夏の地方大会が本格化する中、全寮制の公立校や大手予備校が運営する新設校など、個性豊かな注目校が続々。甲子園を目指す異色の高校を紹介したい。
【「下剋上球児」第2章。今度の主役は昴学園】
今春、高校野球界でひそかに異変が起きていた。三重県の春季大会で、昴(すばる)学園という耳なれない高校が初優勝を遂げたのだ。校名からして私立高校と思いきや、実は県立高校である。しかも、全校生徒の大半が寮生活を送る、かなり特殊な環境だ。
昴学園を率いるのは、東拓司(ひがし・たくし)監督。前任の白山(はくさん)では、夏の三重大会で10年連続初戦敗退という弱小校を強化し、2018年夏の甲子園出場に導いた。
その快挙を記した書籍『下剋上球児』(カンゼン)はTBS日曜劇場でテレビドラマ化されている。かつて夏の三重大会で16年連続初戦敗退という弱小校だった昴学園でも、東監督は再び「下剋上球児」を育て上げている。
【昴学園高校(三重県)】1995年に全国初の全寮制総合学科を設置した県立校。野球部は部員不足に悩む時期もあったが、かつて県大会10年連続初戦敗退だった白山高校を甲子園へと導き、ドラマ『下剋上球児』のモデルにもなった東拓司監督が2023年に赴任。今春の三重大会を制した
指導体制もまた、ドラマチックだ。東監督を支えるベテラン指導者・冨山悦敬(よしたか)コーチは、かつて白山と三重大会決勝を戦った松阪商の元監督。ドラマ版にたとえるなら、鈴木亮平扮する南雲脩司(なぐも・しゅうじ)と松平健扮する賀門英助(がもん・えいすけ)がタッグを組んだようなものである。
昴学園のある多気郡大台町(たけぐんおおだいちょう)は、町全域が生物多様性の保全を目的とするユネスコエコパークに登録されている。校舎の周囲は鬱蒼とした緑に覆われ、北側には美しい清流で有名な1級河川・宮川が流れるが、少子高齢化・過疎化のため、1学年80人の募集定員を下回り、廃校の危機がささやかれた時代もあった。
だが、今や野球部には約90人の部員が集まり、活況を呈している。地域住民による私設後援会「昴学園野球部を応援する会」も立ち上がり、昴学園の野球部は大台町の希望になりつつある。
エースの石川大介(おおすけ・3年)は、昨夏の三重大会で名門・三重高を完封した実戦派右腕で、強豪大学からスカウトも受けていた。だが、本人は高卒でのプロ入りを熱望。ドラフト会議で指名漏れだった場合、実家のすし店ですし職人として働く意向を示している。
昴学園高校
今夏の組み合わせ抽選の結果、昴学園は白山と宇治山田商の勝者と初戦を戦うことに。いずれも手ごわい相手だが、もし白山が勝ち上がった場合はドラマ性に拍車がかかることは必至。ほかにも津田学園など、強豪校がひしめく激戦ブロックに入っている。
【校内で活動している部活は野球部のみ】
今夏の甲子園出場を狙える特殊な高校といえば、日高中津(ひだかなかつ)も外せない。和歌山県大会で昨秋はベスト4、今春はベスト8に食い込んだ。西武などで活躍した大砲・垣内哲也の出身校として知られる。
校舎は日高郡日高川町にあり、日高高校の中津分校として設置されている。1997年春には分校として史上初めて、甲子園に出場した。
【日高高校中津分校(和歌山県)】西武で活躍した垣内哲也や、現在オリックスでプレーする入山海斗ら、これまで6人のプロ野球選手を輩出。1997年春には分校として初の甲子園出場を果たした。部活動は野球部しかなく、現在も全校生徒39人中38人が所属。昨年秋は県大会ベスト4、今春はベスト8と好成績を挙げた
校内で活動している部は野球部しかない。それもそのはずで、全校生徒39人中、野球部員が38人を占める。山々に抱かれたグラウンドには柔らかな日の光が降り注ぎ、神秘的な空間をつくり出す。
日高川町は中島大輔(楽天)や西川史礁(みしょう/ロッテ)の出身地でもあり、実は野球どころでもある。だが、両選手とも龍谷大平安(京都)に進学したように、有望な選手は地元を離れる傾向がある。
一方で、日高中津は学校に寮が併設されており、大阪府や県内の自宅から通えない地域から選手が流入してくる。若者に選ばれる地域になることは、自治体としての存亡にも関わってくる。それだけに、地域住民の日高中津野球部への期待は熱い。
高校球界の異端チームといえば、武田(広島)も見逃せない。学業最優先の方針のため、平日の全体練習の時間はわずか50分程度。それなのに、武田は広島県内でダークホースと恐れられている。
