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カルビー「ポテトチップス」の「石油原料節約パッケージ」(手前)
"包むもの"の調達に各メーカーが苦戦しているが、それらの原料となる「ナフサ」について、政府は不足を認めないし、実際のところ全体量は足りているようだ。では、メーカーがここまで苦しむ理由は? 現場を取材して見えてきたのは、あの「オイルショック」のときと似た、不安が伝播する構造だった――。
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5月12日、カルビーが「ポテトチップス」など主力14商品のパッケージをカラーから白黒へ変更すると発表した。
オレンジの「うすしお味」、ベージュの「コンソメパンチ」、黄色の「のりしお」、そして、真っ赤な袋でおなじみの「かっぱえびせん」がモノクロになり、5月25日から順次、店頭に並び始める。
それからせきを切ったがごとく、他社もこの流れに追随し始めた。
カルビーの発表からわずか2日後、カゴメが「トマトケチャップ」の包装袋の改変を公表した。白地に赤いトマトを敷き詰めた現行のデザインから一転、透明な部分の面積を増やしてトマトの絵柄を減らすという。
また、日清製粉ウェルナは「マ・マー スパゲティ」の、1食分を束ねる結束テープに赤字で記されていたゆで時間の表記をなくす方針だ。
高市早苗首相は調達先の多角化などで、ナフサを使った化学製品の国内供給は「年を越えて継続できる見込みになった」と強調する
いったい、何が起きているのか? 各社が理由として挙げるのが、中東情勢の緊迫化に伴う「インク不足」だ。
「インクは大きく分けて3つの原料からできています。色そのものを出す顔料、顔料をフィルムに定着させる樹脂、そしてこれらを溶かして印刷しやすくする溶剤。このうち樹脂と溶剤が『ナフサ』(原油を精製して作られる石油製品の一種)に由来していますが、今特に現場で枯渇しているのが溶剤です」
包装資材業界の団体関係者はそう明かす。
食品パッケージを高速で印刷するために不可欠な印刷溶剤は、建設現場で使われる塗料やシンナーと同じくナフサ由来の有機溶剤である。ホルムズ海峡の緊迫化以降、建設業界では連日のように「塗料が足りない」「シンナーが入手できない」と悲鳴が上がっていた。その余波が、食品業界にまで及び始めた格好だ。
「ナフサ」は原油精製の過程で得られる透明な液体。ポリ袋や食品容器などのプラスチック製品や合成ゴム、塗料、洗剤などさまざまな製品の原料になる
大手食品卸の営業社員はこう語る。
「カルビーは、色を白黒に絞ることで、パッケージ全体の印刷溶剤を6~7割削減できると説明しています。限られた溶剤を融通し合う中での、苦肉の対応です。
ただ、この〝白黒ポテチ〟は間違いなく売り場で目を引く。限定版のような感覚で〝記念買い〟され、SNSでもバズるはず。危機対応を逆手に取った、とても計算されたマーケティングですよ」
だが、それが成立するのはあくまで「カルビーだから」だと、同社員はクギを刺す。
「消費者はスナック菓子を売り場の色で識別しています。例えば湖池屋の『カラムーチョ』。あの赤と黒の刺激的なパッケージがもし白黒になれば、確実に売り場の中で埋もれてしまうでしょう。追う立場のメーカーが同じ手を打つのは、あまりにリスクが高すぎます。
実際に湖池屋、ヤマザキビスケット、(『わさビーフ』を展開する)山芳製菓など主要各社にリサーチしたところ、どこも『白黒化の予定はない』との回答でした」
しかし、その白黒化すら、あくまで一時しのぎに過ぎないとの見方もある。
「油で揚げるスナック菓子は、光を浴びると油が酸化し、品質が急速に劣化します。そのため各社は、まずパッケージに遮光性の高い白インクを下地に敷き、その上から各色のカラーを重ねることで、中身の品質とパッケージのデザイン性を両立させてきました。ところが今、その土台となる白インク自体の調達が、溶剤不足の影響で難しくなっています」(包材メーカー社員)
前出の大手食品卸の営業社員は、「メーカーに残された選択肢は、休売か、値上げしかなくなりつつある」と打ち明ける。
