『月光』vs『月の光』。市川紗椰がクラシック音楽の邦題について分析

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『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「『月光』vs『月の光』」について語る。

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気になる翻訳シリーズ! 以前もビートルズの日本向けの曲名や、洋画の邦題について語りましたが、今回はクラシック音楽。取り上げるのは、ずっと気になってたベートーベンの『月光』とドビュッシーの『月の光』問題です。

同じモチーフなのに訳し方が違う。『月光』と『月の光』には、単なる助詞のあるなしだけではなく、日本語が音楽に与えた「性格」の違いまで感じ取れます。邦題は「意味」を訳しているようで、実は「ジャンルや空気」を訳しているのがよくわかります。

まず整理すると、ベートーベンの『月光』は、正式タイトルではない。このピアノソナタ第14番に本人がつけた原題は、実に硬派な『Sonata quasi una fantasia(幻想曲風ソナタ)』。ところが後年、ある批評家がこの曲の第1楽章について「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したことで、『Moonlight Sonata』の愛称が定着しました。つまり『月光』は、後づけのイメージなんです。

一方、ドビュッシーの『月の光』のフランス語原題は、『Clair de lune(月の光)』。ベートーベンと違って最初から月の光そのものを題材にしており、英語圏でもフランス語の曲名で知られています。「clair」は「明るさ」「澄明さ」を含む言葉。しかもドビュッシーはベルレーヌの詩から着想を得ているので、単なる天体の描写ではなく、ぼんやりした感情、湿度、夜気、未整理の恋愛感情まで描いてる。

つまり、ベートーベンの曲は「月光っぽい何か」、ドビュッシーの曲は「月の光そのもの」を表しているということ。『月光』『月の光』という日本語タイトルの、絶妙な距離感が好きです。

『月光』は二字熟語の強さがある。駅名みたいに強い。「寝台特急・月光」みたいな圧もある。対して『月の光』は柔らかい。なんだか余白があって、「縁側」や「レースのカーテン」が似合います。

ベートーベンのほうは、深夜2時に人生を考え始めるタイプの月で、ドビュッシーは、夜風に揺れているタイプの月。ベートーベンの月は黒い湖面に人生を映していて、ドビュッシーの月はカーテン越しに部屋へ入ってくる。『月光』は腕を組んでいて、『月の光』は窓辺に座っている。そんな感じ。

日本語は、漢字2文字にすると急に重厚になり、「の」が入ると急に文学的になるのがよくわかります。ベートーベンは『月光』、ドビュッシーは『月の光』と訳した批評家、出版社、レコード会社、翻訳家たち、すごすぎ。

ドボルザークの曲の邦題『新世界より』も名訳ですね。原題を英語にすると、『From the New World』。この「より」が効いている。ただの地名紹介ではなく、「向こう側から届いた音楽」感があって、ワクワクする曲のラベルを貼ってくれる。同時に大阪の新世界にある通天閣もちらつくけど。

こういうタイトルを見ているとあらためて、翻訳は単なる言語の変換ではなく、「曲にキャラクターを与える作業」なんだなと痛感。翻訳というのは恐ろしく、でも面白い。まだ続きます!

●市川紗椰 
米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。森永製菓のビスケット、「ムーンライト」 も好き。公式Instagram【@its.sayaichikawa】

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