アメリカ人にフランス語を話させるのをやめさせたウイルス 【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

文/佐藤 佳

2026年4月28日、アメリカ・ワシントンDCのホワイトハウスで開かれた国賓晩餐会。そこで交わされた、イギリスのチャールズ国王とアメリカのトランプ大統領のやりとりから、話は18世紀の英仏戦争、アメリカ独立戦争、ナポレオンのルイジアナ売却、そして、カリブ海のとある島で起きた、とある感染症のアウトブレイクへ――。アメリカ人がフランス語を話さなくなった背景には、実はウイルスが関係していた!?(イラストはAIで生成)2026年4月28日、アメリカ・ワシントンDCのホワイトハウスで開かれた国賓晩餐会。そこで交わされた、イギリスのチャールズ国王とアメリカのトランプ大統領のやりとりから、話は18世紀の英仏戦争、アメリカ独立戦争、ナポレオンのルイジアナ売却、そして、カリブ海のとある島で起きた、とある感染症のアウトブレイクへ――。アメリカ人がフランス語を話さなくなった背景には、実はウイルスが関係していた!?(イラストはAIで生成)

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第177話

アメリカはなぜ英語の国になったのか――。その裏には、戦争でも外交でもなく、カリブ海で猛威を振るった「ある感染症」の存在があった。

* * *

【晩餐会でのチャールズ国王の「イギリスジョーク」】

「――大統領、あなたは最近、『アメリカがいなければ、ヨーロッパ諸国はドイツ語を話していただろう』とおっしゃいました。しかしあえて申し上げれば、私たちがいなければ、あなた方はフランス語を話していたでしょう」

これは、2026年4月28日、アメリカ・ワシントンDCのホワイトハウスで催された国賓晩餐会での、イギリス国王・チャールズ3世の発言である。

アメリカ・トランプ大統領が以前からよく使っていた、「アメリカがいなければヨーロッパはドイツ語を話していただろう」という第二次世界大戦絡みの言い回しに対して、チャールズ国王が晩餐会スピーチの中で返したものだ。

イギリス国王のこの発言の背景には、1754〜1763年の「フレンチ・インディアン戦争(七年戦争)」がある。

「フレンチ・インディアン戦争」の舞台は北アメリカ大陸。その大西洋側(つまり東側)で繰り広げられたイギリスとフランスの戦争で、そもそも当時はまだ「アメリカ合衆国」という国はなかった。イギリス軍がフランス軍を破り、フランスは、カナダなどの北アメリカ大陸での大きな勢力圏を失った。

この史実を引き合いに出して、チャールズ国王は、「イギリスがいなければ、アメリカはフランス語圏になっていたかも」、つまり、「アメリカが英語圏になったのは、イギリスがフランスを打ち負かしたおかげ」、というイギリス人らしい教養に満ちた皮肉を、アメリカ大統領夫妻の前で披露したのである。

【1803年、アメリカの「ルイジアナ購入」】

北アメリカ大陸をめぐる領土争いは、この18世紀半ばの「フレンチ・インディアン戦争」で終わりではなかった。

1776年、独立戦争を経て、アメリカ合衆国がイギリスから独立を果たす。この背景には、「フレンチ・インディアン戦争」で財政難に陥ったイギリスの財政危機の解消があったとも言われている。

すると1803年、独立したての若いアメリカは、当時のフランスの将軍ナポレオンにある商談をもちかけた。当時はフランス領にあった、ミシシッピ川の河口にある港町「ニューオーリンズ」を売ってほしい、と。

この港を押さえることができれば、アメリカは、内陸部でつくられた農産物を、ミシシッピ川をつたってメキシコ湾へと運び、そこから大西洋世界の市場へ送り出すことができるようになるからだ。

――しかし、ナポレオンからの回答は、アメリカの想像と期待をはるかに超えるものだった。

なんと、ニューオーリンズはおろか、北はカナダ国境から南はメキシコ湾まで、西はロッキー山脈から東はミシシッピ川までの広大なフランスの領土をまとめて売る、というのである。