高知県の銘菓「ミレービスケット」(野村煎豆加工店)の「ミレー超ビッグパック」(写真とは別の商品)は、チャック付きの大袋の在庫不足のため、4月下旬から生産停止した
その兆候は、早くも地方の現場に表れ始めた。高知の老舗菓子メーカー・野村煎豆加工店は4月下旬、主力商品「ミレービスケット」の一部商品について、インク不足を理由に休売を決定。さらに、水面下では〝緊急値上げ〟の動きも広がり始めている。
「菓子業界では通常、値上げは4ヵ月前までに小売りに通知するのが商慣習です。ただ最近は、包材価格の高騰を理由に、価格改定に急遽踏み切るケースが出始めた。
まだ一般向けには公表されていませんが、大手グミメーカーやおつまみメーカーが、7月から大幅な値上げを打ち出したのはその典型です。今後、こうした動きはさらに加速していくでしょう」
ナフサ由来の溶剤不足について、政府の見解は現場の実感とは激しい温度差がある。
高市早苗首相や赤澤亮正経済産業相らは、国会答弁などで「ナフサは必要量を確保できており、年内を通じて供給を継続できる見通し」と繰り返し説明している。今回の混乱もあくまで一時的な「供給網の目詰まり」であり、大本のナフサ自体が不足しているわけではない、との立場を崩していない。
経済産業省はナフサなどの石油製品の供給不安への対策として事業者向けの情報提供・相談窓口を設置(写真は赤澤亮正経産相)
大手インクメーカー・サカタインクスの担当者も、現状をこう説明する。
「現時点で原材料が調達できないとか、在庫がショートするといった深刻な状況ではありません。供給についても、基本的には問題ないという認識です」
ではなぜ、食品売り場では色が消え、休売まで起きているのか。国が強調するデータと、現場が直面する現実。このギャップについて、エネルギーアナリストの大場紀章氏は、供給構造そのものに理由があると指摘する。
「大本のナフサ自体が壊滅的に不足しているなら、あらゆる産業が同時にマヒしているはずです。しかし実際には、印刷インクに使う有機溶剤や、建築用の断熱材といった特定の領域に影響が集中している。これは、全体が枯渇しているのではなく、供給網の途中で局所的な逼迫が起きている証拠です」
日本国内で消費されるナフサは、国産が約4割、輸入が約6割を占める。その輸入分の大半を中東に依存してきたが、ホルムズ危機以降、日本は米国など中東以外からの調達を急拡大させている。大場氏によれば、「5月時点では平時の8~9割程度まで供給量は戻っている」という。
それにもかかわらず、現場では「ほとんど手に入らない」という感覚が広がっている。その背景について、大場氏がこう説明する。
「ナフサから化学品の原料(エチレンなど)を生産するプラントを持つ石油化学メーカーは、国内に8社ほどしかありません。各社は2月末の段階で、数週間後に中東からの船便が滞るリスクを察知していました。
プラントは一度停止すると再稼働に莫大なコストと時間がかかるため、各社はプラントを止めるのではなく、稼働率を落として在庫を温存する〝低空飛行〟に入りました。3月以降の国内のナフサ由来原料の生産量は前年比で1割前後落ちたとみられています」
4月26日、東京湾に到着した米国産原油を積んだタンカー。政府や石油元売りは中東のホルムズ海峡を通らないルートで原油調達を進めている
こういった川上の情報は、すぐにサプライチェーンに流れ、その結果、川下にいる企業は防衛のために一斉に動き出す。
「普段は1ヵ月分しか在庫を持たない会社が、2ヵ月分確保しようと動く。末端の工務店が塗料を2倍注文すれば、塗料店は『来月はさらに足りなくなるかもしれない』と警戒して4倍発注する。
さらに塗料メーカーは、その先を恐れて8倍の溶剤を押さえにいく。こうして現場の不安が増幅され、過剰発注が雪だるま式に増えていったのです」
だが、その頃にはすでに、供給側は減産モードに入っている。
「当然、そんな膨れ上がった発注量には応えきれません。結果として希望数量に対して供給が厳しく絞られ、注文しても必要量が入ってこないという事態が発生する。ここで初めて現場に『モノがない』という恐怖が広がり、需給のバランスが一気に崩壊していくわけです」
