ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

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新型コロナウイルスの影響による緊急事態宣言が今年の10月に全国的に明けて以来、唐突に忙しすぎる日々を過ごしている。

大変ありがたいことで、さまざまな媒体の編集者の方々が「いよいよ酒場で酒を飲む喜びについての発信ができるぞ!」と息巻いている印象もあり、新規やイレギュラーの仕事もたくさんいただいている。もちろん僕も同じ気持ちだから全力でそれに応じたく、日々できるかぎりの努力をしているつもりだ。コロナ禍とそれ以前、そして今を通して、どの生活がもっとも人間的だったのだろうか? などとは考えてしまいつつも。

これまたありがたいことに、現在の僕は、自分が楽しいと思える仕事しかしていないと言いきれる自信がある。それでも連載コラム以外の慣れない依頼には気を使うことも多く、プレッシャーを感じることは少なくない。この12月はそんな大きめの締切が特に重なり、やっと少しはひと段落したかな、と思えたのが数日前。各社の年末進行なども終わり、気が抜けたこともあったのだろう。昨夜、久々に体調を崩してしまった。

もともと体は無駄に丈夫なほうで、30代くらいまでは、数年に一度風邪をひけば当たり年というくらいだった。が、近年はめっきり体力が落ち、無茶なスケジュールで酒を飲みつつ仕事をしていたりすると、とたんに体調にはね返ってくるようになった。

加えて昨日は、久しぶりに車の運転をした。自宅から少し離れた場所にある公園でクリスマスイルミネーションを見られることを知り、家族で半日休みをとって、娘を連れていってやることにしたのだ。以前はよく、隣駅にある実家の車を借りて買い物やら旅行やらに行っていたんだけど、それもほぼ2年ぶり。娘が喜んでいたことはなによりだったけど、久々の運転にけっこうな緊張感があって、最初から最後まで神経を使い続けていた感じというか。

実家に車を返してやっと家に戻ると、なんだかやけに疲れている。家族に「ほんの少しだけ休ませてくれ」と伝え、自室の布団に横になると、どんどん寒気がしてきた。熱を計ると37℃と微妙な数値。経験からわかる。これは、いったんちゃんと休まないと悪化するやつだ。そこで家族に「ごめん、ギブ......」と伝え、倒れるようにそのまま寝てしまったのが、午後7時ごろ。

しばらくして目を覚ます。深夜か早朝か、と、時計を見ると、なんと23時57分。まだ日もまたいでいなかった。それでも便利な体質であることに、僕はこのくらいの風邪の前兆ならば、ひと晩ぐっすり寝れば良くなってしまうパターンが多い。さっきよりはずいぶんマシかな? という体調だったので、水を1杯飲んで、首のうしろとお腹にホッカイロを貼り、いざというときの「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」を装着し、あらためて寝直すことにした。ゆっくりと呼吸をすることだけに集中し、寝てるんだか寝てないんだかわからない夢うつつの状態から、やたらとリアルかつ嫌な夢を見続けるゾーンも抜け、ふたたび目を覚ましたのが5時ごろ。

サウナはもちろん"ととのう"し、飲酒も散歩もチェアリングも、僕にとってはととのう行為だ。が、いちばん文字通りの意味で心身がととのうのって、やっぱり「睡眠」だよなと思う。体の不調はもうすっかり消え、腹がグーグーぎゅるんぎゅるん鳴っている。僕はふだん、基本朝食をとらず、昨日は昼にキャベツのぬか漬けを炒めたものをおかずにごはんを食べただけだった。そりゃあ腹も減るに決まってる。よし、家族を起こさないようにこっそりと、何か食べよう!

こんなとき用の非常食は、実は常に自室にストックしている。「アルミ鍋うどん」だ。冬が近づくとスーパーやコンビニの店頭に並びだす、ひとつ100円程度のあいつ。僕は、寒い日に食べるちょっとチープなアルミ鍋うどんこそ、人類の生み出した至高の食事のひとつだと思っている。

五木「鍋焼えび天うどん」

これを手にとり、ドアの音などたてないように慎重にキッチンへ移動して、コンロにかける。ざっくり麺がほぐれたら粉末スープを加え、卵をひとつぽとり。アルミ鍋うどんにコシの概念などあるはずもないので、卵が適度な固さになるまでじっくりゆでる。袋を開けてみたらバキバキに割れてしまっていた後のせサクサクタイプの天ぷらをのせれば完成だ。

それを持って自室に戻る。あらためて眺めてみると、この2ヶ月ほどの余裕のなさの表れだろう、部屋の中がぐちゃぐちゃで嫌になる。が、とりあえず布団の横に置いたちゃぶ台の上のものを端っこに押しやってスペースを作り、四角いお盆を置いて聖域を作る。さぁ、10数時間ぶりの食事だ!

これなんだよな、ごちそうって

アルミ鍋うどんはいつだって僕を裏切らない。鍋の対角線上を両手でつかんですするつゆの、しっかりとだしと塩気の効いたうまさ。グズグズぽろぽろとした、それゆえにやさしい麺。スナック菓子にも近い天ぷらのサクサク感と、それがつゆに浸って徐々にジャンクな油の旨味を全体に行き渡らせていく工程。水道水をがぶがぶ飲みながら味わうどれもが愛おしく、弱りきっていた僕の体をひと口ごとに癒してくれる。

優しい世界

ここぞというタイミングで玉子を割り、半分をちゅるんと口へ。まったりとした黄身と、竹を割ったような潔さの白身のコントラスト。玉子って本当に、食べ物としてパーフェクトな存在だよな。なんて思いながら、慌ててうどんと天ぷらもズズズっと。

5分もかからず夢中で食べきって、すっかり心身がリカバーされた感覚。そのまま布団へ横になり、さて、家族が起きてくるまで、あと1時間くらいは追い寝ができるかな......。

と、年内最後の更新がなんだか辛気くさい内容になってしまいましたが、読者のみなさまにおかれましては、どうかお体ご自愛のうえ、良いお年をお迎えくださいませ! ではまた来年。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】