板倉 滉「移籍はあくまでご縁とタイミング、そしてフィーリング」 板倉 滉「移籍はあくまでご縁とタイミング、そしてフィーリング」

独1部ボルシアMGと日本代表で先発フル出場を繰り返し、大活躍の24-25シーズンを過ごした板倉 滉をドイツで直撃。過熱する移籍報道と1年後に迫る北中米W杯について、心の内を語ってもらった。

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■ケガなくプレーできてよかった

5月17日(現地時間)、ブンデスリーガ最終節。板倉 滉が所属するボルシアMGはホームにヴォルフスブルクを迎えるも0-1で惜敗。しかし、ミックスゾーンにチームメイトのFW福田師王と共に姿を現した彼の表情はどこかすがすがしさを感じさせた。

「最後はきっちり勝って締めくくりたかったけど......。でも、今季はとにかくケガなくやってこられたのが何より」

23年10月、それまでずっと痛みを抱えていた左足首を手術。リハビリを経て24年1月には日本代表のアジア杯に出場するも準々決勝で無念の敗退。クラブでは残留争いに巻き込まれ苦難が続いた。それに比べ、24-25シーズンはいい状態で発進できた。

「痛みがないって、気持ちがめっちゃ楽。だから、今季はストレスなくプレーできたのがデカかった。もちろん調子がいいわけだから、トレーニングでもエクストラでこんなことを練習してみようって欲も出てくるので、どんどん前向きになりましたね」

5月13日、最終節に向けた公開練習が行なわれた。この日、メインとなった練習メニューは7対7のミニゲーム。板倉は福田師王と同じチームに割り振られると的確なパスを供給し、後輩の得点を演出するシーンが印象的だった 5月13日、最終節に向けた公開練習が行なわれた。この日、メインとなった練習メニューは7対7のミニゲーム。板倉は福田師王と同じチームに割り振られると的確なパスを供給し、後輩の得点を演出するシーンが印象的だった

練習が午前で終了すると、板倉は行きつけのイタリアンでいつものアラビアータを頼み、昼食を楽しんだ 練習が午前で終了すると、板倉は行きつけのイタリアンでいつものアラビアータを頼み、昼食を楽しんだ

実際、加入して3年目の今季は3試合を除いてリーグ戦31試合に先発フル出場。ヘディングやドリブル突破で技ありのゴールも決めてきた。チームも終盤の第29節から3連敗を喫するまでは上位争いを演じ、欧州カップ戦の出場権も見えていた。

「開幕(24年8月24日)前、この連載の第22回でも話したとおり、やはりFWクラインディーンストやMFサンダー、MFシュテーガーの加入が効果的だった。経験をしっかり積んだ選手が入ると、サッカーも全然違ってくるんです。特にサンダーの存在は大きかった。彼がベンチにいるだけで、チームの雰囲気がガラッと変わったので」

5月17日のヴォルフスブルク戦、板倉はフル出場するもチームは0-1で敗戦。最終順位は10位だったが、シーズンを通して新加入選手との融合など、手応えを感じた部分もあったという 5月17日のヴォルフスブルク戦、板倉はフル出場するもチームは0-1で敗戦。最終順位は10位だったが、シーズンを通して新加入選手との融合など、手応えを感じた部分もあったという

結果は勝ち点45の10位。欧州カップ戦の出場圏内の6位には届かなかった。板倉はこう振り返る。

「一年を通して見たら、昨シーズンよりもはるかに勝ち点を積み上げられたので、そこはポジティブにとらえたい。

でも、僕も含めてチームとして戦うときに、試合の入り方だったり、ここは守備をサボっちゃダメだとか、踏ん張らないといけない場面だとか、そういうところでの物足りなさ、弱さがあったかなと。優勝争いや上位争いといった張り詰めた状況での経験がもっと必要だと感じましたね」

