【SHOW-WA青山隼の果てしない延長戦】サッカー番組MCも務める俳優・勝村政信「すべては借り物だからきれいにしてお返ししないと」〈後編〉

取材・文/釣本知子 撮影/上村透生


連載【果てしない延長戦】第14回

元Jリーガーで、現在は秋元康プロデュースの昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活躍する青山隼の連載「果てしない延長戦」。現役時代の先輩や戦友をはじめ、各界で活躍する方をゲストに招き、「人生の転機」や「次への挑戦」をテーマに熱く語り合う。

引き続きゲストは、名バイプレイヤーとして独特な存在感を放ち、ドラマや映画など数々の作品を支えてきた俳優・勝村政信さん。ドラマ共演での出会いや"男旅"の思い出を語った前編に続き、後編では人生の転機やこれまでに出会った巨匠たちの貴重なエピソード、独自の人生観などを語ってもらった。

【人生を変えた巨匠との出会い】

――サッカーを愛しながら、俳優として数々のドラマや映画に出続けている勝村さん。人生の一番の転機はなんでしょうか?

勝村 芝居を始めたことじゃないですかね。高校を卒業してからもサッカーをやりたかったけど、それほど上手くもなかったし、サッカーはメジャーではなかったから、やる場所もない。高校出て就職した会社で、2年くらい野球をやっていた。その後、浦和の1部リーグに入れてもらった。「新しい仕事をしなきゃ」なんて思っているうちに、知らぬ間に芝居の世界に足を踏み入れていました。

青山 お芝居を始めた経緯はどういう感じだったんですか?

勝村 友達が蜷川幸雄さん主宰の劇団「ニナガワ・スタジオ」の募集を教えてくれて、受けたら合格して。僕は埼玉の蕨(わらび)市出身で、蜷川さんは隣町の川口出身。それもあって可愛がってもらって、ピンボールみたいにあちこちぶつかりながらいろんな人と知り合って、自分ひとりじゃ歩けなかった道が開けていったんだよね。

青山 蜷川さんとの出会いは、勝村さんの人生において本当に大きかったんですね。


勝村 でも最初は、世界的にすごい演出家だとは知らなかったから。ベニサン・スタジオって稽古場でオーディションがあって、いきなり舞台の上に立たされて。当時、ケロッグのコーンフレークのCMに蜷川さんご一家が出ていたから、初めてご本人を見たとき「ケロッグのおじさんがいる!」と思って(笑)。それが僕のデビューです。

青山 そうだったんですね(笑)。蜷川さんといえば、稽古中に物を投げるような厳しい現場だと有名でしたが......。

勝村 機嫌のいいときは「俺の周りに物を置くなよ」なんて笑っていました。でも、突然怒ってテーブルの上の物を投げる(笑)。投げる物がなくなると自分の靴を脱いで投げる(笑)。今では笑い話になっているけど、当時は笑えなかったから。タバコに火をつけて芝居をじっと見て、イライラするとまた火をつけて......灰皿から5~6本の煙が出ていて。コンビニの袋から胃薬を出して、1袋飲んでタバコ吸ってまた1袋飲んで......あのインパクトはすごかった。当時は50人くらいいた劇団員が、ひとつの公演が終わると30人くらいクビになって。

青山 そんなことあるんですか!? それでも残っていた勝村さんはやっぱりすごいです。

勝村 隣町だったからかな(笑)。劇団には松重豊とかもいて、劇団員みんな「いつクビになるんだろう」ってピリピリしていて。俺は自転車キンクリートという劇団に客演させてもらっていて、その舞台を見た鴻上尚史さんから「うちに来ないか」と誘われて。迷った末に、「第三舞台に行こうと思います」と蜷川さんに伝えたら、7年間口を聞いてくれなくなったの(笑)。

青山 7年間ですか? そんなに離れていた時期があったんですね。

勝村 蜷川さんの公演を見に行っても、俺に気づくと不機嫌そうにサーっとその場からいなくなって。でも7年後、パルコ劇場で舞台をやったとき、なぜか蜷川さんが見に来てくれて。楽屋に来て「おおカツ、良くなったな。今度一緒にやるか」って。そこから20年くらい、ずっと一緒に舞台をやったよね。

【北野武監督は神!】

青山 映画でご一緒されている、北野武監督の現場はどうだったんですか? 

勝村 もうね......神! びっくりするくらい魅力的で、ものすごく優しいの。現場の全員が好きになっちゃうの。"人たらし"ってこういう人のことを言うんだなと。映画『ソナチネ』に出させていただいて。普通、現場はセリフを全部入れて行くのが当たり前だったのに、「セリフなんて覚えなくていいよ」って。撮り方も滅多にない順撮り(ストーリー順に撮影)だったんだよ。たまに現場の雰囲気が悪くなると、北野監督が来てみんなを笑わせてくれる。場が和んだら「じゃあ次撮ろうか」って、笑顔でタバコを吸っていて。

青山 かっこいいですね......! 北野監督の作品に出るきっかけはなんだったんですか?

