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「荷物多くないですか?」と聞かれるのはけっこうイヤ
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「荷物少ないですね」について語る。
* * *
先日、ある番組で「言われたらうれしい言葉」をテーマにトークしたときのこと。私がたどり着いたひとつの答えが、「荷物少ないですね」でした。
荷物少ないですね――。
そう言われると、妙にうれしい。別に仕事ができると言われたわけでもないし、おしゃれだと褒められたわけでもない。なのに「荷物少ないですね」には不思議な効力があります。身軽な人間、無駄のない人間、人生を整理整頓できている人間として認定された気がなんとなくするのです。
しかし現実の私は、その言葉とはだいぶ遠いところにいます。私はトートバッグが好き。あのざっくりした布の感じ、肩にかけたときの気取ってない雰囲気、何より「まあ、取りあえず入れてみなよ」と言わんばかりの包容力。最強です。しかし、あまりにも受け入れすぎるのがネック。気がつくと、私のトートは物の避難所みたいになっています。今入っている中身だけで、たぶん3泊4日の旅はできる。行く予定はないけど。
まず入っているのは、文庫本が2冊。1冊読めばいいのに、なぜか「こっちの気分かもしれないし」と、もう1冊。で、結局スマホを見て、どっちも読まずに一日が終わる。
続いて、ハンドクリーム2本。1本で十分だろうが、香り違いだったり、効能違いだったりする。一日に何度も何度も手を潤す予定の人みたいだが、実際は昼過ぎに1回塗るかどうかである。
エコバッグも入っている。しかし私は、すでにトートバッグを持っている。バッグの中にバッグがある状態。マトリョーシカみたいな構造。さらにイヤホン、予備のイヤホン、ペンケース、メガネケース、晴雨兼用折り畳み傘、水、常備薬、充電ケーブル、モバイルバッテリー。
こうなってくると、持ち歩いているのは荷物ではなく「もしもの人生」。雨が降るかもしれない。本が読みたくなるかもしれない。急に何かを書きたくなるかもしれない。頭が痛くなるかもしれない。トートには、起きるかどうかわからない未来がぎっしり詰まっているのです。というとカッコよく聞こえるかもしれないけど、実際はただの沼。
先日、「あれ? 切符どこに入れたっけ」と新幹線の改札前でバッグをあさっていたら、後ろに3人くらい列ができていて、小さくため息が聞こえました。ハンカチ、羽織りもの、ポーチ、目薬、謎のあめ。焦れば焦るほど発掘されない切符。背後のみんなのイライラ。いっそ潔く土下座したかったけど、そんなスペースはなかった。私のトートがかさばっていたから。
そんな私でも、時々手ぶらで出かけることがあります。「手ぶら」といっても、スマホにくっつけた小さなポーチにイヤホン、目薬、アルコールジェル、リップクリーム、鍵を入れてるので丸腰ではないですが。途中で必ずペットボトルの水を買うので、もはや手ぶらでもなんでもないのですが。でも、なぜか自己肯定感が上がりまくります。
その勢いのまま、トートの中身を全部机に広げて、「本当に必要か?」と自問しました。そして9割をバッグに戻しました。
それでもいつの日か、誰かに「荷物少ないですね」と言われる日を待っています。
●市川紗椰
米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。「荷物少ないですね」と言われると妙にうれしいのに、すぐ新しいトートバッグを買ってしまう。公式Instagram【@its.sayaichikawa】