市場の「実態が見えない」という異様な状況も、混乱に拍車をかける。
印刷インク業界団体の幹部は、「業界としても、どこで何がどれだけ止まっているのか、全容を把握しきれていない」と戸惑いを隠さない。
「経産省からも『現場の需給はどうなっているのか』と問い合わせが来ます。ただ、肝心の印刷会社が情報流出を極端に警戒していて、具体的な数字を明かしてくれません。業界として調査を行なおうにも、『実態を表に出されると困る』と拒まれてしまうのです」
そもそも印刷インクはメーカーから印刷会社に供給され、食品や日用品のパッケージへと印刷される。カルビーなどの食品メーカーは、その刷り上がった袋を納品してもらう側だ。なぜ、印刷会社はそこまで神経質になるのか。
「『どこそこの会社が溶剤を一定量押さえた』『在庫を積み始めた』という情報がひとたび流れた瞬間に、連鎖的な過剰発注が始まってしまうからです。他社が一斉に買いに走れば、それこそ本当にモノが消えてしまう。防衛策として、皆が口を閉ざさざるをえない状況です」
結果として水面下では、実需をはるかに超えた在庫の抱え込みが静かに広がり始めている。同幹部が続ける。
「これまでは18リットルの一斗缶単位でこまめに調達していた中小の印刷会社が、『次がないかもしれない』という不安から、1000リットル級の大型容器単位で溶剤を確保し始めている。
その動きを察知した競合他社が、『あそこがそこまでやるなら、うちも押さえないと印刷機が止まる』と不安が伝播していく。印刷機を止めれば売り上げはゼロです。多少高くても、今はとにかく量を確保しようとする動きが止まりません」
政府の「在庫はある」という姿勢に、同幹部は強い不満をにじませる。
「『データ上は足りている』とする政府の言い分は、現場から見ればただの数字のまやかしです。明日の供給に確証が持てないからこそ、各社は生き残るために必死で確保に走っている。
いくら国が『モノ自体はある』と強弁したところで、現実に流通がマヒしている以上、現場にとってはないのと同じ。国の楽観論が、かえって現場の不信感と需給のゆがみを加速させています」
この溶剤パニックは、包材の骨組みそのものを揺るがし始めている。
包材業界団体の関係者は、すでにパッケージのベースとなる包装フィルムそのものにも不足の兆候が出始めていると明かす。
「今はまだ色を減らす段階ですが、長引けば次は包む袋そのものが足りなくなる。中身は作れても、包装材がなくて出荷できない、という事態が現実味を帯びてきました」
実際、包装フィルムの原料となるポリエチレンやポリプロピレンは、溶剤と同様の争奪戦が始まっている。
「国内メーカーの減産を受け各社は海外原料に走っていますが、そこでも世界的な争奪戦が起きている。高値であること以上に、欲しい量そのものが確保しづらい状態です」
食品包装は、単なる〝袋〟ではない。光や酸素、水分を遮断し、中身の品質と賞味期限を守るための高度な機能材だ。その供給不安がさらに長期化すれば、食品業界は色を減らす段階から、いよいよ〝包めなくなる〟という局面に進みかねない。
それでも政府は今もなお、ナフサを使った化学製品の国内供給は「年を越えて継続できる」と繰り返し、平時を強調している。前出のポリエチレン業界団体関係者は、この埋まらない溝の正体をこう明かす。
1973年、オイルショックによるモノ不足への不安で、スーパーに殺到した客たち。この混乱の再来を避けるため政府はさまざまな手を尽くすが......
「根底にあるのは、1973年の『オイルショック』の強烈な記憶です。トイレットペーパー不足のパニックをリアルに経験した世代ほど、不安に駆られた群集心理が一気に市場を崩壊させる怖さを知っている。
だからこそ、パニックを防ぐために『供給は安定している』『まだまだ大丈夫』と言い続け、情報をコントロールしたがる政府の心理も理解できなくはありません。
だけど、現場が直面しているのは統計ではなく、明日、工場を動かせるかどうかという現実です。きれいごとじゃ、飯は食えませんから」
マクロの〝安定〟を唱える政府と、ミクロの〝不安〟におびえる現場。その溝は、簡単には埋まりそうにない。