勝村 『天才・たけしの元気が出るテレビ』だよ。劇団第三舞台は凄い人気でいろいろな人が観に来てくれたの。で、番組から声がかかって。当時は俳優がバラエティに出るなんてほとんどなかったの。訳が分からなくてさ。会議室に呼ばれて、放送作家が10人くらいいて、誰も俺を知らないの(笑)。テリー伊藤さんは「お茶でも飲みましょう。俺はアイス。みんな適当に頼んで」って目の前でアイスを食べていた。「勝村くん、よろしくお願いします」だけ言っていなくなって(笑)。

青山 え? どういうことですか(笑)?

勝村 わけがわからないでしょ? なんで選ばれたのか、誰に呼ばれたかのかいまだに謎なんだよ。北野監督とは、昔の日テレの麹町スタジオで初めてお会いして。エレベーターのところで「勝村政信です。よろしくお願いします」と挨拶したら、目も合わせずに「悪いようにはしないから」って一言だけ。

青山 とんでもない話ですね!

勝村 そう言っていたのに、1番最初のロケで、ストロング金剛さんに唇を奪われたからね。ひどすぎるじゃないか(笑)。 あれから40年くらい経つけど、北野監督みたいなカッコいい人には会ったことがない。

【モグラ役をやってから怖いものなし】

青山 勝村さんが生きてきた中で、一番大事にしているものはなんですか?

勝村 娘だよ。娘を大事に思うことで、他者に対してリスペクトをしっかりできるようになったと思ってる。

青山 生き方や考え方として持っている"座右の銘"みたいなものはありますか?

勝村 還暦を過ぎてから考えたんだけど、今は「レンタル」じゃないかなと。人生のすべては借り物だと考えてる。借りたものはちゃんときれいにしてお返しするでしょ。お金や物はもちろん、人間関係や今住んでいる場所、コミュニティね。すべては自分の物ではなくて、お借りしている物。だから、ちゃんと丁寧に、きれいにしてお返ししないといけないなって思うようになってきたよ。

青山 深いですね......。僕くらいの30代40代の頃はどんなことを意識して過ごされていましたか?

勝村 のびのびとやってたよ。蜷川さんの劇団から始まって第三舞台もすごく厳しいところだったから、30になった頃には無敵だった。30になってどんな役が来るのかすごく楽しみにしていたら、最初に来たのはモグラのモーリー。「モグラなんかできるかー!」って台本を叩きつけたよ(笑)。でも、『ウィンド・イン・ザ・ウィロー』という絵本を舞台化した世界的に有名な舞台で。最初は断っていたけど結局、モグラ役をやっちゃった。それでもう何も怖くないと思えたの。そこからは、周りの人たちが遊んでくれるような存在になれればいいかなって。「こいつにこれをやらせたら面白い」みたいな役者になれたらいいなとずっと思ってる。

青山 すごく勉強になります。今の僕は、これからどうすればいいですか?

勝村 知らないよ(笑)。どうなるかなんて誰にもわからない。それがいいんだよ。今のままでいいんじゃない? SHOW-WAのことを相談されたときも「絶対やったほうがいい」と言ったよね。ただ家にいるより、絶対に外に出て動いたほうがいいのよ。自分の手に負えることなんかないし、とにかく進むしかない。まさか自分が明治座の舞台に立つとは思わなかったでしょ?

青山 まったく思わなかったですね。

勝村 経験しか信用できないんだよ。わからなくてもそのまま乗るしかないの。どこかに辿り着くから、そこでまた考えればいい。だからさ......そんなに深く頷かなくていいのよ。こういう話したことないんだよね。

青山 はい(笑)。すごく嬉しいです!

勝村 選ばれた人っているものだから、俺たちは高望みしすぎないように。

青山 でも、ここのメインのパートを歌えたらいいなって思うときもあるんです。

勝村 それはやめて(笑)。

青山 あ、これ高望みですね(笑)。ワンフレーズでも歌えることに感謝して、コツコツと頑張ります!

★果て戦だけの激レアSHOW-WAオフショット★


地域創生プロジェクトで野田市に行ったとき、つっつん(井筒)と!

勝村政信(かつむら まさのぶ) 
1963年7月21日生まれ 埼玉県出身 
◯演出家・蜷川幸雄氏のもとで演劇を始める。その後、劇団「第三舞台」で活躍。ドラマ『ドクターX』『HERO』のほか、大河ドラマ『豊臣兄弟!』など話題作に多数出演。舞台や映画はもちろん、サッカー番組『FOOT×BRAIN +』(テレビ東京系)のMCを務めるなど幅広く活躍中。放送中のドラマ『名探偵のままでいて』(テレビ朝日系)、『ミッドナイト屋台2~ル・モンドゥ~』(フジテレビ系)にも出演。 
公式X【@footbrainMC】 

青山隼(あおやま じゅん) 
1988年1月3日生まれ 宮城県出身 
◯2006年にプロデビュー。U-20日本代表経験を持ち、Jリーガーとして名古屋グランパス、セレッソ大阪、徳島ヴォルティス、浦和レッズでプレーし、2015年に現役引退。その後は、俳優として舞台やドラマ等に出演。現在は、秋元康プロデュースの昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活動中。ラジオ『SHOW-WA寺田&青山の青春時代を取り戻せ!』(CBC、毎週日曜22:00~)レギュラー出演中。2026年10月1日(木)にはSHOW-WAとして初となる日本武道館での公演が決定!
公式X【@jun_aoyama1988】
公式Instagram【@jun_aoyama_show-wa】

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