【武田高校(広島県)】大学進学を重視するため平日の全体練習は50分で、グラウンドも他部と兼用のため使用できるのは内野程度の広さだけ(写真)。それでも岡嵜雄介監督の指導の下、科学的トレーニングとデータ分析で成長を促進し、これまで谷岡楓太、内野海斗と2人の選手をプロへ送り出した
武田高校
中学時代に実績がある選手が入ってくるわけでもない。アイデアマンの岡嵜雄介(おかざき・ゆうすけ)監督の指導の下、選手たちは次々に才能を開花させていく。
例えば投手なら、140キロの速球を投げるために何が必要か、筋力や柔軟性など具体的な数値条件を挙げて可視化している。細かく設定された目標数値をクリアしていくと、選手は劇的に進化していく。過去にNPB球団から2選手が育成ドラフト指名を受けるなど、毎年のようにドラフト候補を育成している。
武田高校
近年は佐々木麟太郎(スタンフォード大)のように高校卒業後にアメリカの大学に進学する例も目立つが、武田では複数の部員がアメリカの大学に渡るケースもある。常に高校野球界のトレンドを先取りしているチームだ。
【予備校発!? 四谷学院が高校野球界に参戦】
関東に目を移すと、幸福の科学学園(栃木)が異彩を放っている。宗教団体・幸福の科学が創立した高校で、那須郡那須町(なすぐんなすまち)の山中に立つ教団施設の隣に校舎がある。
【幸福の科学学園高校(栃木県)】宗教団体・幸福の科学が創立した全寮制の学校で、2010年に開校
昨年には「プロ注目のドミニカ共和国人バッテリーがいる」と話題になった。元中日監督の森繁和氏によって橋渡しされたドミニカ人留学生が、日本の高校野球を学んで急成長。
13歳で野球を始めたエミール・プレンサは昨夏の栃木大会でサヨナラ満塁本塁打を放つなど、大活躍。同年秋のドラフト会議でソフトバンクに育成指名されている。
幸福の科学学園高校。昨年夏は元中日監督で同校の特別コーチを務める森繁和氏が橋渡し役となってやって来たドミニカ共和国からの留学生、エミール・プレンサとユニオール・ヌニエス(写真)の活躍もあって、県大会ベスト8進出を果たした
ドミニカ人留学生コンビが引退した後も快進撃は続き、昨秋は栃木ベスト4に進出。現在も外国人留学生は在籍しているが、決して有望選手を積極的にスカウトしているわけではない。高い次元で学業と両立している選手も多く、今後も高校野球界に新風を吹かせる可能性は十分ある。
幸福の科学学園高校
隣の茨城県では、四谷学院という新たな個性派野球部が誕生した。大手予備校の四谷学院が通信制高校を開校。今春から、四谷学院の教育ノウハウを活用する野球部1期生が始動した。
大谷翔平(ドジャース)が高校時代に64項目にまたがる目標設定シートを書いたことは有名だが、このシートはカリスマ教育者の原田隆史氏の「原田メソッド」が基になっている。原田氏は四谷学院の理事を務めており、野球部にも原田メソッドが注入されている。今夏は1年生だけでの大会参加になるが、いずれ四谷旋風が吹き荒れる日が来るかもしれない。
通信制高校といえば、近年ではクラーク記念国際(北海道)、エナジックスポーツ(沖縄)、未来富山(富山)など、甲子園出場校が増えている。特にエナジックスポーツはユニークで、野球以外にもゴルフ、ボウリングなどが強化指定部になっている。
通信制高校の場合は「野球ばかりやっている」という批判がつきまとうが、エナジックスポーツは資格試験の勉強にも注力している。日本情報処理検定に多数の合格者を出すなど、野球だけでなく社会で即戦力になれる人材の育成を進めている。
最後に紹介したいのは、問題山積の廃校寸前から甲子園常連校へと進化した創成館(長崎)である。理事長であり校長でもある奥田修史(なおふみ)氏が改革を推し進め、社会人球界で実績のあった稙田龍生(わさだ・たつお)監督を招聘。九州屈指の強豪へと育て上げた。試合になれば奥田氏が自ら太鼓を打ち鳴らす光景は今や名物になっている。
【創成館高校(長崎県)】廃校寸前とまでいわれた学校から、理事長兼校長の奥田修史氏(下写真)が次々と改革を断行し、長崎屈指の人気校に。また野球部は、社会人野球で実績を積んだ稙田龍生監督を招聘。今や九州屈指の強豪校として知られ、奥田氏自ら太鼓を打ち鳴らす熱烈な応援も名物となっている
創成館高校。理事長兼校長の奥田修史氏
諫早(いさはや)市にある学校の前には、強烈な看板がある。まるで宇宙観測所のような巨大なアンテナの下に、創成館の校名とともに「選ばれ続ける学校」「トップクラスの人気校!」とキャッチフレーズが並ぶ。
創成館高校
創成館高校
出るくいは打たれるが、もはや出すぎたくいは打たれない。本稿で紹介した〝クセ強〟な高校も、いずれ創成館のような「出すぎたくい」になる可能性は十分にある。