そのしわ寄せを受けている家族がいる。港区の70平米超のマンションに暮らす会社員・田崎慎吾さん(仮名・43才)は、契約満了を前に大家から思わぬ通告を受けた。「月22万円の家賃を3万円上げる。応じなければ再契約はしない」というのだ。

「定期借家だとは分かっていましたが、契約のとき『再契約できますよ』と言われていたので、ずっと住み続けられるものだと思っていました。でも、いざ満了が近づくと『家賃を上げなければ再契約しない』と。再契約するかどうかは大家さん次第で、こちらに交渉の余地はない。子供の小学校もあるし、同じ広さの部屋を近所で探しても、どこももっと高い。結局、判を押すしかありませんでした」(田崎さん)

【借主の権利が制限される定期借家】

田崎さんを縛っていたのは「定期借家契約」だ。では、なぜ都心の広い部屋ほど"期限付き"で貸し出されるのか。

「定期借家で賃貸市場に出されている物件の多くは、そもそもは賃貸向けではなく所有者が自分たちが住むために購入された実需に基づくものです。海外転勤や子供の登校など、ライフステージの変化によって期限付きで貸し出したいというニーズによるもので、いずれはまた戻って住むケースが多い。港区などステータスの高いエリアほど、この傾向は強いです」

そう語るのは、不動産市況に詳しい経営コンサルタントの高橋健一朗氏だ。

そもそも、普通借家と定期借家はどういう違いがあるのか?

「日本の不動産の仕組みで言うと、貸すまでは貸主が強いですが、いったん貸したら借りた側が圧倒的に強くなる。普通借家で貸してしまうと、また住みたくなった時に出て行ってもらえないことが多々あり、今度は自分が住む家がない、ということになりかねません。だから期間を区切れる定期借家にしておくのです」(高橋氏)

家賃の値上げなど貸主側にとって都合がよいのも、定期借家が選ばれる大きなポイントだ。

「一番のメリットは、出ていってもらいやすくすることです。家賃の値上げに合意してくれない方や、いわゆる不良入居者への対策です。

今、あちこちの人から『次の更新で値上げを打診された』という声が飛び交っていますが、これは30年ぶりに起きていることです。30年前は物件が足りないから平気で上げられたんですが、その後は法律が借り手である居住者を守る方向に設計されて、大家には苦しい時代が続いた。

それがここ1~2年で反転し、家賃の値上げは今や既定路線と言ってもいいほどになりました。定期借家にしておけば、満了のタイミングで『来年から5000円アップ』などと言いやすい環境が作れるわけです」(高橋氏)

都内の物件では、すでに強気の交渉も珍しくない。

「『嫌なら出ていってくれていい』くらいの強気の大家さんも増えてきています。借りている方が『わかりました、出ます』と他を探しても、周りにはもうその家賃以上の物件しかない。『どっちにしますか?』という話になる。これが今、都心で起きている現象です」(高橋氏)

【契約書の熟読が不可欠】

では、田崎さんのように値上げを迫られたとき、借りる側に打つ手はないのか。カギは、普通借家と定期借家の決定的な違いにあると高橋氏は言う。

「普通借家なら家賃は双方の合意で決まるので、賢い方は『値上げを突っぱねられる』のです。大家は不服ならば裁判を起こすしかなく、たった数千円上げるために100万円の裁判費用をかけるのはナンセンスでしかない。だから家主が折れる。当社が管理していたビルでも、相場よりも破格に安いテナントに対して賃料増額を交渉しても、腕のいい弁護士がついている入居者は、更新のたびに1万円くらいしか上げられませんでした。定期借家には、その借り手の強さを貸主と対等にするくらいの機能があるんです」(高橋氏)

だからこそ、長く腰を据えて住みたいファミリー層ほど、契約前の確認が欠かせないと高橋氏は念を押す。

「まず確かめるべきは、あと何年住めるのか。ここは入念に聞いておいた方がいいです。あとは『再契約はできるのか』『そもそもなぜ定期借家なのか』。転勤による定期借家なのか、家主が追い出しやすくするための定期借家なのか。よくあるのは、『この建物は古いから10年後に建て替える計画がある』なんてケース。お子さんのいる家庭なら、転校のリスクなども勘案しておくべきですね」(高橋氏)

定期借家契約にあたっては、更新や値上げなどの条件を慎重に確認することが重要だ定期借家契約にあたっては、更新や値上げなどの条件を慎重に確認することが重要だ
この流れは、どこまで進むのだろうか?

「特に都心では、この風潮は続くはずです。欧米では定期借家のほうが一般的で、普通借家で貸すほうが珍しいくらい。日本もその方向に流れている。ただ、全部が定期借家になるかと言われれば、そうではないでしょう。

定期借家が主流になれば『うちは普通借家で貸せますよ』ということが、逆にメリットになる。大家も商売ですから、必ずバランスは取られるはずで、定期借家が借家契約全体の5割を超えることはないとみています」(高橋氏)

不動産高騰が賃貸の契約形態にまで影響を与えるようになった今、改めて大切なのは地に足のついたライフプランの設計といえそうだ。

●高橋健一朗
株式会社アイ・コーポレーション代表。不動産賃貸管理を主軸に、経営コンサルティングやリフォームなども手がける。全国の賃貸物件の管理に携わり、賃貸契約や入退去のトラブルにも精通する。

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