シーズンが終了し、まず板倉が語ったのは、ケガなく終われたことの安堵感。前シーズンの苦労の大きさがうかがえた シーズンが終了し、まず板倉が語ったのは、ケガなく終われたことの安堵感。前シーズンの苦労の大きさがうかがえた

■W杯出場最速決定の原動力はあの〝敗戦〟

並行して、日本代表では来年の北中米W杯出場を懸けたアジア最終予選の8試合に、DFの要として休みなくスタメン出場を続けてきた。今年3月20日、バーレーン戦で勝利し、世界最速で本大会出場が決定。その間6勝2分け、失点はわずか2点だ。

「日本代表は、とにかく皆がピリッとしていた。緊張感というのが常にあった。結果だけ見れば、例えばホームの対中国戦(24年9月5日)みたいに7-0と大勝した試合もあるけれど、気を緩めることなんてしなかった。

やっぱり、アジア杯での苦い記憶があるから。僕はPK献上という大失敗をしたけど、あの経験があったからこそ、自分はもっと変わらないといけないと思えた。このままじゃいけないんだって」

来年のW杯で上位を目指す中、激励のために代表チームを訪問した岡田武史元日本代表監督の談話で皆がいっそう気を引き締めたという。

「中南米の国々は、国はもちろん、一族全員の生活も背負って死に物狂いで戦う選手が大勢だからメンタリティが違うんだと、岡田さんからそうお聞きして。

僕らもアジア最終予選では順調に勝ってきた分、それが当たり前だって、どこか慢心しているかもしれない。それじゃ本大会ではとうてい勝ち進めないよねって(堂安)律や(南野)拓実君たちと話したんです。やっぱり次こそはベスト8以上、いや優勝を目指したいんで」

■「どの国のリーグでとかはまったく関係ない」

そして現在、盛んに取り沙汰されているのが、板倉の〝今後〟についてだ。ここから本格化する移籍市場において、ドイツの強豪やイングランドのチームなど、臆測報道が飛び交っているが、当の本人はどう思っているのか。

「僕の中では、ずっと一貫しています。真摯に欲しいと言ってくれる、必要としてくれるチームならば、お話を伺いたいということ。

イングランドのプレミアリーグもずいぶん報道されているようだけど、僕としてはどこの国のリーグとかはまったく関係ない。移籍するしないに対して固執するのも違うと思うし。あくまでご縁とタイミング、そしてフィーリングです」

板倉は28歳。サッカー選手としては一番脂が乗っている時期だ。そんな大事なタイミングならば、チーム選びもより慎重になるはず。最後にそれを聞いてみた。

「それはある。僕自身、完成されたわけじゃないけど、やっぱりこれまでのキャリアによって積み重ねてきたものをしっかり出せる場所でプレーしたいです」

果たして、ビッグニュースはあるのか。今後の動向に注目したい。

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板倉滉

板倉滉いたくら・こう

1997年1月27日生まれ、神奈川県出身。日本代表CB。川崎Fでプロ入り、2019年に1シーズン在籍したベガルタ仙台からイングランド1部マンチェスター・Cへ移籍。その後、オランダ1部フローニンゲン、ドイツ2部シャルケを経て、現在はドイツ1部のボルシアMGに在籍。

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高橋史門

高橋史門たかはし・しもん

エディター&ライター。1972年、福島県生まれ。日本大学在学中に、『思想の科学』にてコラムを書きはじめる。卒業後、『Boon』(祥伝社)や『relax』、『POPEYE』(マガジンハウス)などでエディター兼スタイリストとして活動。1990年代のヴィンテージブームを手掛ける。2003年より、『週刊プレイボーイ』や『週刊ヤングジャンプ』のグラビア編集、サッカー専門誌のライターに。現在は、編集記者のかたわら、タレントの育成や俳優の仕事も展開中。主な著作に『松井大輔 D-VISIONS』(集英社)、『井関かおりSTYLE BOOK~5年先まで役立つ着まわし~』(エムオンエンタテインメント※企画・プロデュース)などがある。

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