「ルイジアナ購入」によってアメリカ合衆国が得た領土。アメリカ議会図書館所蔵の画像を引用・改変。赤く塗られた領域が、1803年にフランスからアメリカへ売却された領土。参考まで、当初アメリカが欲しかった港町「ニューオーリンズ」は青い星印のところにある。「ルイジアナ購入」によってアメリカ合衆国が得た領土。アメリカ議会図書館所蔵の画像を引用・改変。赤く塗られた領域が、1803年にフランスからアメリカへ売却された領土。参考まで、当初アメリカが欲しかった港町「ニューオーリンズ」は青い星印のところにある。

「ルイジアナ購入」と呼ばれるこの歴史的商談によって、アメリカ合衆国は、214万平方キロメートルという、当時の領土をほぼ倍増させるほどの広大な土地を、たった1500万ドルで購入することに成功したのである。東京ドーム約20個分、1平方キロメートルの土地が7ドル、という超破格の「投げ売り」だった。

これによってアメリカ合衆国は、国土を倍以上に広げることで、大西洋岸の若い国から大陸国家へと変貌を遂げたのだった。

......と、それにしてもフランスは、なぜこれほどの広大な土地を叩き売りしたのだろうか?

【フランスの「ルイジアナ売却」の裏事情】

もともとナポレオンは、北アメリカ大陸に、フランス帝国を再建するつもりだった。地図の赤い地域を持っていれば、港町ニューオーリンズを出口にして、北アメリカ大陸の内陸交易や農産物、軍事拠点をまとめて支配できる。

当時、世界の海を支配していたのはイギリスで、フランスとイギリスの戦争が再燃しようとしていた。戦争するにはお金がいる。それを捻出するために、このルイジアナと呼ばれる広大な土地をアメリカに売り払ったのである。

そうまでして軍資金をかき集める必要があるほど、当時のフランスは追い詰められていたのだ。

それはなぜか?

そもそもナポレオンは、カリブ海に浮かぶ植民地「サン=ドマング」、現在のハイチを支配し、そこを拠点にして、ルイジアナをフランス帝国の穀倉にする構想を持っていた。しかし1802年、このサン=ドマングで、フランス軍は壊滅的な打撃を受ける。

その原因はふたつ。ひとつは、サン=ドマングの奴隷たちの反乱。そしてもうひとつが、感染症である。

1802年、サン=ドマングでフランス軍を壊滅させた感染症の名前は黄熱病。野口英世が命を落としたことでも有名な感染症(54話など)である。

黄熱病は、黄熱ウイルスに感染することで発症する感染症で、蚊が媒介する。黄熱病が蚊によって媒介されることが明らかになったのは1900年。それより100年も前の19世紀初頭には、そのような知識はまだなかった。そして、ヨーロッパから来たフランス軍の兵士たちは、黄熱病ウイルスに対する免疫を持たず、熱帯の環境にも慣れていない。目に見えない、原因もわからない感染症を前に、フランス軍はなす術もなかった。

このサン=ドマングでの黄熱病アウトブレイクによってフランス軍は弱体化し、ルイジアナを手放さなければならなくなり、北アメリカ大陸でのフランス帝国再建の夢は潰えた。そして、イギリスから独立を果たした新興国アメリカは、英語を使うようになる。

――2026年、「世界の警察」から「世界の暴君」へと変貌を遂げつつあるアメリカ。世界一の経済大国が英語の国家になった背景には、戦争や外交による領土拡大だけではなく、ウイルスによる感染症も絡み合っていたのである。

ちなみに、1803年のアメリカが欲しがっていたニューオーリンズは、現在では「ジャズ発祥の地」とも言われる音楽の都でもある。ジャズだけではなく、ブルースやR&B、ファンクやゴスペルなど、多彩なルーツを持つ音楽が息づく街と言われている。

これはXで知ったことだが、5月21日、アメリカで33年続いていたとあるテレビ番組が突然幕を下ろした。その理由についてはSNSでもさまざまな憶測が飛び交っているが、その中には、トランプ大統領、あるいはアメリカ政府からの圧力があったのではないか、などと疑う声もあるようだ。

そして、その最終回にゲスト出演したポール・マッカートニーが、こんな言葉を残している。

――アメリカは、私たちが愛したすべての音楽の源だった。ロックンロール、ブルース、それらはすべてアメリカで生まれた。自由の国、素晴らしい民主主義。それがアメリカだった。そして、今でもそうだよね、願わくば。(筆者訳)

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  • 佐藤 佳

    佐藤 佳

    さとう・けい

    東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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