
榊淳司
榊淳司の記事一覧
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数
空中族による綱渡り的なタワマン住み替えは、合理的な資産形成なのか、はたまた地に足のついていない綱渡りなのか‥‥
東京都心や湾岸エリアのマンション市場で、価格上昇の「頭打ち感」が広がり始めた。「もはやこれ以上、価格は上がらないだろう」というのは、不動産業者の共通認識になりつつある。
不動産調査会社の東京カンテイによると、3月の東京都心の中古マンションの平均価格は2カ月連続で前月比マイナスになったことも、そうした認識を裏付ける事象のひとつだ。
そんななか、蒼ざめた表情で市場を眺めているのは「空中族」と呼ばれる人々である。空中族とは「主に湾岸エリアなどのタワーマンション(タワマン)高層階を転売し、その値上がり益を原資に、より良い部屋へ買い替えを繰り返す人々」のことだ。
空中族のタワマンからタワマンへの綱渡りは、需要が継続し、価格が上昇し続ける局面であれば資産形成術としても有効だったかもしれない。ところがマンション市場の頭打ち感がひろがるなか、一部の空中族が顔面蒼白状態に陥っている。新たに購入した物件の引き渡しが迫っているにも関わらず、今住んでいるマンションが思うような価格で売れずに困っているのだ。
たとえばこんなケースだ。空中族のA氏は現在、5年前に購入した江東区湾岸タワマン(購入価格9000万円、ローン残高約8000万円)に居住中だ。しかし、空中族の習性に従い、今年7月引渡し期限の中央区湾岸タワマン(契約価格1億7000万円)への買い替えを決め、すでに手付金1700万円を支払った。
彼は居住中のマンションを1.7億円で売却するつもりで、昨年後半から売り出したが、中々成約できず、今では1.5億円まで値を下げた。居住中なので毎週土日には内見がある。その度に部屋を整理して奥さんと子どもには外出させて、自分が立ち会っている。でも、中々決まらない。内心、かなり焦ってきている。
しかし、時間が経てば経つほど今住んでいる江東区タワマンの価格が下がっていくような気がしてならない。
「もしこのまま売れずに7月引渡しがやってきたらどうしよう」
それを考えると夜も眠れなくなるのだ...・・・。
売り出し価格は右肩上がりを続ける一方、成約価格は頭打ちが伝えられるマンション市場。両者の「溝」に墜落してしまう人もいるという
都心や湾岸のマンション価格が上がり始めたのは2013年頃からである。第二次安倍内閣が始めたアベノミクス「3本の矢」のひとつ、「異次元禁輸緩和」がそのキッカケだった。以来、徐々に上がり始めたマンション価格も2020年の東京五輪の閉幕で終わるはずだった。
ところが、にわかに世間を騒がしたのが新型コロナのパンデミックだ。慌てた安倍政権は「真水100兆円、事業規模100兆円」という大型経済対策を打ち出し、2020年と翌21年に実施。この「200兆円」がそのまま消費に回れば日本のGDPは2年間で合わせて200兆円分増えたはずである。経済成長にしたら8~%から9%プラスということになる。
ところが実際は2020年はマイナス、21年はわずかにプラス。200兆円はどこに消えたのか?
GDPは新たに生まれた付加価値をカウントする。中古マンションや既存のビルなどの売買はGDPに寄与しない。つまり、この200兆円の大半は既存の不動産取引と貯蓄に吸い込まれた、と推定される。
2022年頃からの湾岸タワマン市場はこの勢いを得たせいか、異様な高騰を見せる。空中族A氏が2021年に江東区タワマンを購入した当時、まだ高騰は緩やかだった。しかし、買った途端に大きく上がりだした。一時、同様の物件が2億超で売り出されていた。後から考えれば、それはただの「売り出し価格」であり、制約価格とはベツモノだったのだが・・・。
ただ、その時は気をよくしたA氏は「この住戸も2億近くで売れる」と踏んで、売り出された中央区の人気物件に申し込みを入れた。運よく十数倍の抽選を潜り抜け当選。彼は貯金をかき集めた上に、親兄弟から借金までして1700万円の手付金を払った。
ところが、今住んでいるマンションの市場価格がジリジリと下がり始めたのである。このまま7月の引渡しを迎えると、A氏には2つの選択しかなくなる。
1 新たなローンを組んで購入した中央区の新築タワマンに引っ越し
2 1700万円の手付金を放棄して中央区の新築タワマン購入を断念
1の場合は、江東区の現居住中タワマンが売却できるまでダブルで住宅ローンを払い続けることになる。それはかなりきつい。数カ月も続けられないだろう。
実際のところ、今住んでいるマンションが1.1億円以上で売却できれば実損はほとんど出ない。しかし、期待した数千万円の売却益は得られない。新しい中央区新築タワマンの住宅ローンの負担は以前の2倍以上。払い続ける自信はない。
2の場合、親兄弟から借りた1千万円以上の返済負担が新たにのしかかる。どちらにせよ、A氏の負担増は免れそうにない。
以上、現実の市場と実際に見聞きした情報をもとに想定したシミュレーションにはなるが、同様の境遇にある空中族は少なくないはずだ。
マンション価格はいつまでも上がり続ける、ということはあり得ない。それは神話である。ところが、空中族たちはその「神話」を信じた。それが今、崩壊しかけているのである。
もしかしたら、最後のジャンプに失敗した空中族の墜落が、今後は多発するかもしれない。